第7話:どこまで?
「おいしかったわ、こんな美味しい物を食べたの初めて!」
「わたしも、私もこんな美味しい肉を食べたの初めて!」
「ぼくも、僕も初めて食べた」
「もうたべられない、お腹一杯!」
普段は塩も振らずに兎肉を食べている人が、カレー風味や胡椒風味がよく利いた焼肉を食べたら、特別美味しく感じるのだろうな。
「仕事だ、喰わせてもらったら働け!」
ポルトスは甘いだけではないのだな。
仕事には厳しい性格のようだ。
「「「「「はい!」」」」」
女子供もそんなポルトスの性格をよく知っているようだ。
食べ過ぎて苦しがっていたのに、一瞬でピリッとした。
「見張っといてやる。
済ませとけ」
「「「「「はい!」」」」」
何を言っているのかと思ったら、大小便の事かよ!
大事だけど、とても大事だけど、食後の余韻が台無しだ!
「ポルトス、何故階段ではなく六階に下りてやるんだ?」
「そんな事も知らないのか?!」
「悪いな、もの知らずで、いいから教えろ」
「ダンジョンは死んだモノだけでなく、何でも吸収する。
吸収したモノで、獲物を作る。
階段でやっても獲物の材料にならん」
「……獲物の量を少しでも増やすために、階層で大小便をするのか?」
「そうだ」
この世界の摂理はとんでもないな!
地球の摂理とは全く違っている。
以前の常識で動いていたら、何気ない事で死んでしまうかもしれない!
「七階に行くぞ」
ポルトスは言葉をはぶき過ぎる。
地下五階と地下六階の獲物は同じで、既に必要な数を狩ったから、地下六階は突っ切って地下七階に行くと言いたいのだろう。
「分かったよ、だが俺が用を足すまで待ってくれ」
「チッ、さっさと済ませろ」
女子供は、安全のためにポルトスの見えるところで用を足している。
斃した獲物と同じだとしたら、二分程度でダンジョンに吸収されるとはいえ、見られたモノではない。
「誰にも見られない所で済ませて来るから、ここで待っていてくれ」
「危険だぞ」
「サクラが見張っていてくれる、大丈夫だ」
「そうか」
ポルトスや女子供に見られて用を足すのは絶対に嫌なのに、サクラに見られるのは全く恥ずかしくないのだから、人間の常識や羞恥心というのは生まれ育ちだな。
この世界で生きていくのなら、ここの常識を身に付けないといけない。
「待たせたな」
痛切にウォシュレットが懐かしい!
「行くぞ」
ポルトスは口にした通り地下六階を突き切った。
休む間もなく階段を駆け下りて、地下七階に入った。
ポルトスは、もう俺にやれとも言わない。
俺も何も確かめずに出てきた獲物を狩る。
地下七階に出るのは、大きな灰色の角を持ったネズミだった。
身体も大きく、超大型犬、グレートピレニーズくらいの大きさだ。
いや、秋田犬を一回り大きくしたと言った方が分かり易いか?
そんな大きなネズミが、十匹前後の群れで突進してくるのだ。
少しでも反応が遅れたら、角で腹を突き破られるだろう。
まあ、サクラと俺がそんな間抜けな失敗をする訳がない。
サクラは九つの尻尾を振るわせて魔術を連発する。
俺は一匹だけ残ったネズミの首を刎ね飛ばす。
ここでも十分の一位の確率でドロップがある。
……このダンジョンは肉しかドロップしないのか?
ドロップする肉塊は徐々に大きくなっていて、今は2キロくらいだろうか?
中身は同じ肉なのだろうか?
それとも、胸肉や腕肉、腿肉やハラミのような部位差があるのだろうか?
色々謎過ぎる!
「こいつの名前は何て言うんだ?」
単なる獲物に過ぎないが、名前くらいは覚えておきたい。
「灰角鼠だ」
「この辺の常識で言うと、結構強いのか?」
「弱い、が、鉄中級程度だと殺される奴も多い」
そうか、駆け出しが慣れて来て、実力もわきえずに挑んで返り討ちにあうのか。
ポルトスは強すぎて感覚が麻痺しているのだろう。
普通の人間なら、地下四階までの獲物を安全に狩って死なないようにするぞ。
そうだよ、命がかかっているんだ、俺なら絶対に無理はしない。
前世の基準で考えると、灰角鼠はどれくらいの強さなのだろう?
日本の戦国武将だって、一人の時に秋田犬の群れに襲われたら、簡単に喰い殺されるのではないか?
いや、日本の戦国武将ではなく、西洋の騎士がアーマープレートで身を守っていたとしても、あの角で突かれたら貫通されるのではないか?
ゲームじゃなく、本当に命がかかっているのだから、よほど名誉や地位が欲しい奴以外は、無理に階級を上げようとは思わないよな、ここでは違うのか?
「突っ切るぞ」
サクラと俺が難なく灰角鼠を狩れるのを確認したポルトスは、直ぐに地下八階に行くと言い放った。
「すごい、すごい、凄い!」
「こんな強い人初めて見た!」
「ポルトス様だと獲物を叩き潰してしまうからなぁあ」
「すごい、凄すぎる」
「この歳まで数多くの冒険者を見てきたけれど、一匹の討ち漏らしもなく進む人は初めて見たわ!」
「従魔が強いからだろうけど、その従魔を調伏したのだから、従魔よりも強いのは明らかだぞ!」
荷役の子供と老人達が感嘆の声をあげてくれる。
正直少し照れる。
「次は赤牙鼠だ!」
ポルトスは俺が聞く前に次ぎに出てくる獲物の名前を教えてくれた。
地下八階の獲物は、地下七階の獲物より一回り大きくなっていた。
犬で例えると、丸々と太ったセントバーナードくらいの大きさだ。
いや、豚と例えた方が分かり易いか?
それくらいの大きさのネズミなのだが、サーベルタイガーのような大きくて赤い牙を、俺の突き立てようと襲い掛かってきやがる!
ポルトスが大金棒を何時でも振り回せるようにしている。
荷役の子供と老人は、地下七階につながる階段から動かない。
もしかして、赤牙鼠から一気に強くなっているのか?
「みゃ、みゃ、みゃ」
サクラが大丈夫だと言ってくれている。
一瞬で、一匹だけ残して皆殺しにしてくれる。
俺は残った一匹の首を機械的に刎ね飛ばすだけだ。
ここでも十匹前後の群れになって襲い掛かってくる。
ドロップの確立も十分の一で同じだ。
違うのは肉の塊が少し大きくなったくらいだ。
「突っ切る」
ここも進級には係わりのない獲物のようだ。
最短距離のルートを使って地下九階に向かった。
途中結構な数の群れが沸いて出たが、サクラと俺で狩りまくった。
「赤角鼠」
ポルトスは俺と話すのが嫌なのか?
そう誤解してしまうくらい言葉が少ない。
だが、これまでの言動を考えると、単に話すのが苦手なのだろう。
地下九階に下りたサクラと俺の前に現れたのは、大きな赤い角を生やした鼠だ。
赤牙鼠の倍は大きいと思う。
ツキノワグマよりは大きくて、アムールトラよりは小さいくらいか?
だとしたら、体重は200kg前後か?
十匹前後のアムールトラに襲われるのを想像したが、前世の俺なら死以外の結末などなかっただろう。
「みゃあああ」
ところが今は、俺も強くなったが、サクラが桁外れに強くなっている。
この階も九つの魔術を同時発動させて瞬殺だ。
俺は残った一匹の首を刎ね飛ばすだけ。
俺も桁外れに強くなっている気がする。
地獄で剣を教えてくれた人たちだって、現世で生きている時に、十匹のアムールトラに襲われたら喰い殺されていたのではないだろうか?
「突っ切る」
今度も最初の群れを皆殺しにしただけで地下十階に行くという。
マスターに説明してもらった、冒険者の階級と進級条件を思い出すと、赤角鼠という獲物の条件はなかった。
灰角鼠級を一匹狩れたら鉄上級に進級できたはずだ。
その灰角鼠を十匹以上狩れたら、銅初級に進級できる。
だが、本当の銅級と認められたいのなら、魔獣を狩れないといけないと言われた。
銅中級に進級するには、灰魔兎級を一頭は狩らなければいけなかったはず。
魔のつく獲物とつかない獲物では、天と地ほどの差があると言っていた。
何故なら、魔がつく獲物は魔法を使ってくるからだそうだ。
「同じだ」
ポルトスの言う通り、地下十階の獲物は地下九階と同じ赤角鼠だった。
最短ルートを使っているとはいえ、もう二百匹は狩っている。
ドロップも軽く二十はある。
一体どこまでやらせる気だ?
俺は偽者の銅初級でもいいのだぞ。
不幸な女子供を相手に功徳を積むだけなら、地下十階までで十分だろう?
「次の階段で飯にする」
「「「「「やったー!」」」」
あれ、思っていた以上に時間が経っていたのか?
何だかんだ言って、狩りに夢中になっていたのか?
ゲーム感覚でやっていたとしたら、反省しなければいけない。
「みゃあああ」
え、ネズミ肉は食べたくないだって?
いいよ、サクラはさっきのウサギ肉を食べたらいいよ。
あれ、もしかして、俺もネズミ肉を食べなければいけないの?!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます