第11話 転職
僕たちは無事、教会までたどり着くことができた。教会には僕たちの帰りを待っていたのか、他のパーティも居たが、とにかく急いで隣の聖堂を目指した。
聖堂であの台の上に朱莉を横たえた。
神官のような格好の連中は何故か首を振る。
蘇生用の台だからということだろうか?
『この体は金貨では癒すことが出来ない。女神の力を差し出しなさい』
「どうして? 何が違う?」
『この体は女神の力で生かされている』
僕は柚月さんと顔を見合わす。彼は頷く。僕は女神の断片を差し出した。そもそも僕にはこれの価値がよくわからない。
『これは確かに女神の断片だが、ここに女神の力はない』
「えっ、そんな……」
二つのパーティの面々を見渡す。誰も応えてくれない。彼らにとっても知識に無いことなのか。朱莉を癒すための手がかりを失う。目の前が真っ暗になった感覚。
◇◇◇◇◇
朱莉を再び魔法の円盤に乗せると、僕たちは聖堂を後にした。
「どうすればいいんだ……」
教会で一団は途方に暮れていた。
「断片なんだから全部探すしかないんじゃないかな。皆の目的も同じようなものだし」
柚月さんが言う。この世界の罠に嵌められた気もする。僕は余計なことをしてしまったんじゃないだろうか。朱莉はそのまま死んでいれば、普通に連れ帰ってもらい、蘇生してもらえたんじゃないのか。でも、僕には到底受け入れられない……。
「君さえよかったら、我々のパーティに移らないかい? こっちの方が探索は進んでるから――」
「いや、さすがにそれはお断りさせていただきます」
柚月さんの言葉に三島がギョッとしていた。いや、お前に未練はないよ。ただ――。
「紛いなりにもここまで頑張ってきましたしね。パーティを抜けると言ったのに迎えに来てくれましたし。――ところで、パーティってどうして六人までなんですか?」
「それは知っての通り、味方にかける魔法が六人までだからなのもあるけれど、転移の罠や転移装置、そしてもちろん転移の魔法で一度に移動できるのが六人までなのもあるね」
柚月さんは意外にもまともに答えてくれた。
「転移装置や魔法なんてものもあるんですね」
「魔法使いの第九位階にあるって話だよ。それから司祭の第四位階の帰還の魔法も――」
「帰還の魔法? 誰かそれを使えなかったんですか?」
彼らの熟練パーティには二人も司祭が居る。
「それが……」
「金貨を全部失うんスよ」
言い淀む柚月さん、そして五十嵐が答える。そうか、そういうことか。彼らにとっては金貨が全てだ。そして蘇生まで金貨の消費で賄える。となると、誰かひとりくらい犠牲にしてでも生き残った者が死体を回収し、蘇生させた方が安く上がる。死体の回収が目的なら僕一人でも運良くできたくらいだ。4,5人いれば何とかなるのだろう。
「ミナトっち……」
涙を堪えていたが、さやっちさんが背中を擦ってくれる。僕は礼を言って、後で転職に付き合ってほしいと頼んだ。その後、朱莉の面倒は自分がみると言って彼女を部屋へ連れ帰った。
◇◇◇◇◇
「朱莉、体、痛いよね。ごめんね。僕が余計なことをしたから」
「……いたく……ないよ……うれしいよ」
苦しそうにはしていなかったが、朱莉は動けずにいた。彼女に甘い飲み物を、パンに浸して与えた。
「虫歯菌が居なくてよかったね」
「……ないてるの?」
慌てて鼻水をすすってしまった。いつの間にか僕は泣いていた。
「……せんぱい……だいじょうぶ……だいじょうぶ」
「ちょっと出てくるね。司祭になったら治癒が使えるから」
涙が溢れそうになる。僕は言い訳をして部屋を出た。
◇◇◇◇◇
僕はさやっちさんに頼んで転職に付き添ってもらう。その道すがら――。
「その、ごめんね。今は朱莉の傍に居てやりたいから君のことは――」
「ううん。いいよ。ミナトっちも今迫られても困るでしょ」
「だから僕のことは諦めて欲しい」
「それは約束できないかな。あたしの自由だし」
「そういうの申し訳ないんだけど……」
「あたしの勝手ですぅ。ほら、いいから転職転職」
やってきた場所は、最初にクラスを決めた部屋によく似た一室。カウンターがあって市役所か何かみたい。そしてカウンターの上の黒い球が異彩を放っている。
『転職前の力は大きく減りますがよろしいですか?』
「えっ、は、はい」
余計なことは言わずに言うとおりにする。そして特に何をするでもなく僕は
「ほんとにこれで司祭なの?」
「なってると思うよ? 呪文書はどう?」
「えっ、これっていつの間に」
呪文書の厚みが増えていた。最初のページには司祭の第一位階の魔法が記されており、飾り枠に囲われた数字は7となっていた。驚く僕に、さやっちさんが覗き込む。
「すごいね、最初から7だって」
さやっちさんは他の司祭の魔法の回数も見たことがあるんだろうか? 確かに7回は魔法使いを始めた時の3回から比べても多い。そして魔法は治癒・灯り・盾の三つが記されていた。そして魔法使いの魔法については、種類こそ減っていないものの、回数が減っていた。具体的にはそれぞれ第一から5回・4回・1回に。ただ、願いの魔法は0のままだった。
「その、
「わからない。いつの間にか書かれてた。何か知ってる?」
「聞いたことない。でも本当に願いが叶う魔法なら金貨なんか要らないって思う」
さやっちさんの言う通りだ。
「とにかく朱莉のとこに戻るよ。今日は色々ありがとう」
「うん、そうしてあげて」
◇◇◇◇◇
朱莉のもとへ戻った僕は、使える限りの治癒を彼女に施した。彼女の体は少しだけだが癒された。部分的に瘡蓋がはがれるように黒い組織が零れ落ち、下からは赤みのある皮膚が見えていた。魔法の効きが悪いとは言っていたが、本来はどの程度の力があるのだろう。治癒魔法の普段の効き具合を見たことが無い僕では判断できない。
彼女に飲み物を与え、自分も食事を終えた後はシャワーを浴びた。久しぶりに鏡を持たが、確かにこれではさやっちさんも驚く。体中がボロボロで、皮膚に衣服が張り付いていた。この世界に来てからの異常な回復力でほとんどの傷は塞がっていた。そしてこの体は痛みにも強い気がする。穴が開いていた太腿からは未だに血が滴り落ちていたが、見た目程の苦痛には感じなかった。
毛布を床に敷いて灯りを暗くすると、朱莉が呼び掛けてきた。
「……そいねして」
「そういう訳にもいかないよ」
「……おねがい……きいて」
「わかったよ。昼間は一緒に居てあげられないから夜は添い寝してあげる」
「……おそっても……いいよ」
朱莉がくつくつと笑っている。
「バカな事言ってないで早くご飯を食べられるようになりな」
◇◇◇◇◇
翌朝、僕は朱莉を部屋に残して公園へ向かう。彼女はまだあまり栄養も水分も取れないので心配だったが、行って欲しいとの彼女の願いに応えた。ただ、代わりにキスを要求されたので、おでこにしておいた。
僕が遅かったのもあって公園では既にみんな揃っていた。ただ、五十嵐たちのパーティも居て、何やら話し合っていた。
「皆、おはよう。待たせて悪い」
皆は挨拶を返す。
「――で、何かあったの?」
「ミナトっち、あのね、柚月さんが魔法使いを一人融通できないかって言うんだ」
さやっちさんが他人をさん付けで呼ぶのにちょっと驚いたけれど、それよりも魔法使いか……。
「君たちのパーティ、魔法使いが三人もいるでしょ? どうにかならないかと思って」
「僕は昨日司祭に転職したんですけど……あと、そっちの二人も恋人同士だから無理かなと……」
正直なところ、三島か佐伯さんのどちらかが他のパーティを経験してくれた方がよかったが、そういうわけにも――。
「――あ、じゃあ、こういうのはどうです?」
僕が提案したのは11人のパーティを6-5で分け、前の6人がメインで5人の方は休息とサポートと周囲の警戒を担当するのはどうかと。ホールはともかく通路ではどうせ何人も前衛で戦うことはできないし、何より司祭が三人もいるなら持久戦は有利じゃないだろうか。
「考えもしなかったよ……」
柚月さんは驚いていた。洗脳の弊害だろうか。誰でも考え付きそうな方法だと自分では思うが、皆、意外な顔をしていた。
「転移の罠があった場合に備えて、探知の使える魔法使いはそれぞれに分けてもらえばなお良いかな」
「探知なら僕も転職の影響で少し使えますから数に入れてもらって大丈夫です」
柚月さんの提案通り探知は分けた方がいい。それから司祭も含めてある程度はバランスを取った方がいい。その辺の指示は柚月さんに任せたし、一団のリーダーも柚月さんで決まった。三島はなんだか腰が低くなっちゃってた。
構成はというと、最前衛に戦士三人、その後ろに魔法使いが二人と司祭が一人、これでひとつのパーティ。サポートは司祭が二人に盗賊が二人に殿を守る戦士が一人。そしてどうやら視力がいいのは盗賊のクラスの恩恵だったらしいので、サポートの盗賊は前進の際にはどちらか一人が前に出て斥候をすることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます