魔人杯~魔と人と杯~

亜未田久志

第1話 生粋のギャンブラー


 人生ってのは賭けだ。

 だから有り金全部すっても生きてりゃ勝ちだ。

 コンクリ詰めにされて沈められるより真っ当だ。

 だから俺にはまだチャンスがある。

 自販機の下から小銭を拾おうとして奇異の目で見られているのも気にせずに俺は栄光に手を伸ばす。

「五百円~!!」

「やめんか馬鹿者」

 蹴り飛ばされた。

 そこに居たのは奇怪な姿の少女だった。頭の上に天秤を浮かべ、ポンチョを身に纏い、なによりその紅と蒼に二分された髪の色、髪とは逆位置に、右に紅、左に蒼を湛えたオッドアイ。おおよそ普通の人間には見えなかった。

「お前、幻想か」

 幻想、現代に生きる妖魔神霊の類の総称。そう言われてもなんのことか分からないだろうが、現代ではそれらの存在が創作上のものではなく実在の物として扱われている。いまだにその事実を受け入れていない人間も多いが、俺は認知派と呼ばれる幻想の存在を認めている派閥に属している、一応。

「如何にも、絶対の魔王ライブラ」

「魔王? なんで魔王様がこんな路地に居やがる」

「魔人杯じゃ、よもや知らんとは言わせんぞ羽須美蓮はすみれん

 何故か名前を知られている。が相手は幻想だ。そこは別に気にならない。魔法か何か使ったんだろう。だが『まじんはい』とは。

「知らん」

 盛大にずっこけられた。頭の天秤が大きく揺れる。

「な、な、な!? あの魔人杯じゃぞ!?」

「どの『まじんはい』だよ、なんて字書くの?」

「魔王の魔に人類の人に大阪杯の杯じゃ!」

「おお、分かりやすい」

 競馬は好きなので大阪杯ですぐ字が出てきた。

「ふぅん、競馬じゃなさそうだな、なんの大会?」

「魔王と配下の人間、二人一組で挑む超常の試練、それが魔人杯」

「ふぅん」

「なんじゃ興味なさそうにして」

 根っからの賭け事好きの俺だったが、賭け事が好きなのであって勝負事が好きな訳ではない。それも試練とまでなるとやる気も起きない。

「つまりあんたの配下になれって? それで俺に声をかけたのか?」

「察しがよくて助かるのう、我と契約して魔人杯に出るぞ」

 彼女の中では決定事項のようだったが、こちらとしては断りたくて仕方がない。

 しかし相手は魔王、幻想の頂点だ。

 たかが木っ端の人間じゃ敵う術もない。

「……一応、念のために聞いておくけど、拒否権は」

「ない『yes or death』じゃ」

 デスだけやたら協調された。

 そして俺に死ぬという選択肢だけは無かった。

 だから。

「……乗った」

「よろしい、では行こうか魔人杯の舞台へと」

 身体がふわりと宙へ浮かぶ。

「うわああああ!?」

「落ち着け、無事に着く」

「どこに!?」

「空の門」

 雲の中に突っ込んだ。

 しばらく真っ白な世界に入り込む。そしてそこを抜けると眩い光に照らされる。

「ここは……!」

「如何にも」

「東京ドームじゃねーか!?」

 そう、かの有名なドーム球場だった。よく何個分の例に使われるやつだ。

 そこにはぎりぎり数え切れそうな人数が集まっていた。ざっと見積もって百人程だろうか?

『お集まりの皆々様! ようこそいらっしゃいませ! 魔人杯の舞台。天空ドームへようこそ! 司会進行はわたくし、フェニックスが行います!』

 そこには燃える鳥の姿。まさしく幻想の不死鳥。

『此処に集まったのは五十組の魔王と人間のタッグ! そして行われるのはルール無用の大一番! さあ生き残るのは誰だー!!』

 盛り上がる会場、俺は熱気に圧される。

「これが魔人杯……」

「ああ、お前と我の戦場だ」

 不死鳥が叫ぶ。

『さあさ、初陣を切るのは誰だー!?』

「初陣? こういうの順番決めのくじ引きとかしないの」

「アニメの見過ぎじゃないかお前」

「いや必修科目だろ」

 やれやれと溜め息を吐かれる。

「ここは猛者の集う場所、弱腰な者から死んでいくのじゃ」

「ふぅん、じゃあ」

 すぐそばに居た壮年の男と蛇女のタッグを捕まえる。

「よおやろうぜ」

「……お前!?」

『おっとー! ライブラ&蓮のタッグが屈指の猛者であるクルード&ラミアスのタッグ相手に宣戦布告だー!!』

 クルードと呼ばれた男はに朗らかに笑うとこう返した。

「雉も鳴かずば撃たれまい……世の厳しさを教えてあげよう若人よ」

「やっちゃえクルード!」

 そこで俺はこう言った。

「んでなにすりゃいいわけ?」

 魔人杯のルールなど何も聞いていない。

 するとフェニックスから解説が入る。

『魔人杯では戦闘を仕掛けた側が自由にその戦闘のルールを決めていいことになっています! まさしく弱肉強食! 先手必勝の世界なのです!』

「ふぅん、じゃあ『じゃんけん』で」

 会場の空気が凍り付くのを肌で感じた。

 フェニックスも言葉を失っている。

 俺はにやりと笑うとクルードを見やる。

「乗るか、乗らないかだ」

「フッ、フハハハハ! そうかそうか! 勝てない勝負を挑んできたかと思えばじゃんけん! それなら確かに君達にも勝機はある。そして知っておくといい。この魔人杯に拒否権は無い。勝負に誘われたら最後、なんだ。つまり私はじゃんけん勝負を受けざるを得ないんだよ」

「そりゃよかった。断られたらどうしようかと」

「ふざけてんのこいつ、命を賭けるのが魔人杯なのよ!?」

 ラミアスとかいう下半身が蛇の女が吠える。

「ああ、もちろん賭けるのは命でいいぜ。全額レイズだ」

 俺は昔から賭け事が好きだった。

 命をはっても、勝てればそれでいい。

 そして俺にとってじゃんけんは駆けですらない。

 まさしく児戯である。

 絶対勝てる勝負に命を賭けても面白くすらない。

 これは前哨戦。

 ここに勝ってからが本番だ。

『え、えー第一回戦が始まります……なお勝者には魔人杯へのルール追加権が与えられます』

「へぇ、勝負が進めば進むほどがんじがらめになっていくってわけだ」

「おいお前! 分かっておるのか!」

 ライブラが話しかけてくる。慌てた様子で。

「分かってるよ、弱腰から死んでくんだろ? じゃあこれが正しい」

「それはそうじゃが……」

「黙って見てろよ魔王様、俺は勝つぜ」

 それを聞いてクルードは嘲笑した。

「フッ、よもやこの私の命を子供のお遊びで奪えるとでも?」

「ああ、お前は児戯で死ぬんだクルード」

 レールには乗せた。後は動かすだけ。

 じゃんけんとは脳の反射だ。

 相手の動きさえちゃんと見れば出す手は分かる。

 深く考えるな。

 見るのは目の前の相手だけでいい。

 俺は集中する。

 全神経を目に総動員する感覚。

「じゃんけんのルール説明はいらないよな?」

「ああ、時間がもったいない、さっさとやろう」

 互いに手を前に構える。

 そして唱える。

「じゃーん」

「けーん」

 俺は――

『いいかいレン、余裕ぶった相手ほど、その手を握りしめるものなのさ、だからこちらは開いて待てばいい』

 過去の友の言葉が蘇る。

 ああ、そうだなクソ野郎。

 俺はそっと手の平を前に差し出した。

 相手は握り拳。

 勝敗は決まった。

「天秤は我が配下に傾いた」

 絶対の魔王ライブラの言葉。

 クルードは己の手を見て顔面を蒼白にさせる。

「馬鹿な……なぜパーを出す……? 貴様の一挙手一投足を見て確実にチョキを出すと観測したのに!」

「自分の身体の仕組みは自分が一番よく知ってる。じゃんけんの必勝法は自分で自分を騙す事だ」

「自分を、騙す……?」

「そう、身体の反射を騙して、魂に従うのさ、俺の身体は確かにチョキを出す構えだったよ。あんたは正しい。だけど心の内までは読めなかったみたいだな」

 何かを拘泥しようとしたクルードとラミアスだったが突如、床から黒い手が生えて二人を掴み引きずり込む。

「嫌だ……! 死にたくない……! 私は……!」

「クルード! クルード! 助け……!」

 同情はしなかった。どうせ碌な人間じゃない。

 此処に集まっているのは、俺と同類。

 クズの集まりだろうから。

 地面に消えた二人を見送ると俺はフェニックスに宣言した。

「ルールの追加だ。勝負は全て『賭け』の要素を含む事、これを追加しろ」

『か、かしこまりました……終わったの結果も踏まえた新ルールはこちらになります」

 は? 今なんて――

 天空ドームの超大型ビジョンに映像が出る。


・第一に戦闘行為は武器を用いる事。

・第二に戦闘行為は賭けの要素を含む事。


 そしてそのビジョンの下。

 叩きつけられた血痕があった。

 血糊のようで違う。そのさらに下に真っ赤に染まった女が一人。

「歴戦の魔王レガルティア……」

 ライブラがその名を口にする。

 と俺の肩が叩かれる。

「ごめん、ボクの相棒が後から仕掛けた第二回戦を先に終わらせちゃった。悪いねレン」

「お前は――」

 過去の残影。

 そこにいたのはかつての友。

 裏切りの象徴。

勝浦累かつうらるい……!」

「フルネーム呼びなんて仰々しいなぁ、ボクたち親友、だろ?」

 最悪の敵が、最悪の手を打ってきた。

「レンならどうせを追加するだろうから、先にこっちから戦闘行為に華を添えておいたよ。これで血や傷は免れない」

「……クソ野郎が」

「ハッ! クズに何言われてもね!」

 こうして俺の一世一代の大博打が幕を開けた。

 これは俺の逆襲譚リベンジだ。

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