年越しのち春
季節はあっという間に巡り今年も締めくくりの時期になってきた。
東京では雪が降ってもほとんど積もらなかった。この国も雪はあまり降らない。けど常にうっすら積もっている。
今年も湖の全面は凍らず薄い氷が一部にできるだけ。試しに庭に池を作り水を入れてみたけどこちらも厚い氷はできなかった。それと落ち葉も多くて流石に食用としては使えそうにない。
ミキちゃんの氷魔法は練習と寒さのおかげで作れる量は増えてきた。
とはいえやりすぎて貧血のようになってしまうのであまりやらせたくない。
地下の氷室工事の方はサホロ国から技術者が来て指導を受けながら建造が進んでいる。地下水道の一部を使う予定だったけど衛生面から別の地下室を作ることになった。
てっきり土魔法でさっと作ってしまうのかと思ったけど技術者の方が安全に掘れる位置を探して掘削。掘った土は手で運び出すという地味な作業。
たしかに魔法で穴を開けたとして、掘り出した土はどこへいってしまうのかわからない話。
壁はそのまま魔法で固めている。レンガとか魔法で生成したりはできなさそう。
氷室は技術者の方が図面を持ってきたのでヤリさんたちが作業をしている。
ただ完成は年明けになりそう。
この国の年越しは国王の内藤さんが日本らしさを出したかったらしく家族で過ごすことを推奨している。ただ日付が変わる頃に外に出てカウントダウンをするのが恒例となっている。年越し蕎麦はないので麺料理を食べる。ただコタツはない。しかし、みかんみたいなものはある。
「今年もあっという間だったねぇ……」
「そうですね。今年も色々ありすぎてあまり働いた気がしませんね」
「本当にそうね。今年は留守が多くてお店のことありがとうね。ナナさん」
「いえ。お役に立てて嬉しいです」
「来年は忙しいかもしれないので頑張ろうね」
「はい」
ナナさんとまったり年越し。ハチくんはすっかり熟睡している。デンさんは行事参加のために出かけている。
「紬さんコーヒー飲みますか?」
「あ、ありがとう。いただきます」
ナナさんがコーヒーを淹れてくれる。いい匂いが漂う。暖炉の火にあたりながら飲む。ほっと一息。シルフィさんもお菓子を差し出してくれた。
「シルフィさんもありがとうね」
窓を見ると真っ白に凍っていたので近づき少しだけ窓を開ける。風もなくさらさらと雪が降っている。湖の波音も聞こえない。とても静か。
そろそろ0時になる。家で過ごしていた人々が湖岸に集まり始めた。日本では除夜の鐘だったけどこの国では……
湖面が小さく光る。その光はゆっくり空高く舞い上がり一気に花開く。次の瞬間おなかに響く大きな音。花火そのもの。内藤さんが国王になってから始めた行事。当初はみんなびっくりしていたが事前に隣国を含め周知していたので大騒ぎにはならず毎年開催している。
日本のおごそかな雰囲気も好きだけど海外で迎える新年みたいで楽しい。
湖岸に集まった人たちはそれぞれで食べ物を持ち寄り、それをみんなで飲んだり食べたりして楽しんでいる。
「今年も宜しくお願いしますね。ナナさん。シルフィさん」
「こちらこそよろしくお願いします」
「お二人もよろしくお願いいたします」
「さて、無事に新年になったしそろそろ寝ますね。おやすみなさい」
「はい。おやすみなさい」
自室に戻り布団に入る。外では新年を祝う人たちの声に耳を傾けながらそのまま眠りにつく。
「ツムギーおはよウー」
ハチくんが日の出前に起こしてくれた。
初日の出を見に行こうと約束をしていた。
デンさんは……まだ帰っていない。
ナナさんとシルフィさんも先に起きていた。
みんなで裏庭の湖岸に椅子を持っていき焚き火をしながら日の出を待つ。
しばらくすると空が白んでくる。太陽が出てくる。
湖面の氷が反射する太陽の光はとても幻想的。
「ミンナおはよう。ことしもいいひのでダナ」
「デンさんおかえりなさい」
「タダイマ」
「年末年始お疲れ様でした」
「ナニしごとだからナ」
「デンさん。今年もよろしくお願いしますね」
「オウ。よろしくナ」
また一年が始まろうとしている。今年はどんな出会いがあるのか。
この日の出を見ていると希望しかない。
新年の営業は3日からはじめる。
転移する前の世界では新年に豆を食べる国が多かった。豆は財産を象徴で縁起物とされている。
なので保護猫カフェで無料のおしるこを振る舞う。これを恒例行事にするつもり。
「おはようございます。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
常連さんや新規のお客様も続々きてくれる。
新年の門出なのでデンさんに会いにくるみたい。
「オハヨウ。ことしもヨロシクな」
デンさんは次から次へとくる方の対応に大忙し。
初詣みたいな感じ。
気が付くと内藤さんたちもいた。
「おはようございます。本年もよろしくお願いいたします。こちらから伺わずごめんなさい」
「お、紬ちゃんおはよう。今年もよろしくね。気にしなくていいよー用事があったしね。いやーデンさんすごい人気だね。初詣で参拝されているみたいだね」
まったく同じことを考えている。日本人だから仕方ない。
「カイリ様、ミキ様。おはようございます。本年もよろしくお願いいたします」
「紬ちゃんおはよう。今年もよろしくね」
「紬お姉様。おはようございます。今年もよろしくお願いいたします」
そして隣には一際大きな猫さんが……もう熊と言っていいくらいの大きさ……
「ええと……はじめまして。保護猫カフェのオーナーをしています。元井紬と申します。あの。失礼ですが……」
「おう。紹介するよ。こちらのお方は先建てから地下工事でお世話になっておるサホロ国の守り神ハシカプ様で有らせられる。紬。よろしく頼むぞ」
「うむ。ツムギ。話はきいておる。デンのこと。ありがとうな。これからも。よろしくたのむ」
「ハシカプ様でしたか。ポメロ様からお名前を伺っておりました。こちらこそよろしくお願いいたします」
「新年の挨拶ついでに工事の視察をしたいとのことでな。あと紬にも会いたかったそうだ」
「そうなのですね。わざわざお店までお越しいただきありがとうございます」
「よいよい。ポメからもきいたが。うむ。これはいい子だ。デンよ。だいじにするんだよ」
「オウ。もちろん。ハシカプもおみせまできてくれてありがとうナ」
「気にするな。では。またそのうちにな」
「それじゃあ、われわれは次へ行くからな。紬。サホロ国へ行くことがあればまたよろしくね。デンさんもみなさんもまたね」
「紬。次はサホロ国になりそうね。また声をかけるわ」
「お姉様。またですわ」
「ツムギ。まっているからな。デンよ。またな」
「皆様ありがとうございました。サホロ国楽しみにしておりますね」
「ミンナまたナー」
あっという間に内藤さんたちは帰っていった。新年は忙しそう。わざわざ足を運んでくれてマメだなぁと思った。そのマメさも人気なのだろう。次はサホロ国へ行くのかな。
後日、カイリ様から春を過ぎた頃にサホロ国へ行くのでまた一緒に行きましょうとお誘いがきた。もちろん何事もなければ行きますと伝えた。
何事もなければ……。
そして季節は移り……。
この国にも春の訪れを告げる桜のような木がある。湖岸沿いに植えられているので一斉に咲き始めると湖がピンク色に染まる。その花びらは淡いピンク色で、儚げに風に揺れている。春の陽気に誘われ、新しい始まりを感じる。
そう。
新しい出会いと始まり。
それを求めてかはわからないけど今日も保護猫カフェをオープンする。
「いらっしゃいませ。ようこそ保護猫カフェオハナへ。お店の名前オハナは家族って意味なんです。お客様もスタッフも猫たちも家族のように親しんで自分のお家みたいにくつろいでくださいね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます