決心
いつものように開店準備をしているとドアが開く音がした。振り返るとそこには内藤さんがいた。
「よう!久しぶり!」
「……おひさし……ぶりです」
「元気にしてた?あ、コーヒー頂戴。砂糖とミルクたっぷりでよろしく。あと、デンさん呼んでもらっていいかな?」
コーヒーを出してデンさんを呼ぶ。
「どうした?めずらしいナ。なんかあったのカ?」
「まぁいろいろとね。とりあえずつむぎちゃんと三人で話がしたいんだ」
「わかった」
「それで、どうされたんですか?」
「いや、あのさ。例の話ね。ボクなりに考えてみたんだ。同じタイミングで日本からこの世界に来ているよね。でもこっちでの時間はすっごく離れているわけよ。もしかするとこっちでいくら過ごしても日本の時間はほとんど動いていないんじゃないかって。
ただボクはもう三十年もこっちで過ごしててすっかりおじさんなわけ。でもつむぎちゃんはまだ一年くらいしか経ってない。いま戻れればあっちでの生活にほとんど影響がないんじゃないかって。
もし日本へ戻りたいと考えているなら全てを使って戻る方法を考えようと思っているんだ。わからないよ?向こうも同じように時間がすぎているかもしれない」
「フム。そういうことカ。さいきんツムギのようすガおかしかったのはそのせいか」
「うん。相談したかったけどどう話せばいいかわからなくって……ごめんなさい」
「デンさんはボクたちがここにきたこととか何かわかるのかな?」
「うむ。それがナ。ワシにもよくわからないんダ。コノくにのまもりがみナンだけど。スマナイわからない」
「あれから三十年経っているし少しは情報増えるかもしれないから調べてみるのもありかなぁ。まぁボクはもう戻る気はないんだけど。つむぎちゃんはどうなんだい?」
内藤さんの問いかけに黙ってしまう。
ここにきて一年ちょっと。たくさんのお客様に出会ってたくさんの猫さんに出会ってスタッフにも恵まれた。
何不自由していない。
日本は恋しいけど家族とは疎遠だったし親族もほとんど知らない。
戻っても……
でも……
「ごめんなさい……。少し時間をください……」
「いいよいいよ。大丈夫。また後日でもいいからさ。考えてまとまったら教えて」
そう言い残し内藤さんは猫エリアへ入っていった。タイミングを見計らったようにナナさんが来る。
「聞いてた?」
「はい。すみません。聞こえてしまいました」
「ううん。お店で話したからね。気を使わせてごめんなさい」
「わたしは紬さんに拾われてとても幸せです。いくら感謝しても足りないです。あのとき私の魔法石の核は壊れていました。紬さんの手当で直りました、壊れる前よりよくなった気がします。元気いっぱいなんですよ。本当にありがとうございます」
そういうとナナさんは猫エリアへ入っていった。
「あの娘なりの気づかいだな。おれは紬お嬢にここに雇ってもらって色々な料理を教えてもらった。これはとんでもない財産だよ。ありがとうな」
シェフのジェフさんはそれだけ言うと厨房へと帰っていった。そのタイミングでお店のドアがバンっと開く。振り返りいらっしゃいませと言う前に背中に衝撃が走る。
「紬お姉様!国へ帰ってしまうのですか!?本当なのですか!?お姉様が帰ってしまったら私は私は……」
ミキちゃんはそこまで言うとポロポロ泣き出した。対応に困ってしまいとりあえず抱きしめるとさらに泣いてしまった。また背中に圧を感じる。ハチくんがくっついてくる。
「オレはイヤだ。ツムギとここにいたい。かえらナイで。ツムギスキだからズットいっしょがイイ」
そう言うとハチくんも泣いてしまった。
お店のドアが開く。
「おはようございます」
「おはようさん」
「おはよう」
ティリさんとヤリさん。マリーさんが一緒に入ってきた。ミキちゃんとハチくんに泣きつかれている光景を目の当たりにして目を丸くする。
「これは一体……?」
ふたりを落ち着かせてから3人になんとなく話を伝えた。国へ帰る可能性があるかもしれないと。
そういうことならしかた無いよなぁと言うティリさんヤリさんに対して
「私は紬とお店、猫たちがいなくなるのは絶対いやよ。それにここの料理は世界中どこの料理より美味しいですもの」
「たしかに美味しいよなー」
「うむ。美味いよな」
「だから紬はここで料理を提供し続けなさいな」
マリーさんは真っ直ぐな気持ちを伝える。
「みんなありがとう。本当に嬉しいよ。ただ帰れるかもしれないってだけで決まったわけじゃないので……」
方法が見つからないかもしれない。たとえ見つかったとしても……。みんなのことを見る。デンさんはなにも言わずこちらを見ている。ナナさんはミキちゃんとハチくんを慰めている。キッチンからは調理の音が聞こえる。東京にはやり残していることは沢山ある。この国での生活には慣れて何不自由ない。それでも……。
決心して猫エリアで猫と戯れている内藤さんに会いに行く。
「あの! 私。決めました」
思いを内藤さんに伝えると
「わかった。ボクもできる限りのことは手伝うよ」
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