第7話 恋人
その後、僕たちは互いに情報交換しながら数日を過ごした。連絡もSNSなんかは動いていなかったが、電話だけは繋がるようだった。ただそれもカタコンベに入ると繋がらなくなる。やはり篠崎さんとパーティが別なことだけが気がかりだった。
僕たちのパーティはというと数日をかけて地下三階まで到達していた。三島は相変わらずだが、宮下が以前よりも慎重になってくれたのは怪我の功名ではあった。扉を開けるときも注意を払うようになったし、無闇に走り出す三島を制してくれるのも有難かった。
白木はというとどんどん侍っぽくなってきた。普段着はいつの間にか着流しになり、これ本当に侍になるんじゃないかと思えるくらい侍だった。そしてできれば刀が欲しいと言っていた。
佐伯さんはなんというか、もう見た目も性格も原形を保っていなかった。あの頃の佐伯さんは既に僕の中にもいなかった。本当に彼女はこんなのを望んでいたのだろうか。常識人になった――というと怒られるだろうけど、落ち着きを見せる最近のさやっちさんも、佐伯さんにはちょっと引いてる。
さやっちさんは変わらないでいた。元に戻るわけでもなかったけれど、あれから何かを望んだようでもなかった。元に戻るのをわざわざ望む必要はないと思ったし、彼女もそう考えたと思う。これ以上、祭壇に関わるのは良くない。
あれから宝箱にも遭遇した。三島以外の者は離れて待つことは無かった。三島もまた、転移で一人だけ取り残されるよと脅したら、しぶしぶ近寄っていた。さやっちさんも罠の解除に成功したり、そしてまたいくつかの宝箱を開けたりして、まとまった金貨も手に入った。篠崎さんも宝箱からの収入が多いと言っていたし。
怪物退治は順調だったが、僕たちの方はそうでもなかった。まず、帰還方法がわからない。他の人たちから情報を集めても、死ねば帰れる――皆その程度の認識でしかなかった。向こうの世界の分の望みの金貨も貯めれば帰れる――そう考える者も居たが、ただの帰還が50万枚ということを考えればありえない。
一度三人で集まったときに僕は試してみた。篠崎さんはすごく心配してくれたけれど。僕は棒付きの飴を望んで金貨を一枚捧げた。
『望みは叶えられたり』
その言葉と共に、ポケットには棒付きの飴が出現した。さらに僕は、元の世界の分の棒付きの飴を望む。
『望みは叶えられたり』
声はしたが何も起こらなかった。
「予想通りだね。これだけじゃ帰れない」
篠崎さんも、さやっちさんもがっかりしていた。最初はそれで帰るつもりだったのだから仕方がない。
――ところで向こうの世界に飴は現れたのだろうか。少しだけ気になった。
◇◇◇◇◇
地下三階ともなると、怪物の集団が大きくなる。クロウキンは何とか僕でも杖で捌けるようになってきた。そして数が多すぎる場合はまず佐伯さんが眠りの魔法を使う――のだけれど、魔法の最後に『死ね!』とか言うので、ノリが三島じみてきてて怖い。
眠りの魔法はクロウキンの集団にはよく効く。僕はこのために短剣を買ってあり、止めを確実に差していく。が、人型の生き物の首元を刺していくのは何度やっても慣れない……。
バタバタと倒れるクロウキン。しかし一匹だけ大きなクロウキンが倒れず宮下に飛び掛かってくる。クロウキンによく似ているが、ブリードフィーンドというやつだ。こちらも幸い、宮下の板金鎧なら抑えきれる。以前は白木が殴られ、出血が止まらなくなって引き返したことがあるが、その経験もあって宮下が前に出るようにしていた。
フィーンドが弾ける。しかし倒れはしない。三島の魔法だが、この辺りになると一撃で仕留められない相手が出てくる。魔法使いには厳しい気がしてきた。
再びフィーンドが弾けて倒れる。今度は佐伯さんの魔法だ。彼女も破壊の魔法が使えるんだな。フィーンドが溶けてなくなると、それなりの数の金貨を残していく。
「やったぜ見たかよ三島!」
「お、おうよ!」
佐伯さんと三島がハイタッチする。あの佐伯さんだよ? しかも三島が後れを取ってる。
「(あかりっち、蘇生でどこか変なスイッチ入った?)」
「(蘇生じゃないと思いたいなあ)」
さやっちさんも心配してる。
◇◇◇◇◇
「でかいのが居る」
さやっちさんが前方にあの大きな人型を見つける。
「佐伯を殺したやつじゃないのか? 棍棒だろあれ」
白木が言う。以前、でかいのに殴られたと言っていた。他からの情報では
「よっしゃー、あたいの弔い合戦といくぜ!」
駆けだす佐伯さん。僕は眩暈がしてきた。三島が二人か三人に増えた気分だ。
佐伯さんは魔法を
白木は背後から大剣を叩きこむ。クロウキンと違って一発では怯まず、棍棒で宮下を殴りつけてくる。盾越しとは言え、棍棒をまともに受けた宮下は悲鳴を上げる。
「ノブよ! 受けるな、流すか躱せ!」
白木が助言している。動きは鈍いが棍棒の振りの速さだけは速い。そして宮下や白木もクラスは戦士。戦闘に特化しているとは言え、一見しただけでは普通の高校生。なのにあんな怪物の一撃を耐えている。普通じゃない。
何度目かの大剣での打撃を与えると、巨人は倒れ伏した。
「この先あたりだね。情報にある階段は」
僕もさすがに役立たずのままでは居られなかった。教会では情報交換と言う名のもとの、地図情報の売買が行われていた。攻略中の西のカタコンベには少なくとももう一組のパーティが居て、彼らは僅かながら先行しており地図情報を売ってもらっていた。
地図情報が多いのは東と南だ。東は最初に多くのパーティが入ったらしいけれど、南に入った篠崎さんたちのパーティが大きな成果を出したため、篠崎さんのパーティが売った情報を元に、南を攻略しているパーティが増えたらしい。
◇◇◇◇◇
僕たちは三階の探索はほとんど行わずに四階への階段を進んだ。そして目的の壁を見る。
『金貨に乗せた望みは女神の元に集まり、さらなる願いの力となる。力を手にせよ』
これだ。一時期、噂になっていた地下四階のメッセージ。どのカタコンベにも四階にあるという。女神とは――祭壇の神像は女神には見えなかった。力とは――金貨で叶えられる願いとは異なるのだろうか。
「どうする? 確認したから一度帰るか?」
意見を求める。何せ僕たちのパーティときたら、前衛の体力が尽きたら終わり。第一位階の魔法を撃ち尽くしたら終わり。下手をすると帰還も危うくなる。聖騎士か司祭といったクラスでなければ負傷を治す魔法が使えないらしい。聖騎士は成れる者が少ないから司祭に需要があるのだが、何しろ司祭が少ない。日本人の宗教嫌いの影響だろうか……。
「司祭がいりゃぁな」
白木がぼやく。
「司祭は引っ張りだこだわ。南に行ってるやつらに司祭が二人いるらしいが成功してるってよ」
三島が言ってるのは篠崎さんのパーティだ。バランスがどうのと言っていたが、意外とまともな判断をしていたのかもしれない。
「全滅しかけたパーティはどこも司祭を失ってるってね。余計減ってる」
そう。宮下の言うように既に全滅に近い状態のパーティが複数あって仲間の蘇生もできないでいる。そして司祭に適性のある人は、性格なのか、使命感なのか、パーティを全滅させまいと最後まで治癒魔法を使うらしい。おかげで負傷者と共にやられることも多いそうだ。
「司祭にしておけばよかったかな。今更遅いけど」
「「ハァ?」」
僕がボヤくと三島と白木が返す。
「なんだよ勿体ねえ。適性あんのかよ」
「佐枝、転職すればいいじゃないか」
転職? また知らない単語が。何と答えたものか……。
「ミナトっちさ、後で行ってみる? 考えてみてもいいかもよ」
さやっちさんが助け船を出してくれる。僕は――そうだね。ありがとう――と返しておいた。
「――さやっちさぁ、ミナトっちとデキてんの?」
宮下が突然そんなことを言い出すので慌てて否定する。
「デ、デキてないって」
「ウッソだぁ。あたい見たよ。二人で部屋に入るトコ」
「マジか!」
「――マジかよ……オレさやっち狙ってたのに……」
「雰囲気変わったのそのせいだったのか」
宮下……なんかごめん。
「あたしはいいんだけどね、ミナトっちが二股嫌って選びきれてないのよ」
「二股!」
「何だよ、大人しそうなフリしてズリぃよ……」
「佐伯も口説いてなかったか」
「まだ付き合ってるわけじゃないから。――佐伯さんは口説いてたわけじゃないよ。最初だけちょっといいなって思っただけでその……」
「今のあたいじゃ不服なん?」
「ほんとすみません……」
「先輩、すげぇな! いい子居たら紹介してください!」
三島が目を輝かせて今更先輩呼ばわりする。やめてほしい。
「さ、佐伯さんとか気が合うんじゃない……?」
ハッとした三島。
「佐伯、付き合うか!?」
「よっしゃ、いいぜ!」
ここに一組のカップルが誕生した。よかったね……。
「そんな、あかりっちまで……」
宮下……ほんとごめん。でも他にいい子は居るって。佐伯さんと付き合うのは大変そうだよ?
◇◇◇◇◇
一旦引き返すことにし、僕たちは帰路についた。途中、クロウキンの群れとも遭遇したが、難なく処理できた。余力があるうちはそれなりに戦える。あと、後ろで三島と佐伯さんがベタベタして大人しくしてくれていたので、怪物をやり過ごすという手段が取れるようになった。ただ、後ろの警戒が疎かにならないか心配はある。
教会に戻ってきた僕たちは、普段ならあまり見ない人だかりを目にする。分配ならパーティ一行で十分だし、情報交換にここまで人が集まることはない。金貨のやり取りがあるから情報は秘匿したいことも多い。
宮下と白木が人だかりに走っていき、後の三人もついていく。僕は集団から離れている人に何があったのか聞く。
「南のカタで女神の断片見つけたってよ」
「断片って……」
何?――とは聞かなかった。
「けど大怪我してバラバラになって一人帰ってきてないとさ……」
「ミナトっち!」
さやっちさんが向こうで叫んでいる。嫌な予感が心臓の鼓動を高める――。
「篠崎ちゃん! 帰ってないって!!」
僕は今、いちばん聞きたくなかった名前を聞いてしまった。
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