ウドゥンバラの華

三色団子

序章

第1話 序詞:興亡盛哀の先史 ~隠晦曲折・1・~

瑞光帯びる二色の光芒が極光空を引き立て役にし滂沱の様に散り掛かる

 

揺れるカーテンから差す皓皓たる月明かりの様に

 

可惜夜が開演したのだ 観客は我々だけの様である

 

私達の文明が熱い光に包まれるのを瞳が写す


俺はその流星に見惚れた 感涙させられていたのだ 心がハレバレしていた


私は積み木を崩す様に容易く消え去っていく日常へ涕涙した 風をも頬の水滴を飛ばしたのだ


それでも光の粒は我々の軌跡を灰にする 生命と共に 微光が消えるまで


我々の瞳には轟音と建物が崩れることへの悲鳴 死ぬことへの怨言 見えない身内への疾呼が加わる


俺は自業自得だと思った 心性など下劣で構わない やるべきことをなしえなかった自心と共に


私は閉目塞聴の気分だった 慈心など毀れて構わない 受け止めなければならなかった


ただ我らがこの光景を見ることを許されたのだから 


突如、声が空を響かせた 我らを呼んだのだ


それは慈悲が千尋に感じる程穏やかで心地の良い揺らぎの声だった。


〈成し遂げることが出来ませんでしたね。残念でなりません。・・・ん?・・ふふっ・・・安心しなさいまだ道半ばの様ですよ。あなた方にチャンスが生まれた様です。今度は起請が実りますように・・・この力が必要なようなので与えますね。貴方達に神の祝福がありますように・・・〉


声の終わりと共に私たちの身体が光に覆われる。そして私たちは物体に干渉出来なくなっていた。


安堵を与えた数秒後、次は低声な男性の声で話し掛けてきた。


〈貴殿らに神の祝福があることを〉


その野太く腹を振盪し砂が波に攫われる様なざらざらとした声は一言だけ残し消えていった。


僕らは残った徒桜の花雨が背中から舞って屑となった街を彩る情景を見ていた。 


情意は淡淡と坦坦としていて 暗雲が無くなった空には月虹が掛かっていた。


 



 時は遡り一人の人間がある大陸に漂着し目を覚ますと、その眸子が捉えたのは雲間にまで届きそうな程の梢で黄金比の様な三角形の樹冠に金無垢色の極光が纏っている樹木だった。


 この光景は偉観であり、陶然し自然と紅涙を流す。何故か魅入られた様に彼女はその神の様な樹カルパヴリクシャを目指し歩き続ける。何日、十数日もの間、木の実を食べ、川の水を飲み歩き続けるが一向に着く気配がしない。

 

 そんな中ある男性を見つける。その男は森に適した動きやすい服装で所々に刺繍がされており富貴を感じる。又その立ち姿にも高貴さも感じる。話かけようとすると久々の人に上付いてしまい、つんのめる。物音に気付いた男性が近寄ってくる。顔を上げると男性と目が合う。その瞳には炯眼さがあり、眦は鋭く悠揚さと冷徹さが見て取れる。酷薄の様に取れる雰囲気から破顔一笑になる。美丈夫であった。


「大丈夫ですか?」


 男性が声を掛けると同時に手を差し伸べてくれる。立派な革手をしており腰には剣を携えている。服には汚れが余りなくこの森に慣れていると感じた。


「有難う!・・ござい・ます・・・いやぁこのまま誰も来ないと思ったよっ!サンキューね!」


 お礼を言い手を握りそのまま引っ張ってもらい身体を起こす女。格好が良かった為、慣れていない敬語がでてしまうがいつもの様に快活の良い性格に戻る。


「さん・きゃー?」


 真似ようとするが言いずらいのか噛んでしまった。


「違うよ、さ・ん・きゅーう!」


「さん・きゅー?」


「そう、ありがとうって意味っ!」


 優男の背中をばんばんと叩きながら笑う女性。


「神樹の言う通りだ。貴方を探して此処に来ました。私が案内するので付いてきて下さい」


 突然、奇天烈な事を言い始め、何だか触れてはいけない様な気がして深く聞くことは無かった。そんな奇妙な男性に案内されて其の神々しい樹木へと向う。だが、十数日経ってもたどり着けなかったその樹木へ行こうと言う男を不審に思うがものの数十分で着いてしまった。私は非常に憮然としてしまった。男性は私の顔を見て悟ったのか説明を始めた。


「此処には秘術が掛けられているんですよ。我々に案内される者以外の侵入を拒むようになっているんです。そして一度出ると又案内しなければならないのですよ。たとえ実子だとしてもね」


 先よりも突飛な事を言われ笑いそうになったがそれを押し殺し神樹の根元まで付いて行く。その神樹の根元には時期外れな花が混合し花畑と見間違うぐらい広大な面積に咲き匂う。

 鳥が樹の枝に止まり鳴いている。そこにもう一羽きて仲良く飛んでいく。微笑ましく思っていると遥か上空にクジラの様なものが2匹泳いでいるのを見つける。女は彼の言う事をあながち否定出来なくなった。不思議な世界に来てしまったと圧倒されてしまった。


「幹に触って欲しんだけどその前にこの紙を渡すよ。使い方は神樹と手の間に嚙ませるだけ。さぁどうぞ」


 奇怪な男性に言われ怪訝そうな顔をするが何をされるか分からないのでその通りにしてみる。樹皮は不規則に皺が入っており、宛ら鱗とでもいうのだろうか。言われた通り紙を噛ませ触る。ごつごつとしていて小気味よい。そうすると金無垢色のアウラが私を包み込む。


〈Atha ayus niruvana-s nava ayus dadati・・・〉


 一瞬、聞きなれない言語と言葉に戸惑うが神様の祝福の言葉と思い気に留めなかった。そして、その煌めきは此れまでの疲れを癒し、身を清め、清々しい気分にさせる。頭が冴え、生まれ変わった感じがした。


「どうですか?気分が楽になって疲れも取れたでしょう?それと紙は頂きますね」


 自分たちが祀る神樹が理解されたのか口角を上げ声のトーンを上げた。女は紙を男に渡し掌を返したように嬉しそうにする。


「えぇはい。とてもいい気分です。疲れも消えて汚れも取れて凄いです。最初は疑ってみてたんですけれど。ちなみにその紙は何なのですか?」


疑いが無くなったのを感じて強張った顔を緩ませる男。


「これはですね。〝神樹と私の懐を介する紙〟といって神樹とのやり取りを全て実記、若しくは触れた者の情報を映し出す紙です。今頂いたこの紙には貴方の情報も書かれていますよ。もちろん改竄なんて出来ません。此処では略して〝神私ノ懐紙〟(しんしのかいし)とか神紙(しんし)と呼んでます。さぁ族長が待っていますから挨拶をしに行きましょう」


 直ぐ様歩き出し案内をする。男の様子はなにか浮足立っている様に感じる。


「ところで貴方様の名前は何というのですか?」


女殺しの男が聞いてくる。分かっている筈なのに不思議な事を聴いてくる。


「私はスパーコナですけど・・分かっていて聞きましたよね?」


女は条件反射の様に答えれる事に気にもとめなかった。


「いやぁ私は・・・神経質でして、気を悪くされたらごめんなさい」

「いえ、いいですけど。私も貴方の名前を聴いてもいいですか?」


名前を言い合うなんて初めてのお見合いの様でスパーコナは少しドキドキしていた。


「私はエーカムと言います。こう見えて族長の長兄なんですよ」


 それならこの身だしなみも納得できた。〝こう見えて〟は余計だと思うが好男子でその謙虚さがまた好印象に映る。


 私はエーカムに付いて行くこと数分、見えたのは高さ十数メートルある床束が数十本に渡り支えている木造の平屋の建物だった。その建物には幾つもの柱で支えられた幅五メートル高さ二十メートルの階段が付いていた。


 だがあまりにも床から屋根までが高くそのように見えない。此処の族長は我々の数倍の体躯なのかと想像してしまう。見た感じは寝殿造に近く醇美である。其れにいくつも別棟あり二つずつ渡殿が付いている。その造りに圧倒されながら何十人と登っても崩れないであろう階段を一段また一段と上がってゆく。


 上りきると神樹と対になってる事に気付く。景勝地であった。ただ情景として目に入るのは神樹だけでなく寝殿の外を囲うようにいくつも直方体が見え上部に行くにつれて蔓が緻密になり蔓の形からかろうじて建物だと分かるぐらいだった。そのどれもが使われてないように見えた為、朽廃化した倉庫か何かなのだろうと思えた。


 そんな事を考えながら寝殿に入っていくと、ここを統治する者だろうか不透明な蚊帳の中から低声が鼓膜を揺らす。


「エーカムよ見つけたようだな。其方よ良くぞ来てくれた礼を申す」

 

エーカムは片膝を衝き、頭を垂れる。


「父上、我エーカムが預言者スパーコナを連れてまいりました」


「良くぞ・・良くぞ見つけた!これで我が家は安泰だな」


スパーコナは心当たりが無く心事は栃麵棒である。


「お初にお目にかかります。スパーコナと申します」


 私はエーカムと同じように片膝を衝き挨拶をする。こんなことをするのは初めてなのに自然と身体が動いていた。


「そう畏まらなくてよいのだ。是非とも我の愚息をお願いしたい」


 そう族長は私に丁寧な言葉をかけた。だがそれがどういう意味か見当がつかなかった。


 もう話す事は無いのかエーカムは膝を上げ立ち上がる。其れに釣られて私も同じようにする。


 そして寝殿を後にし、西の対屋に案内されるとそこには綺麗なベッドが置いてあった。それは四つ角の柱が天上付近まで伸びており浅紅色の天蓋も備わり、ベッドの枠組み、柱は木製で彫刻が彫られていた。その姿は善美を尽くされていると分かる。マットと枕は共に柔らかく身体が気持ちよく沈み込む。疲れていたのか横になるとすぐに眠ってしまった。


 翌朝になり、目を覚ます。まだ眠く目縁を擦る。丁度よくエーカムが朝の挨拶に来る。扉を開けその顔を見合わせる。その美顔は眠気を覚ましてくれる。眼福極まりない。


「おはようございます。どうかしました?」


 微笑む顔は破壊力がとてつもなく紅潮してしまう。


「朝ごはんが出来ましたので着替えてくださいね。外で待ってますので」


「わ、分かりました着替えてまいります。」


 スパーコナは取り乱しながら扉を閉め横10メートル程のクローゼットに向かい観音開きの戸を開ける。すると、色とりどりできれいな服が何十着と並んでおり、お姫様になった気分である。ご機嫌になりながら服を選んでいく。その一つに七分丈のワンピースにニガヨモギの華の刺繍が胸元にされ、それがアクセントになっている上品で可愛い服にした。そして待っているエーカムを迎えると私の服を見て褒めちぎる。


「お綺麗です。その刺繍、瞳の色と合っていてとても似合ってますよ。さぁ食堂に行きましょう」


 先導するエーカムの後に続き歩く。


「はい!ところで朝食はどのような物が出るんですか?」


「そうですね。ここら一帯には綺麗な川が流れておりまして、其処で取れる魚が主ですね。とっても美味しいんですよ。期待して下さいね」


「はい!期待しています」


 私はエーカムの隣にひょいと出て歩く。エーカムは私を見てまた微笑む。横顔を見て本当に素敵な人だと思えてしまう。


 少し歩くと食堂の名札が見えてくる。両扉の戸を開けて席に案内される。一枚板のテーブルで四角いのだが樹皮をそのまま残しており厳かさを感じ取れる。椅子も同じ樹から作られたであろうと見える。テーブルとのバランスと一体感がそれを物語っている。並べられている料理は細鱗魚の焼きに刺身、椎茸の煮物、タラの芽の胡麻和えに天ぷら、山菜おこわ、蕗の薹の味噌汁、最後に酒が入った御猪口であった。お酒が朝食に出るのは少し風変わりな風習である。


 朝食が終わってすぐに給仕がやって来て〝族長が私に用がある〟と伝言を聴く。すぐさま寝殿に向かい族長の目の前で膝を衝き、頭をさげる。


 すると、族長は神樹の事を話し出した。


「実は我々が神樹と言っている樹には特殊な力があるんだ。願いが叶うというものなのだ。其処で我々一族を繁栄させてほしいと願ったのだ。そしたら〈一か月の内にこの神樹の外の森にスパーコナという預言者の娘が来る。その娘が其方たちの願いを叶えるだろう〉と御告げが来たのだ。」


「そこで、一番最初にスパーコナを見つけた者を妃に迎え入れられるとしたんだ。貴殿には申し訳ないのだがエーカムの妃になってはくれぬか?」


そこで私は疑問に思っていた事を投げかける。


「何故に私なのでしょうか?私は知らぬ間にこの大陸に来てしまいました。其れに、エーカムさんは私のことを預言者と仰っていました。しかし、私にはそんな能力はございません」


 しばし無言が続き切り出したのは族長の方だった。


「だがエーカムが持ってきた神紙には其方が預言者スパーコナであることは事実である。今はそのような力が無いと感じていてもまだその時ではないのだろう」


 そう告げられた私は暫し考えた末承諾した。


「分かりました。これも神のお導きでしょうお引き受けします」


 実際に神樹はスパーコナを納得させるほどの威厳があったのは事実だった。


「万謝いたす」


「稀に神樹に触れた者の中で特殊な力も手に入れられる人も居るのだ、其方の様にな。だが資質がないものは願っても手に入れられない。条件はあるが願いは誰にでも叶えられるのだ。不思議なものよ。それに私たちの子供は資格が無いから気を付けてほしい」


 今日は自分が景品になっていたと知り一日中茫茫としていた。お昼も夕飯も口に出来ず、願いを叶える樹の事で頭が一杯になっていた。昨日まで煌びやかに見えたベッドに横になりそのまま眠った。


 初めて私は夢を見た。エーカムと私が結婚披露宴をしている。そこに慌てた上女中が来て眼鏡の少年が上女中に話を聴き何かを言っている。見知らぬ人たちが落胆したように下を向く。途中になっていた式は午後には再開し滞りなく終わる。次に棺桶がやってきて神樹の前まで来て皆が膝を着き、頭を垂れている。夢だからと気楽に見ていたのだが見ている映像が止まり、色が褪せていき真っ黒になっていく。そして私は目覚めた。


 昨日の様に着替えて食堂に行くと料理を並べているエーカムと目が会う。


「今日は早いですね。起こしに行きたかったのに」


「なんか目が覚めてしまって来てしまいました」


 少し恥じらいながら小声になる。


「では、並べるの手伝ってもらえますか?」


「はい!喜んで」


 スパーコナは空いている所にエーカムが並べた様に置いていく。並び終えたと同時に他の人が入ってくる。昨日は食べ物に気を取られて気付かなかったがエーカムの他に十一人も居た。本当に気付いていなかったのだとするならば、彼女の食事に対する思いは余程一途なのだろう。一人で恥ずかしくなる。十一人の中の低身長な男の子が話かけてきた。


「昨日の朝ごはんは美味しかったかい?」


 きざな言い回しで、理知的な外見に見合った高く透き通った声色で話しかけてくる。すかさずエーカムが紹介に入る。


「彼は私の弟のドヴェーです。彼はここの料理を担当しているんです」


「改めましてドヴェーと言います。以後お見知りおきを」


「はい・・よろしくお願いします」


 初めての挨拶はあっけに取られてしまった。残りの十人はこちらを品定めするかのような目線を送る。細身の長身の男性も居れば、同じ背丈で筋肉隆々の男性、ドヴェーよりも幼げな双子、此方をにこりと笑う爽やかな男性に、ちらちらと興味深げにする眼鏡をかけた男子、長髪の物静かな切れ目の男、ぼーとしていて欠伸をする男、性格が軽そうな褐色の好青年、女性に見えるほどさらさらした髪に長いまつげの好青年であった。


 皆、同じ親から生まれたとは思えない容姿だった。それぞれは席に着き始めたので私も座る。昨日と同じに神樹に祈りを捧げ朝食をとる。


 朝食が終わるとエーカムが突然立ち上がり皆の注目を集める。


「今日は私とスパーコナさんとの結婚式です。早速ですが式の準備に行きましょう」


 今日見た夢を思い出し、族長が言っていた事が頭を過る。


「分かりました」


 残りの十一人は承諾し各々食堂を出ていく。そしてエーカムは花嫁の衣装に着替えるよう指示をする。


「スパーコナさんは花嫁の準備をお願いします。侍女が手伝って下さいますので」


 エーカムは式の準備に向かって行ってしまう。忽然と一人にされてしまい困惑する。そこに数人の侍女が来て私を花嫁にするべく食堂を連れ出し離れの部屋に案内する。そこには色んなドレスや着物が並べられていた。Aタイプ、プリンセスタイプ、ベルラインなど着物は白無垢、色打掛などがあり、差し色に金色、柄はサクラや霊瑞華の刺繍、色打掛には牡丹と蝶の刺繍があり、とても美しく、見惚れてしまう。そこに侍女がメイク用具をもってくる。私は椅子に座らされメイクを施される。そして、鏡が無い事に違和感を覚えずそのまま式に向かうのだった。


 不思議に思う間も無くエーカムとスパーコナの結婚式が始まる。神樹の前で白無垢を着た私はエーカムと口付けをして婚姻の儀式をする。そこに上女中が勢い良く走って来た。何事かと眼鏡の少年が上女中に駆け寄り話を聴く。程なくして少年は戻ってきて上女中が来た理由を話し始める。


「先ほど父上が亡くなったそうだ。式を見に行こうと上女中と準備をしていたら突然倒れてそのまま息を引き取ったみたいだ」


 衝撃の言葉を放つ。突然のことで皆はやるせない気持ちなのだろう地面に目線を落としていた。


「そうか」


 皆、一言だけ呟いて次の言葉が出てこない。ただ一人だけ皆の目を盗んで神樹に近付き樹の幹を触る男がいた。瞼を閉じ何かを祈る様に。


「皆さん、今は結婚式です。晴れ舞台じゃないですか?終わるまで悲しむのは止めませんか?この時間だけは義父様も喜んでると思って最後までやりませんか?」


 スパーコナはそんなことに気付く様子もなく感情で説得し途中になっていた式を再開し、滞りなく閉会する。


 急遽、午後は御義父様の通夜になった。木製の棺桶は総彫刻で色んな見たこともない動物が彫られていて荘厳であった。皆、喪服に身を包み御義父様が入った棺桶を神樹の前に置き、神樹、お父様、我々の並びになり膝を着き、頭を下げる。そして祈りをささげる。そして明日の火葬に向けて丸太を集め積んでいく。準備をし終えると夕食の時間になり皆そろって食堂に向かう。食堂では誰も何も話さず、食べ終わったら一人また一人と自分の部屋に帰っていった。最後は私とエーカムだけになるとエーカムが父親のこれまでの様子を話した。


「父上はここ最近体調が優れなく床に臥せったままだったんだ。原因が分からなくてね。寿命だったのかもしれない。そう思った方が楽なんだよね。ごめんねスパーコナ。式の途中でこんなことになってしまって」


 泣きそうになりながら言葉を絞りつくす姿に愛おしく感じ私はエーカムに近づき黙って両腕で抱き込む。そのまま沈黙の時間が流れる。日が暮れても尚離さなかった。


「有難う。みっともない所を見せてしまったね。もう、大丈夫だよ」


 私は抱きしめていた腕を放した。


「じゃぁ、私も部屋に戻りますね」


 一人になったエーカムは窓越しの神樹を見つめ、密かに書斎に入った際に手に入れた〝父が所有していた日記〟と〝日中しか現れない不思議な本〟の中身を見て憫笑した。


「やはり嘘だったか・・・狸親父め・・・・・今まで願いを叶えていなくて良かったよ。あわよくばこの願いであの樹に頼らずに済むし、未来に託せる。はははっ楽しみだなっ」


 エーカムは自分が死んだ後も希望を残せることに満悦する。

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