5月

初回の専門委員会から一ヶ月たち、ありすはだんだんと仕事にも慣れてきていた。今日も元気に青ブロックの人達と図書室開放をしている。


「全っ然人来ないぃぃぃ~~~~~~~~。」


カウンターに突っ伏するありすの頭上から、市川先輩の声が落ちてくる。


「まぁ、図書室は図書委員会の溜まり場だからねぇ…。」


「いや、それをいうなら、居場所の無い陽キャになりきれない陰キャの溜まり場、ね。」


そう笑うのはもう一人の3年生の先輩。


「まぁ、そっちのほうが楽ですけど、ね。」


「うんうん。」


そして、2年生の先輩達。


ありすが所属する青ブロックのメンバーは、6人。

1年2組 ありすと沢木君。

初登場、2年1組 図書委員会書記の中村沙羅なかむらさら先輩と、大島佳おおしまけい先輩。

そして、3年1組 ありすの憧れ市川先輩と、木藤達也きどうたつや先輩。


結構仲良くやっている。そして、昼休みにワイワイと暇を持て余している。


「ありすちゃんと沢木君、部活は入ったの?」


市川先輩が首を傾げると同時に、黒髪ロングがサラサラとこぼれ落ちる。

もう、高校の仮入部は終わり、本入部が始まっていた。


「僕は中村先輩と同じ、陸上です。」

中村先輩が頷く。

「あ、私は吹奏楽部です!中学校でもトランペットやっていたので…。」

「吹奏楽部か。それじゃあ、体育祭も大変だね。すぐに演奏しなきゃいけないもんね。」


そうなのだ。入学して一ヶ月、一息つく間もなく体育祭がやってくる。吹奏楽部はもちろん、そこで行進曲などの演奏をしなければいけない。本当は1年生は出なくてもいいはずなのだが、水森高校の吹奏楽部はとてつもなく人数が少ないのだ。なんと、36人。そのため、ありすは楽器経験者なので1年生でも駆り出される。すでにその準備は始まっていた。


* * * *


そう話した一週間後、体育祭の2週間前に競技などの練習期間が始まった。水森高校は進学校だが、行事にもしっかりと取り組む。

そして、それがありすには地獄だ。もちろん、運動が壊滅的にできないからである。


「うぅ…。徒競走と綱引き、強制にする意味ある…?もう、走れない…。」


「ほらほら、弱音吐かないっ。」


さすがすずちゃん。バドミントン部だっただけあって体力がすごい。


* * * * 


「今日は図書委員会と美術部に特別な呼び出しがかかっているから、きちんと出ろよー。」

小林先生が帰りのHRで全員に向かって声を張り上げる。


(なんだろ…?)


「ごめん、私今日部活遅れる!」

ありすは近くにいた男子に声をかけた。


理由はわからないが、吹奏楽部に遅れて出ることにかわりはないため、同じパートの同級生に声をかける必要がある。


「…了解。」


藤田響ふじたひびき、それが彼の名前。自分を含めて4人いるトランペットパートの唯一の同級生。


「一緒に行きます?」

沢木君が声をかけてきてくれた。


* * * *


体育祭はもちろんブロックごとで競う。どうやら図書委員会はブロックごとにわかれて得点板の貼り替えをする役目があるらしい。その使い方を美術部から教えてもらった。

実は不器用なありす。永遠にもたもたもたもた。


「……ありすちゃん、さすがに遅いよー。本番大丈夫?」


「市川先輩…。仕方ないです。私は頭脳派なんですっ。」


「いや、自分で言う?」


* * * *


そうこうしているうちに体育祭当日になった。


「すず、私、ほとんどいないから、水筒とか、荷物の移動任せてもいい?」


「全然いいよ!頑張ってね!最悪、徒競走かわりに走ったげる。」


「え、神?」


「アホかっ。冗談に決まってるわい。」


「ですよね…。」


そうこうしているうちに楽器を準備する時間が来てしまい、別れる。

その後、吹奏楽部の顧問に理不尽な理由で怒られ、涙ぐむ。


「黒羽さん、大丈夫…?僕のせいでごめんね。」


「あ、大丈夫~。ぜんっぜん大丈夫だから~。」


そう。もとはといえば全て響のせい。自分の分の譜面台を取りにいくのを忘れて、こいつはちゃっかり私のを横からとったのだ。


(私、こいつとやっていける気がしない。)


水森高校の吹奏楽部顧問は三沢直子みさわなおこといい、理不尽鬼ということで有名。新入生があまり入ってこないことはここに大きな原因があると考えられている。


(ちぇ、あの更年期ババア…。)


おいおい、ありす。さすがに顔に出るぞ。


無事に演奏は終わり、片付けでも何度も怒られ、やっとのことで得点板のほうに向かう。

1年生の時にこれだけ忙しいのだから2・3年生はやばいような…。


「あ、来ましたよ。ありすちゃんー。」


中村先輩が手を振っている。振り返す。


「間に合い、ましっ、た?」


なんてったって運動音痴。10m走るだけで息が切れる。


「大丈夫大丈夫。吹奏楽部は大変だもんね。」


「うぅー、木藤先輩、、、やさしー…。」


見回すと私を除いて青ブロックのメンバーは揃っている。


今、競技はクラス対抗リレーをやっている。その後ブロック対抗リレー、徒競走、と続く。終わるまでは暇。競技が一つ終わるごとに加点される得点をとりに行かなければいけないので、そのじゃんけんをしながら待つ。


「さーいしょわぐー!じゃーんけーんぽいー。」


「え、僕ですか!?」


「へろへろすんな、大島!サッカー部だろ?」


「いや、幽霊部員ですし…。」


「じゃんけんぽいっ。」


「え…。」


「うわ、ありすちゃんだ。誰かかわりに行ってあげな。取って帰ってくるまでに10分かかるよ。」


「え、ひどーい。行きますっ。」


「いや、身の程わきまえて。徒競走始まる前に死ぬよ?」


「木藤先輩まで…。ぐすん。」


いたってフツーの会話。でも、自然と笑みがこぼれてしまうほど幸せな時間だな、とありすは思う。

そのうち、各競技が終わる。取りに行く。変えるたびにもたもたもた。


「黒羽さん…。やりますよ?」


沢木君が聞いてくる。


「うぅぅぅ。いいもんっ。自分でやる!」


* * * *


「さ、次は1年徒競走だよ。頑張って!」


「市川先輩ー。帰ってきたら慰めてくださいー。」


「うんうん。堂々とビリをとってきな!」


もちろんビリをとった。


こうして、体育祭が終わった。


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