第6話:シーズニング
さて、塩も振らずに兎肉を食べようとしていた人達だ。
どんな調味料を使ってあげたら、美味しく食べてくれるだろう?
いや、塩も十分に使えないくらい貧しい人々だ。
味塩胡椒を使うだけで喜んでくれるに違いない。
問題は俺だ。
現世では余計な味付けが嫌いで、肉を食べる時は塩胡椒が基本で、使ってもニンニクか柚子胡椒までだった。
だが、生まれて初めて食べる兎肉を塩胡椒だけで美味しく食べる自信はない。
同じ釜の飯を食う感覚がある世界では、とんでもなく不味かったからといっても、一度口に入れた物を吐き出す訳にはいかない!
俺は急いで奉天市場とネットスーパーを調べた。
時間がないからステーキスパイスで検索したが、よく知らない離島の商店や聞いた事もないメーカーの商品が並ぶだけだった。
こんなに追い込まれた時に、よく知らないメーカーの商品を試す度胸はない。
仕方がないので焼肉と香辛料で検索し直した。
信頼と実績のある、超有名メーカーの「バーベキュースパイス カレー味」があったので、速攻購入した。
「これを振って味見してくれ」
俺は買った品物がアイテムボックスにあるのを確かめて直ぐに出した。
「うっわ、とんでもない絵よ、こんな絵見た事ない!」
「なにこれ、すごい、こんな均等に穴が開いている!」
「わっ、辛い!」
「うそ、これコショウが入っているの?!」
しまった、プリントなんてこの世界にないのだよな。
プラスチックの容器だってない。
何の味付けもされていない兎肉を喰わされると思って、慌ててしまっていた。
……やってしまった事は仕方がない。
これからの事を、特にいかに美味しく兎肉を食べるのかを考えよう。
一息ついた俺は、普段自分が使っている「味塩胡椒」を買った。
「これも味見してくれ」
送料など気にしている余裕はなかった。
異世界だからとんでもない金額を請求されるかと心配していたのだが、有難い事に現世で使っていたのと同じ程度だった。
1億5744万円もあるんだ。
1000円前後の送料くらいで気に病んでいたら、この世界で生きていけない。
今は兎肉に適した香辛料を探す事に専念しよう。
「バーベキュースパイス カレー味」と「味塩胡椒」があれば、大丈夫だと思うのだが、どうせなら少しでも俺好みの味にしたい。
送料も、一度に買った方が安く済む。
この世界で長生きする気だから、業務用を買った方が良い。
俺の大好きな粗挽き黒胡椒は外せない。
乾燥ニンニクで検索してでてきた、1kg入りのスライスもかごに入れる。
量がよく分からないが、20オンスの瓶入り乾燥みじん切りもかご入れる。
「うわっ、美味しい、びっくりするくらい美味しいわ」
「ほんとうなの、私にも味見させてよ」
「ぼくも、僕も味見させて」
「これなら薄く切って味付けした方がよくない?」
「でも、こんな貴重なモノ使い過ぎちゃ……」
こんな機会はめったにないから、思いっきり調味料を使いたいのだろう。
保護者のようなポルトスがいてくれるから、少々のおねだりは許してもらえるという甘えもあるのだろう。
「好きなだけ使っていいから、美味しく作ってくれ」
俺は彼らには見えないらしいステータス表示を操作しながら叫んだ。
こんなに評判がいいのなら、俺も美味しく食べられるかもしれない。
彼らには貴重品かもしれないが、俺には日常品だ、好きに使ってくれ。
少し余裕ができたので、時間をかけて検索してみる。
表示された画面を操作していると、信頼と実績の超優良企業の商品一覧に辿り着けたので、ゆっくりと確認してみた。
「肉の匠がブレンドしたマイスターズスパイス」をかごに入れる。
業務用がないので不経済だが、信頼と実績は大切だ。
不味いモノを喰うくらいなら、多少の出費はガマン我慢。
燻製された岩塩と燻製された黒胡椒の二つをかごに入れる。
手間暇かける事なく燻製風味を楽しめるなら買うしかない。
五種類の唐辛子をブレンドした調味料か……
唐辛子系の香辛料は苦手なのだが、好きな人がいるかもしれない。
念のためにかご入りだ。
自分が一番美味しいと思えるブレンドを探すのも良いが、企業の命運を賭けて研究者が創り出した味の方が、万人受けすると思う。
その方が異世界の女子供にも喜んでもらえるだろう。
時間をかけて調べたら、料理ごとにブレンドしたシーズニングミックスがあった。
肉だけでなく、魚や鶏、野菜や麺用まである。
ステーキ用、ローストビーフ用、鶏の香草風味、鶏のローズマリー風味、鶏のトマト煮用、鶏のレモンペッパー風味、タンドリーチキン用、ラムの香草風味、ジャークチキン風味、スモークビーフ用、ポークスペアリブ用などを大量かご入り。
「おいしい、こんな美味しいモノ初めて食べた!」
「食べ過ぎよ、味見の量じゃないわよ!」
「ねぇ、僕にも食べさせてよ」
「ぼくも、僕も食べたい!」
ずっと騒いでいたのだろうが、集中していて耳に入っていなかった。
女子供が調味料をたっぷりかけた肉を奪い合っている。
それをポルトスがうれしそうに見ている。
「味見が終わったのなら、雇い主に食べてもらえ」
「「「「「ごめんなさい!」」」」」
ポルトスにそう言われて、騒いでいた女子供が一瞬で静かになった。
怖がられているのか慕われているのか?
表情を見れば慕われているのが分かる。
「食べてください」
皆に押し出されるようにして、さっき説明してくれた女が、薄切りにして味塩胡椒で味付けされた兎肉を差し出してきた。
喰わない訳にはいかないよなぁ。
どうせなら兎の風味が分かり難いカレー味の方を食べたかった。
ポルトスが見ているし、思い切って食うしかない。
うん、そこそこ食える。
脂の美味さはない淡白な味わいだが、コクはある。
これなら鶏のむね肉やササミと同じ料理や味付けにすればいい。
鶏胸肉で一番好きな料理はハムなのだが、あれは下拵えと燻製に時間がかかる。
簡単に美味しく食べようと思ったら、信頼と実績の超優良企業が創り出した調味料の力を借りるのが一番だ!
「これを塗して焼いてみてくれ。
もう味見はしなくていい
好きなだけ食べていいぞ」
「「「「「やったぁあ!」」」」」
子供だけでなく、結構年を重ねている女まで飛び上がって喜んでいる。
何組かに分かれて、味塩胡椒とバーベキュースパイス カレー味で兎肉を焼いているが、さっきの女は俺のためにタンドリーチキン味で焼いてくれている。
「たくさんあるから、気に入ったらいくら食べてくれてもいいからな」
「「「「「はい!」」」」」
俺用のタンドリーチキン味を焼いてくれている女だけでなく、他の組の者達もいい声で大きな返事をしてくれる。
こんなに喜んでもらえるなら、少々の出費など気にならない。
こんなに簡単に狩りができるのなら、毎回多くの荷役を雇っても良いな。
うろ覚えだが、閻魔大王は、こちらで手に入れた素材が売れると言っていた。
その代価を使って買い物ができると言っていた気もする。
手元の資金を使わない範囲で人助けをすれば、仏になる徳も積めるだろう。
「みゃあああ」
「サクラにも渡してやってくれ。
最初は生のままでいい。
生を食べなかったら、素焼きにしてやってくれ。
素焼きも食べなかったら、俺達と同じ味付けにしてやってくれ」
「「「「「はい!」」」」」
今度もいい返事をしてくれる。
「ポルトスも食べてくれ」
「ああ、もらおう」
ポルトスは、女子供が美味しそうに食べるのを黙って見ていた。
ギルド最高の冒険者だが、驕り高ぶっている感じは全くない。
眺めていたのも、後で自分だけ良い物を食べる為ではないのだろう。
まあ、そんな事をしたら、さっきの偉そうな言葉は何だったんだ、と問い詰めなければいけない。
「美味、なんだこれは?!
こんな美味い塩や胡椒は初めて食ったぞ?!」
「よかった、塩や胡椒が全く無い訳じゃないのだな」
「あたりまえだ、金さえ積めば塩も胡椒も買える。
だが、この都市は塩が取れる海から遠いから、結構高いんだ。
胡椒に至っては、他の国でしか採れないから、恐ろしく高いのだ」
「そうなんだ、俺の故郷では塩の取れる大きな池があったし、近くの森に胡椒の木もあったから、両方ともそれなりの金額で買えたんだ」
「そんな国、聞いた事がないぞ!」
「遠い、本当に遠い国なんだよ」
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