第26話 遊園地デート

 

 幻想魔遊園地。

 それは《タカマガハラの庭》と同じように、エルフが作ったテーマパークらしくそこでは時間や時空を越えて様々な種族が楽しむ場所らしい。

 不思議な空を飛ぶ乗り物や、ミラーハウスやお化け屋敷などいろんなアトラクションがあるようだ。

 花柄ロングワンピース、ヒールの低めの革靴、肩掛けのポーチと少しオシャレにしてみた。特にワンピースは半袖で、色はブルーグレー、髪は降ろしている代わりにピアスは藍色のシンプルなものだ。


(これはミシェル様の瞳の色に近いけれど、単にコーディネートしたらしっくりしただけ! 他意はない)


 自分で何度もそう言い聞かせてドキドキする気持ちを落ち着かせる。記憶が戻ったとことでミシェル様への疑念や警戒は大分緩和したと思う。彼に対しての思いまでは完全に取り戻してはいないが、それでも以前のような敵認定はしていない。


(今日、会うのはあの事件の日に私を刺したのがミシェル様かそれとも別人かを突き止めるため! べ、別にデートとかで浮かれているとかじゃない!)


 昔、おばあちゃんが幻想魔遊園地のことを話してくれていたのを思い出す。

 パンフレットを開いて見せてくれて、私とミシェル様は「いつか一緒に行こうね!」と約束をしたのだ。おばあちゃんが亡くなったことでその記憶も私の中で封じられてしまったものが、時を経て私の中に帰ってきた。


「……こんな形で叶うなんて」

「マリー」

「!」


 遊園地の前で待っていると、息を切らして現れたのはミッドナイトブルーの髪の青年──ミシェル様が現れた。

 上質なシャツに、濃紺の上着には金と銀の糸で刺繍が施されており、同色のズボンに腰に提げている剣も高価そうな物でどう見ても上流貴族らしい恰好で現れた。

 今からパーティーにでも出席できそうな装いに、自分の装いは大丈夫なのか急に不安になる。


(え、ええ、ドレスコードとかないわよね!?)

「待たせてしまってすまない」

「あ、いえ……。その、急なお誘いで申し訳――」

「そんなことはない! 今朝聞いたときは驚いたけれどとても嬉しかった。それにとっても似合っている。可愛い。素敵だ!」

「なっ……今朝!?」

「ああ。ローランが唐突に屋敷に来て、支度を急いだのだが」

「ローランさんが? おじい――教皇聖下からは二日前に連絡を入れると行っていたと思うのですが」

「ああ、あの伯父のことだ、どうせ僕が慌てふためくのを見たいがために直前まで黙っていたのだろう」


 眉間に皺を寄せてウンザリした顔で溜息を漏らす。

 ああ、そうだ。彼は嫌なことがあると眉間に皺を寄せていた。

 懐かしい、と思いつつ少しだけ胸の奥がじんわりと温かくなる。自分の内にある感情に気を取られていたので、思わぬワードを聞き逃しつつあった。


「――ん、伯父? え。ローランさんの?」

「ああ。ローランは母の兄だからな」

「(初耳! あ、だからやたら贈り物を受け取らなかった時にミシェル様を擁護していたのね。……知らなかったとは言え申し訳ないことをしたかも)……そうだったのですね」

「伯父のおかげでマリーとコンタクトが取れたんだ、そこに関しては感謝している。今日だって急だったけれど、嬉しい」


 ふとミシェル様は手に古いパンフレットを手にしていることに気付いた。

 見覚えがある。昔おばあちゃんに見せて貰ったものにそっくりだ。何せそのパンフレットには私とミシェル様が行きたい場所にマークをしたのだから。


「その……パンフレットは?」

「ああ。もし幻想魔遊園地に行くことができたなら、印を付けた場所に行ってみたいと思っていたんだ。……ずっと昔に約束していたしな」

(覚えていた……?)


 ごっこ遊びに飽きた私とミシェル様におばあちゃんが渡してくれたパンフレット。好きに書き込んでいいと言われて、私とミシェル様は何処に行きたいとかプランを立てる遊びをした。

 過去の話をするミシェル様にどう答えていいか分からず「どなたかとの約束なのですか?」などと、意地悪な返答が脳裏に過る。


「(これでミシェル様の反応を見て……私がどんな子だったのか聞くのはありかもしれない? あの事件当日のことも聞きたいし、今日はできるだけ会話をするようにしなきゃ)……もしかして、私との約束だったのですか?」


 ミシェル様は私の言葉に固まっていたが、数秒後に口元を綻ばせた。


「ああ、そうだ。君の祖母が健在だった頃に一緒に見て行きたい場所に印を付けたんだ。……君は覚えては……いないだろうけれど」

「そうですね。……でもミシェル様の話を聞けば、何か思い出すかもしれません」

「もう一度」

「え?」

「ミシェル、と」

「あ」


 記憶を取り戻したせいで「伯爵様」の呼び名を「ミシェル様」に戻してしまっていた。ミシェル様は期待の眼差しで私の言葉を待っていて、熱い視線に耐えきれず白旗を揚げる。


「ミシェル様」

「できればもう一度」

「ミシェル様、もう早く中に入りましょう!」

「そうだな。……今日は楽しもう」


 差し出した手に戸惑いつつもミシェル様の手を取った。

 紳士で、優しくて、時々本音を隠しきれない。私の記憶にあるミシェル様そのものだ。

 そう実感すると同時に、それなら私を刺したミシェル様は一体何だったのだろうかと言う疑問が浮上する。


(一日一緒に居れば何か手がかりが分かるかもしれない)


 そんな暢気なことを考えてしまうのはしょうがないだろう。ずっと憧れていた遊園地なのだから。

 園内に入るためのチケットはおじいちゃんから貰っていたのですんなりと中に入れた。入場の印として手の甲にスタンプが押されており、それは可愛らしい四つ葉のクローバーだった。そう言えば昔、四つ葉のクローバーをミシェル様に渡したくて、森の奥深くに入っておばあちゃんに怒られたのを思い出す。


(あれは……どうしてだったかしら? どうしてミシェル様に四つ葉のクローバーを渡そうとしたの?)

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