第6話 蘇生

 現れたのは三人。三島、宮下、白木。佐伯さんは? 僕とさやっちさんは駆け出した。


「三島、佐伯さ……」


 答えを聞くまでもなかった。白木が背負っている。大剣をお尻の下の支えにして背負っていたが、佐伯さんの目には生気がなく、腕もだらりと垂れ下がっていた。


「あかりっち!? どうしたの!?」


「なんかでかいのに不意打ちで殴られた。カズキとオレとでなんとか倒したが――」



「――たぶん死んでる」


 血の気が引いた。死ぬかもとは聞かされていたが、目の前には死体となった佐伯さんが背負われていた。気持ち悪いのを我慢して立ち尽くすしかなかった。


「聖堂に! 早く!」


 さやっちさんが叫ぶ。僕もなんとかついていく。



 ◇◇◇◇◇



 聖堂と呼ばれたそこは、やはり似たようなホールであることは変わらないけれど、奥の方に巨大な祭壇があった。また、天井が高く、祭壇の奥の神様の像も巨大だった。左右の壁には丸い球体の照明が、天井高くまでいくつも配置されている。


 異様な雰囲気に圧倒されかけたけれど、今はそれどころではない。


 聖堂の神官? のような人たちに促されて、石の台の上に佐伯さんを横たえる。物のように投げ出されると、間違いなく首の骨が折れている様子だった。短い悲鳴を上げるさやっちさん。僕もたまらず白木に声をかける。


「お前白木、もうちょっと……」


「うるせぇ、こっちだって必死だったんだ」


『金貨500枚を捧げなさい』


「えっ」


 神官らしき男から声を掛けられる。


「そんなにあるかよ!」


 白木が怒鳴る。


「まけてくんない? それか貸しで」


 三島が言う。


「それよりオレの腕を治してくれ」


 宮下が腕を見せる。


『金貨20枚を捧げなさい』


「20枚ならなんとかなるだろ? 先に治してくれ」


「金貨ならあるよ。数はわからないけど結構。ね?」


 さやっちさんが僕に同意を求める。

 ぼくたちは供物の台に袋から金貨を出す。


 どう?――と神官に聞くと頷く。


『祈りなさい』


 佐伯さんを生き返らせて欲しいと祈った。


『望みは叶えられたり』


 そう、どこからか聞こえると、金貨は粉々になって煙のように消えていった。

 佐伯さんの体はというと、折れた首の部分の肉が裂け、血は飛び散り、骨が露出してバラバラになっていく。どうなってるの――そう声を掛けようとした瞬間、再びそれは元の位置に、まるでそれぞれの肉片や血が意思があるかのように戻っていった。


 佐伯さんの首は正常な状態に戻り、肌に赤みが差していった。


「生き返った?」


「あかりっち! あかりっち、大丈夫?」


 さやっちさんが駆け寄って抱き起す。息はしているようだ。やがて目も覚まし、ここは? ――と問いかける。


「なあ、オレは? 腕は?」


 宮下が騒ぐので、僕は供物の台に残った金貨で治してやってくれと神官に頼んだ。

 神官が祈るように促すと、彼の右手からは血が溢れ出し、そして見る見るうちに再生されていった。ただ、最後に肌が形成されるまではなかなかにグロかった。



 ◇◇◇◇◇



 宝箱から出てきた金貨はかなり減ってしまったが、普段から考えると十二分の稼ぎだった。佐伯さんも普通に動けるみたいだし、金貨を回収して聖堂を後にする。


「あんた、何勝手に仕切ってんだよ。大金が無くなっちまったじゃねえの」


 三島が文句をつけてくる。


「お前なあ……」

「あかりっち、死んじゃったんだよ? 金貨くらい何よ!」


 その通りだ。そして死んでも元の世界に帰れるとは限らない。


「そもそもさ、佐伯さんを守れなかったんでしょ? じゃあみんな責任あるじゃない」


「お前ら二人が居なかったからだろ!」


「だからって言ったでしょ。だいたい、罠があるかもしれないって離れてたの君たちでしょ。全員で転移してたらまだ無事だったかもしれない」


「罠で死ぬかもしれないじゃねぇか」


「それをさやっちが一人で引き受けるんでしょ。なら一緒に居てあげた方がマシじゃない?」


「危険ってわかってて近寄れるかよ!」


 だめだこいつ話にならない。


「とにかく、転移の罠がある以上は一緒に居た方がいいと僕は思う。みんなも考えておいて」


 残った金貨を分配し終えると、苛立ちを隠せなかった僕はその場を去った。



 ◇◇◇◇◇



 スマホの時間を見る。まだ三時過ぎくらい。そういえばここに来てから昼を食べてない。部屋に配膳されるわけでもないし、腹が減るわけでもない。朝晩二回だけの食事。


 突然、電話の着信音が鳴る。驚いて落としそうになったが、なんとか電話に出ることができた。


『あ、繋がった。先輩?』


 篠崎さんの声が聞こえた。


「え、何で電話繋がるの? それより何で番号知ってるの?」


『番号は南先輩から教わりました』


「あいつ……」


『パーティ戻ってきました? 時間空きました?』


「あ、ああ、戻ってきたよ。無事とは言えないけど、まあ無事」


『なんですかそれ。じゃあご飯行きましょ』



 ◇◇◇◇◇



 待ち合わせの場所まで行くと、篠崎さんが待っていた。


「ご飯もう食べたんじゃなかったの?」


「別にお腹すいてませんでし――あっ! 先輩何でさやっちさんが居るんですか!」


「えっ」


 振り向くとニコニコのさやっちさんが居た。


「だからは要らないって。ミナトっちが心配だったからつけてきちゃった」


「ミナトっちって……」


「いや、彼女こういう人だから、皆にそんな感じなんだ……」


「ごめんねー。ミナトっち、リーダーと喧嘩しちゃってそのまま行っちゃうもんだからー」


「三島と上手く行ってないんスか?」


「あいつが馬鹿なだけだよ。実は――」


 僕はパーティの一人が死んでしまって、聖堂で蘇生してもらった話をした。そこで意見の行き違いというか、まあおそらくは三島が身勝手だっただけだと思う――と、その後の話をした。


「ハァ、くだらないことで揉めてんスね、大丈夫スか?」


「だいじょばないかもな……」


 とにかく、ここで喋ってるのも何だからと僕たちは食堂に向かった。



 ◇◇◇◇◇



 食堂――そう呼ばれているそうだが、学生食堂なんかよりさらに味気ない。無駄に寒々としただだっ広いホールの一角に、簡素な机と椅子が置いてある。30人ほどしか座れなさそう。


「本当においしいの?」


「味はいいスよ。みんな、望みに一途でここに金貨を落としたくないだけッス。これも手に入るッス」


 彼女はれいの棒付き飴をポケットから出した。

 祭壇ではないが、やはり供物台のようなものに金貨を置いて望めば、希望の食事を用意してくれる。蘇生などと違って金貨一枚や二枚、贅沢をしても十枚か二十枚で収まるらしい。僕も久しぶりに和食を頼んでみたが、普通においしかった。


「三日しか経ってないのにすごく懐かしい気がする」


「そうッスか?」

「あたしもそうでもないかな」


 彼女たちはコース料理のようなものを頼んでいたが、それって給仕してもらわないとキツくない? って思った。何枚ものお皿を自分で運ぶのはどう見てもきつい。


「それで洗脳のことなんだけど……」


 さやっちも居るので話してしまおうとした。


「先輩、ちょっ!」

「ミナトっち!」


「えっ、誰も居ないじゃない」


 もともと人が少ないのか、時間的なものか、他に人はいなかった。


「こういう、がいつも居る場所では喋らない方がいいスよ。たぶん」


「何を刷り込まれてるの?」


 何か理由があるのか彼女たちに聞いてみる。二人は顔を見合わせる。


「……見張られているような怖い感じがする。何となく」


 さやっちさんが答える。


「わかった。じゃあ……僕の部屋……は何だから、後で篠崎さんの部屋でもいい?」



 その後、僕たちは普通に料理を楽しんで、他愛もないことを話し合った。さやっちさんが近くの女子高の二年だということ、それから男運が無く、独占欲の強いガサツな彼氏ばかりでうんざりしてたこと、ここで僕に巡り合えたこと――。


 ――ぜんぜん他愛もないことじゃなかった。


「先輩……さっき、さやっちさんは皆にこんなだっていいましたよね?」


「う、うん、それも含めて説明するから移動しない?」


「私の気持ち、知ってますよね?」


「まあ、だいたい……」



 ◇◇◇◇◇



 食事を終えた僕たちは篠崎さんの部屋に移動した。途中、さやっちさんに――もう部屋に呼ぶ間柄なんだ?――と聞かれ、僕は慌てて――前に秘密の話をしたかったから――と弁明したら、篠崎さんに――わかっててそう言うのはずるい――と言われた。


 僕は背もたれのない椅子に座り、彼女らはベッドに座っていた。


「篠崎さん、さやっちってどう思う? 見た目とか印象とか」


「どうって……なんとなくですけど、先輩が好きそうな感じだなって」


 わかるんだ……。


「実は最初に会ったときは髪の色も明るい茶髪で、背も低くて、印象も軽い感じで――」


「軽いとかひどーい」


「いや、ごめん。軽いじゃなくて、捌けてるというか、分け隔てないフレンドリーな感じというか……」


 慌ててさやっちさんに弁明する。


「今でも分け隔てなくフレンドリーだよ?」


「そうでもないよ。前だったらたぶん、三島のあの髪型にもノリでカッコイイって言ってたと思う」


「あ……うん……そうかも」


「――で、これたぶん、祭壇に祈ったからなんだ。ね?」


「そう! あたしもびっくりした」

「本当ですか? 背も伸びるの?」


「篠崎さん、真似しようとか思わないでよ」


「えぁ、うん、……はい」


「――それで篠崎さんの方だけど、実は全然別の男子を僕だと信じ込んでたんだ」


「ご、ごめんなさい先輩……」


「いや、それはいいから。たった一晩で篠崎さんはそういうふうに洗脳されてた。怖くない? しかも相手の男子もだよ?」


「――確かに怖いかも」


 さやっちさんも納得してくれる。


「そういうわけで祭壇には祈らない方がいい。翌日には全然違う自分になるかもしれない。元の世界に帰るにしても、祭壇は金貨を50万枚も要求してくるから」


 さやっちさんもさすがにこれには驚いていた。さらに僕は、最初の集会で帰った人のこと、死んでも帰れない可能性が高いことも説明しておいた。


「他の人の洗脳を解くのは難しいかもしれないけど、三人だけでもなんとか正気を保って元の世界に帰ろう」



 ◇◇◇◇◇



 僕たちは連絡先だけ交換して、今後のこともまた話し合おうと別れた。別れ際、ちょっと忘れ物と言って篠崎さんの部屋に戻る。


「ごめん。さやっちさんのことなんだけどさ」


「付き合うならちゃんと私を振ってからにしてください」


 棘のある言葉を返されるけど、そもそもまだちゃんと告白もされてないよね?


「いや、そうじゃなくて彼女、洗脳されて僕を好きになってる可能性が高い」


「そうなんです?」


「彼女は最初に、優しい彼が欲しいって願ったらしいからたぶん……」


「先輩には影響ないんですか?」


「僕はほら、最初の集会で寝てたからか洗脳とかたぶん無い。ここの常識も理解できないし。ほら、怪物殺すでしょ? 気持ち悪くなかった?」


「そんなには……」


「僕は気持ち悪かった。内臓とかバラバラになってるの吐きそうだったよ。たぶん、以前の篠崎さんなら気持ち悪いって思ったはず」


「そうですか……」


 彼女はちょっと悲しそうな顔をした。――篠崎さんとのことはちゃんと考えて返事をする。約束するから――と、慰めにはちょっと弱い言葉しか掛けることができなかった。

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