半年前の話

 保護猫カフェの営業をここで始めてから半年くらい。この世界へ転移してきた頃を思い返す。


「ほんとあっという間だったなぁ……。ここに来たときはどうなってしまうか不安だったな……」


 今から半年前、突然お店ごとこの世界へ飛ばされてきた。何が起こったのか全く分からず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。


「ええと……。確か……。」


 今朝の行動を思い出す。いつものように出勤してみんなにごはんをあげてから猫トイレの掃除していると急に外が明るくなり、目が開けていられないほどになった。ようやく落ち着いてきたので、恐る恐る目を開けてお店の猫たちの様子をみる。何もなかったかのようにずっと寝ている子、じゃれ合っている子たちもいる。窓から外を見ている子もいる。ふだんと変わらずなにもないことに一安心。今度は外へ出て様子をみる。外の景色は一変していた。そこは住み慣れた東京ではなく見知らぬ場所。


「ここはいったいどこなんだろ……。まさか異世界とか言わないよね……。でもそんな漫画みたいな話あるわけないもんね……。でもだとしたらどうしてこんなところにいるんだろう……。夢でも見ているのかな……」


 考えれば考えるほど頭が混乱する。少し周りを見て歩く。お店は……ビルのテナントだったのが木造の建物になっている。隣には見覚えのない建物。人はそこそこ歩いているけど……。人……じゃなさそうな方が多い……。全体に木造の建物が中心で高い建物はない。現代の日本ではなさそう……近いのは昔ながらの木造の建物が多い下町みたいな感じ。コンクリートやレンガの建物はなく、漆喰? 土壁? みたいな建物はある……。とりあえず落ち着こうとお店の前にあったベンチに腰掛ける。


 するとスネのあたりにゴツンゴツンと当たる圧を感じた。下を見ると一匹の黒猫がいた。


「こんにちは。ひとりなの?」


 そういうとニャーンとひと鳴きして膝の上に乗ってくる。撫でてほしいのだろうか?


「ふふ。かわいいねぇ」


 頭を優しくなでる。するともっとやってとせがむように体をすり寄せてくる。その様子が愛らしくて思わず笑みがこぼれてしまう。


「ねぇ。キミはここの住人さんかな?ここは一体どこなのかな?」


「ナーン?」


「んーよくわからないよね。私もわからないのよ」


しばらくなでていると猫ちゃんは眠くなってきたのかウトウトしはじめた。


「眠いの? いいよ寝ても。私もどうすればいいかわからないからしばらくいるよ」


 そういうとお礼を言うかのように小さく鳴いて眠りについた。その様子を見てつられてうとうとしてしまう。


 ふと目覚めてお店へ戻ろうとすると声をかけられた。


 振り返るとそこには……二本足で立って日本語を話すトカゲ……? しかも鎧を着ている。


「おい。聞いているのか?」


「あ、はい。すみません。大丈夫です」


「いやいや大丈夫じゃないだろう。あんた二時間もそこにいたんだぜ? なにもないわけではないだろう?」


 二時間も寝ているところを見られていた……。いや、起こしてくれてもよかったのに。急に恥ずかしくなりその場を離れようとしたが


「ちょっとお嬢ちゃんまちな。あの猫は置いていくのか? あんたの猫じゃないのか?」


 ふと見るとさっきの黒猫がいた。


「彼女はさっき知り合ったばかりなのです。私の猫ではないので……」


 その場を離れようとしたのだが黒猫は付いてくる。


「知り合ったばかりでそんなに懐かれていて他に飼い主がいなさそうならあんたの猫だな。大切にしてやりなよ」


 半ば強引に黒猫を引き取ることになった。


「で、あんた、どこからきた?見ない顔なんだ。迷子とか、なにか悩みがあるなら相談にのるぜ?」


 どこまで話せばいいのか迷ったので、意識があまりなくて気づいたらここに居た。ということにして話した。


「ふむー?なんだかわからない話だな。まだ混乱でもしているのか?落ち着くまで少し散歩しながらもう少し話すか」


 あまり移動はしたくなかったけど、悪い人ではなさそうだし、色々と聞きたいこともあったので猫ちゃんも連れたまま彼に付いていくことにした。歩きながら少し話をした。彼はこの国の騎士団長をしているそうだ。名前はアベルさん。そしてここは多民族の国トークオ王国というらしい。全然聞き覚えがない。やはりここは異世界になるのかな? 大変な所に来てしまったようだ。


 アベルさんはドラゴンの姿に変身することができるらしい。トカゲではなかった。


 少しだけ見せてくれたのだけどその姿は大きく迫力がありとてもカッコよかった。


「すごいですね! それにとても大きいです!」


「まあな。普段は人間の姿でいることの方が多いんだけどな。で、結局あんたはどこから来たんだ?」


「ええと……日本……です」


「おおーあんたも日本から来たのか! そいつはちょうどよかったな」


「え!? 日本を知っているんですか!?」


「おうよ! この国で日本を知らないやつはいないぜ。ならあそこに行くしかないな」


 ここは異世界だと思ったけど日本がある??? え? どういうこと??? 理解できずアベルさんの後ろをただついて行くだけしかできなかった。


「さぁついたぜ。入ってくれ」


 案内されたのはとても大きな建物まるで……


「どうだい? 立派なお城だろ?」


 うん。やはりお城でした。言われるがままどんどん中に案内される。あたりを見渡すと猫のオブジェや壁画、至るところに猫の装飾が施されている。私も猫は好きだけどこういうのはやったことがない。すごい猫好きな方が住んでいるんだろうなぁ。お城だからやはり王様が猫好きなのかなぁと考えていると広間に着いた。しかし情報が多いという疲れてしまう体質でだんだん気分が悪くなってきた。


 さらに広間の奥にある部屋の扉まで移動する。


「騎士団長アベル。日本から来た方をお連れしました。入室します」


 と、ドアを開けて入る。部屋の周りには多種多様な兵士たち。アベルさんのようなドラゴン族、耳の長いエルフ、小さくむきむきなドワーフ、翼のある人。あっちはゴブリン。水槽に入っているあの人は魚人? そして人みたいな方もいる。とにかく色々な方がいる。そして奥の大きな椅子の前に立っている王様らしき人。が突然こっちに走ってした。


「ようこそ! 我が王国へ! ラクにしてね! どうやってこの国に来たのかな? いきなりこんなお城へ来てもらってごめんね! ゆっくりしてってね!」


 王様に一気に話しかけられキャパオーバー。目の前は急に真っ暗になってしまった。


 気づくとベッドに寝ていた。どうやら夢だった。


 ということにはなりそうにない。大きなベッド。天井にわけのわからないほど豪華なシャンデリアがある。


 ベッドサイドにはケモ耳姿のメイドさんが三人。さっきのチャラめのイケオジ国王様がその横でしょぼくれている。


「うちの国王が大変失礼しました」


 とケモ耳さんが頭を下げた。


「いえいえ! こちらこそごめんなさい。色々が色々ありすぎてテンパってしまいました」


 ケモ耳さんの横から


「ん〜ごめんよ~キミがどうしてここに来たかわかんないけど同じ日本から来たってきいてテンションが上がってしまったのよ〜ゴメンゴメン。」


申し訳無さそうに王様がはなす。咳払いをひとつして姿勢を正し。


「改めて。ようこそ我がトークオ王国へ。国王の内藤信悟(ないとうしんご)という。名前きいてもよいか?」


「あ、はい。私は元井紬(もといつむぎ)です。東京から来ました」


「紬ちゃん東京出身なのかーボクも同じなんだーよろしくねー。とりあえずここに来た経緯をきいてもいいかな?」


 いや語彙力の落差よ……やばくないですか……。


「えっと……お店で開店準備中に急に眩しい光に包まれて気付いたらここにいました。なんでこうなったのか自分でもわかりません。でもお店の猫たちになにもなかったことと、一緒にいることができたので良かったです」


「なるほどねぇ……。それは災難だったねぇ……それでこれからどうするの? 帰る方法とか探す? それともこの世界で生きていく?」


「帰りたい気持ちはもちろんあります。猫たちのことも心配ですし。でもこの世界について何も知らない状態で動くのは怖いとも思います。だからもう少しここで生活しながらこの世界のことを勉強したいと思います」


「そっか。わかったよ。じゃあ今日はもう遅いしお城の客室に泊まっていきなよ〜。明日から色々と教えてあげるよ〜」


「ありがとうございます。でもごめんなさい。こちらのお店に猫たちが待っているので戻ります」


「そっか。みんなもいるなら戻らないとね」


「はい。そうなんです」


「そうなんだねぇ興味深いなー。早速明日見に行かせてもらうね」


「わかりました。明日お待ちしております」


「はいよ〜。よろしくね〜」


 帰りもアベルさんが送ってくれた。お店に到着するとここの建物のことを教えてくれた。ここはしばらくの間空き家だったらしい。元は飲食店だったけど引っ越しをしてそのままだった。鍵は……なぜかポケットにあった。というかさっきは閉めずに出ていっていたみたいだ。お礼を伝えて急いで中に入る。お店の中も猫たちも何事もなかったようだ。

 さっきは慌てていたので中の様子をみていなかったので店内を見て回る。お店に入るとテーブルなどがあるホールスペース。席数は4人掛けが5席。その奥にカウンター席があってその奥にキッチンがある。大きな暖炉もある。ホールの右側に扉が2つあり入口側の中はトイレや手洗い場がある。奥側の扉は倉庫のようだ。ホールの左側はガラスで仕切られてあり扉が一枚。猫たちはみんなそこにいる。何事もなかったように普通にゴロゴロしている。

 猫たちは大丈夫なので次はみんなのごはんなどの心配が出てきた。まだアベルさんに話すとキャットフードみたいなものがあるとのこと。早速手配して持ってきていただいた。お水は……。カウンターのお水を飲む。問題なさそう。猫たちのいるスペースにも簡易キッチンや人用のトイレがあった。そちらのお水も大丈夫だった。

 キッチンにはお皿やカップなどそのままできれいな状態だった。冷蔵庫や冷凍庫のようなものもある。コンロもあった。流石に電子レンジはなかった。いざとなればここは使わさせてもらえるのかな……。キッチンの奥に扉がある。開けると庭があってその奥にも建物がある。あちらはまたあとにしてひとまずお店に戻る。

 みんながお腹を空かせているようなのでごはんをあげる。猫トイレも日本にいたときと同じような箱があったのでそちらの問題もなさそう。砂は手に入れないと……。色々と考えながらそのままみんなと寝てしまった。


 翌日、相変わらずのノリで国王がお店にやってきた。猫たちのいる部屋に入るとすぐに異常なほどお店の猫たちが集まりだした。国王は姿が見えないほど猫まみれのまま会話をはじめた。改めてここに来た経緯や今後のこと。自分のこと、この国のこと、この世界のことを丸一日かけて話した。


 この国は"トークオ王国"といい、様々な人種が住んでいるようだ。そしてこの国には守り神みたいな存在があり、ケット・シーと言う妖精らしい。そのケット・シーの加護によってこの国は守られている。その寵愛を受けたのがチャラめの国王の内藤さんである。彼は三十年ほど前に私と同じようにこの国へ突如飛ばされて紆余曲折ののち国王まで登りつめたらしい。詳しくははぐらかされておしえてもらえなかった。


 この世界はたくさんの種族が住んでいる。いくつかの国がありそれぞれ国交があるらしい。争いはほとんどない平和な世界だった。本当によかった。


 まだまだ知らないといけないことが山積みだったので生活の基盤を作りつつ情報集めをすることにした。


 国王の協力もあってあっという間に保護猫カフェをこの国でもオープンすることができた。裏にあった建物も使われていなかったので自宅として使わさせていただくことになった。その際にこの家にはシルフィという名の家事をする精霊さんが居ることを聞いた。家事をすることが生きがいなのですべて任せていいとのこと。ただ一緒に住むこととたまに銀貨を上げてほしいと言われた。会ってみると小柄でか細い女の子だった。口数は多くはないけど仕事は丁寧で気づかいがとても素晴らしい方だった。いきなり同居になるのには戸惑ったけど大丈夫そうだった。


 お店のオープン後はたくさんのお客様、シルフィさん、ジェフさん、ナナさん、ミキちゃんに出会った。はじめに出会った猫さんはオイチと言う名前でうちで飼うことにした。これも縁だから。




 本当に大きく人生が変わった半年だった……。日本に戻りたいかと言われれば戻りたい気持ちはある……家族や身内はいないけどお店のお客様に心配をかけていたりお店の子たちに会ってもらえないのが心苦しいとこだった……。いつか元気ですと伝えられるといいな……。


 ★登場人物


 アベル:ドラゴン族。トークオ王国所属騎士団長


 内藤信悟(ないとうしんご):トークオ国王。東京出身。


 ケモ耳さん:トークオ国の王室メイド。


 ケット・シー:猫の妖精。トークオ国の守り神。


 飼い猫:オイチ

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