ジャパ☆タク
桜舞春音
ジャパ☆タク
ジャパンタクシー。
三〇年以上日本の街を走り続けたコンフォートセダン一族に代わり二〇一七年から日本の街を走っているトヨタのタクシー車両。 トヨタとして初めてユニバーサルデザインタクシーに選ばれた車両で、スライドドアに慣れない外国の子供が道に飛び出さないようスライドドアは左のみ、右側はヒンジドアとし、デイタイムランニングランプ、リヤコンビネーションランプをLED化。ヘッドライトは一灯の照射ユニットでハイ/ロービームの切り替えができるバイビームLEDを採用。
シエンタをベースとしながら、多くのパーツが専用設計となっている上、 衝突安全の点で高い評価を得たりハイブリッドシステムによる低燃費、ロンドンタクシーの様なシンプルな形状で評価が高い。
京都ヤサカタクシーでは幸せを運ぶ四台の四葉タクシーとして走り、 生まれの地愛知でも名鉄タクシーや宝タクシーのオリジナルカラーを纏って走っている。
白いトヨタ初代コンフォートTSSI型教習者デラックスガソリンエンジン。
黒いコンフォートGT-Zスーパーチャージャー。
そして、白のジャパンタクシー
均等な間隔で並べられた三台の商用車のボディはショールームの展示車の如く美しく細部まで洗車されている。
朝の住宅街の建物の間にLPGエンジン特有のよく透る低い音とモーターの高周波音が響く。 シャッターが開き、デイライトが点いたジャパンタクシーが現れる。
メッキが散りばめられながらアルファードのそれより上品な高級感溢れるフロントグリルにオプションの十五インチアルミホイール、タクシー用そのままのサイドバイザーとシンプルながら実用的な装備のジャパンタクシーを運転している男の名は
名古屋トヨペットのディーラーからスカウトされ現在はカー雑誌「ナイスカー」編集部のモータージャーナリストとして働いている。
拓翔は家を右に曲がると、その道をそのまま進む。一つ目の交差点を左折して矢田二丁目交差点を左折し、国道十五号から名古屋環状線に出て内山町交差点で桜通りに合流してトーカイテレビ放送局に向かった。
ジャパンタクシーはアクセルを放すとスッとモーターのみでクリープを始め、ブレーキを踏むとスムーズ且つ静かに止まる。
ハイスピードでのコーナリングもサスペンションが路面の凹凸やボディの揺れをしなやかにいなし、タイヤが路面を掴むことでロールが適度に抑えられている。マクファーソンストラットのコイルスプリングサスとの相性もいい。トヨタらしい造り込みと日本専用車 クラウンで学んだおもてなしの精神が良く根付いていると思った。
拓翔は愛車のドライブフィールに感心しながらハンドルを切り、名古屋高速都心環状線のせいで明るい時間帯がない空港線に曲がって交差点のトーカイテレビ放送局に車を停めた。 周囲のコンパクトカーより少しばかり背の高いミニバンサイズのジャパタクは、遠くから見てもそれなりに迫力がある。
どことなくコンフォートの面影を残すその車は、香港ではコンフォートとして走っているらしい。
今日の仕事は、来月から放送が始まる新番組「クルマと行こう!」の収録。最近増えてきた雑誌での仕事から誘いを受けた。
「今日の話題は、ずばり電気自動車とガソリン車の未来についてです」
「電気自動車と言えば、最近サクラや eKクロスEV、テスラモデルYなどがデビューしましたよね。最近関心が高まっているようです」
ウッド調のセットが目を引くスタジオで、拓翔は棒読みにならない様に気を張りながら話していく。
電気自動車。
エンジンなどの内燃機ではなくバッテリーに充電した電気のみで動く自動車で、ガソリンやエンジンオイルを交換する必要や騒音はほぼゼロ、排気ガスがない。
古くはスコットランドの発明家ロバート・アンダーソンが一八三〇年代に一次電池を使って制作。日本では日産自動車の前身である立川飛行機が戦後二年の一九四七年に"たま電気自動車"を生産。
その後日本では日産を中心に世界初のソニー製リチウムイオン電池を搭載したブレーリージョイEV、ルネッサEV、ハイパーミニ、I-MIEV、ミニキャブミーブ、リーフなどが生まれ、軽では三菱が一歩リードしたエコカーの代表格。
近年性能が一段と上がり、よく見かけるようになったクルマだった。
「ええ、そうですね」
ベテランジャーナリスト、
「しかしインフラの問題はまだまだありますし、充電する際の電力で多くの二酸化炭素を排出してしまいますよね。今回はそのあたりも含めたEVのあるべき姿を探ります」
「ハイ、カット!」
オープニングが終わり、一度カットがかかる。
「いいじゃない!緊張しないで。 生放送じゃないから失敗しても誤魔化せるから!」
水を飲みながら圭が、緊張を隠しきれない拓翔に言った。
収録に慣れている人はそう思うのだろうが、拓翔は収録だからこそ緊張している。 撮り直しがきくぶん、失敗したらその都度スタッフさんを付き合わせることになってしまう。
撮影が再開し、終わるまでマイクに入ってしまうのではと思うほどの心音を抑えながら話すのに必死だった。
「終わりです!お疲れ様でしたー」
救世主の叫びがスタジオに響き、拓翔の緊張が少しほぐれる。
それから一人一人にあいさつに回って責任者に確認をし、荷物を持って駐車場に戻った。 たった数時間だが、泊まり込みで仕事をした気分だ。視界に入ってくるジャパンタクシーが拓翔の顔を緩める。
乗り込んでエンジンをかけると、やっぱり安心した。 スマホで曲をかけてアクセルを踏み込む。音楽が楽しげに流れ、拓翔の心も違う意味で跳ねていた。
名古屋の町中には、やはりトヨタ車が多いと思う。
商用車も例外ではなく、タクシーはコンフォートかジャパンタクシー、ライトバンはプロボックス、バスのコースターにトラックのダイナ、タウンエースノアもたまに見かける。
日産エルグランドなんてめったに見ないが、そこらじゅうアルファードが走り回っている。
イストやオリジン、プログレブレビス、モデリスタ付きのラクティス……古い車もたくさんある。
トヨタのおひざもと愛知とは言え、恐ろしいほどのトヨタ人口。その理由は、トヨタの車づくりにあると拓翔は思う。
クルマに興味がない人からすれば、実は車なんて走ればそれでいいもの。せいぜい運転のしやすさ、安さ、コスパの良さと使い勝手とかで、走りなんてその次くらい。最近人気のスズキもそういうところもあってヒットしたのだろう。
トヨタの車でヒットした車は、そういう誰にでも受け入れられる、個性と平凡のバランスが取れたいい意味で在り来りな車が多い気がする。
ウィッシュやイプサム、カローラやそれこそコンフォート、ジャパンタクシー、クラウンだってそういう"そつのない車"だ。
それでいて、GRやかつてのGs、チャンネルごとに置かれる兄弟車、ハイブリッドの開発など、 個性や技術革新を諦めない方向性もいい。
気候変動に関する国際連合枠組条約が採択されたその月に世界初の量産型ハイブリッド車プリウスを発売し、その後二〇年でほぼすべてのモデルにハイブリッドを設定し他社にも影響を与えたのもトヨタらしい。
軽の開発やそのハイブリッド化についてはスズキ車に大幅な遅れを取り、ダイハツから供給される小型車のクオリティこそスズキ車に劣るものの、その販売網を駆使した販売もまたトヨタならではではある。
拓翔は家に帰り、ガレージにジャパンタクシーを停めた。下りたところには、コンフォートセダンが二台。
拓翔の家の前を、真新しいワゴンRスマイルが通る。
新しい車や物は、無闇に否定されるべきではない。それによって救われる何かがあるかもしれないから。
でも、旧い車やものだからこそ味わえることや感じられることもある。
最近、この世界は新しいものだけを追い求めている気がする。 新しいものを否定するのがおかしいのと同じように、旧いものを否定するのもおかしい。
人だってそう。昔の考えや流行りは、昔の時代があったから生まれたもの。それが無ければ今がないのに、ただ否定ばかりするのはいかがなものだろうか。
旧いことが悪いんじゃない。
旧いからこそ、出来ることもある。
ともに寄り添い生きていければ、 そもそも否定しようなんて思えないだろう。
なんとも、不器用な生き様だ。
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