第7話 お祝い
十六歳だとすぐに出てきたのは――なぜ?
記憶を失う前に何か――十六歳だからできたことがあった?
エグマリーヌ国では結婚は十六歳だけれど、グルナ聖国では《白い結婚》なら十二歳から許可されるし、そもそも私にグルナ聖国に個人的な繫がりのある人はいない。
だとしたら子爵としての遺産、だろうか。
両親が私に残してくれた――。
「もしかして……私が記憶を失ったのは、魔法と呪い、退魔師以外には、母の遺産関係でしょうか?」
どくん、と胸が軋むように痛い。
胸に手を当て心臓がバクバク煩くて、痛い。
忘れていることが苦しくて、辛い。
でももっと何か、忘れていることが――悲しくて、けれど思い出すのがとても怖い。
「マリー。急いで記憶を取り戻そうとしなくていいんだよ」
「お、じいちゃん……」
「先に言ってしまうと、ラヴァル家の遺産については大丈夫」
「え」
「それは特別なものだから下賎名奴らには渡らないし、その辺りの大人の事情は私がどうとでもする。本当はもっと早く介入するつもりだったけれど、私にも制約があって――彼に任せてしまったのが悪かったかな」
(彼?)
「まあ、その辺りのことは置いといて、誕生ケーキをすぐに用意するけれどマリーが好きなケーキは~? 食べたいものはあるかな~~?」
「そんな私のために誕生日なんて――」
そう言いかけて言葉が途切れた。また「私なんて」と口走りかけていた。好意に対して申し訳ない、そんな価値なんてないと自分を卑下しそうになる習慣が自分で思っていたよりも深刻なのだと理解する。
開いた口を閉じ、思考を巡らせて――本音を零す。
「……白くて、ベリーが沢山載っているホールのケーキが食べてみたい!」
「ローラン、聞いたね~~☆」
「はい。すぐに用意をしましょう」
「!?」
さっき部屋を出て行ったローランさんが素早く戻ってきた。転移魔法だったのかそれとも別の魔法かわからないが、ローランさんは手に分厚い書類の束を持っているのを見て驚愕する。
(ん? 忘れもの……?)
「ユウエナリス様、こちらが報告書でございます」
「あーはいはい、ご苦労様~~」
(え、ええ!? 報告書って……まさか)
「ふむふむ……なるほどね~~~~~~」
(しかも速読!?)
おじいちゃんが読んでいる間、自分の誕生日について思い返す。
思えばおばあちゃんと、両親に誕生日を祝ってくれた記憶がない。
『――でとう、マリー』
ふと誰かとの記憶が浮かび上がったが、刹那に薄れて消えていく。まるで今朝見た夢の内容を忘れてしまったような、そんな不思議な気分。
ちりりと少しだけ胸が痛んだが、すぐにそれも忘れてしまう。
(大切だった……記憶、か。私を大切だと思ってくれた人が家族以外にいた……? それこそ幻かもしれないわ。伯父夫婦の干渉に対して助けてくれた友人知人はいなかったのだから)
険しい顔をして書類を読んでいたおじいちゃんは、いつの間にか私の隣に座り込んで両手をギュッと掴んだ。
「おじいちゃん……?」
「マリー、生まれてきてくれて、生きていてくれて――本当にありがとう」
「!」
両手を包み込む大きな手。とても温かくて優しい眼差し。
お母さんを思い出すジェードグリーンの瞳の色。
「十六歳の誕生日おめでとう~~~」
「ありがとう、おじいちゃん」
「誕生日プレゼントは日を改めて送るとして、まずは早急に精霊との契約を済ませちゃおうか~~☆」
「はい。………………ん? んん!?」
屋敷の薔薇庭園で精霊を呼び出すこととなった。
厳かな礼拝堂や複雑な幾何学模様の魔法陣を書き出して儀式を行うのをイメージしていたが、実際は全く違ってなんというかシンプルだった。
万物の満ちている場所であること。
精霊を呼ぶための触媒として水晶の欠片を持っていること。
時間や方角などの細かなものはあるが、おじいちゃんの話では今回は不要とのこと。
この庭は何というか草木の一つ一つに至るまで淡い光を放ち発光している。生命力が溢れていると言うべきなのか、何もかも輝いて美しい。
「さあ、マリー。教えたとおりに」
「はい」
私はカットされていない原石の水晶を両手で掴み、言葉を紡ぐ。
「我、血と盟約により共に歩むことを望む。我の言葉に耳を傾け、言葉を交わし、約束を結ぶことを望む者よ、我が前に顕現し契りを結ばん――ウト・ワレース・アミークス」
私の手の中にあった結晶から突風が吹き荒れ、そのエネルギーの奔流に自分の体が浮かびそうになる。
幻想的な蛍火が宙を舞い、形をなす。
精霊との契約。
万物の化身であり、様々な特性と属性、性格を持ち、《退魔師》の素質のある者は精霊に好かれやすい。通常、十五歳の誕生日に大人として精霊との契約儀式を行うことが可能となるらしい。
精霊との契約は一人につき一精霊であることが殆どだ。
二属性を持っていればその属性の分、二精霊と契約を結ぶことは可能だが稀と言える――らしいのだが顕現した精霊の数がおかしい。どう考えても多い、多すぎる。
白銀の狐、炎を纏った小鳥、コウモリの翼を持つ蛇、額に角のある子犬、二叉の猫、羽根のある魚――六精霊がふわふわと浮遊している。
(んん!? え、ろ、六!?)
「さすが、私の孫! まさかとは思ったけれど、六属性全て呼び出しちゃうなんて天才でしょう~~~」
「えっと、おじいちゃん、契約ってど、どうすればいいの? しかも複数の場合は……」
「ん~~、そうだね。全員と契約しちゃえば?」
(軽っ!??)
「まあ、最初から大人数が難しいなら思い入れのある子たちからでもいいと思うよ~~」
ふわふわと浮いていた精霊たちは私の肩や頭など様々な場所に引っ付いて離れない。それぞれ特徴的な色を持ち、自分が選ばれるのは当然という感じだ。
(確かにこの中から一人だけ選べない……。みんな可愛いし)
既視感を覚えた瞬間、忘れていた記憶の断片が脳裏を過る。
あれは確か――。
『ここは代々ラヴァル家に仕えている私の役目です』
『是。一緒にいて守る』
ふと昔も似たようなことがあったような気がした。
靄がかかる記憶。
何処かの庭園で同じくらいの子供たちと一緒に遊んだ。
その子たちの名前は――。
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