第2話

 だからまぁ、俺達が並んで歩けば、マジで正しく『美女と野獣』だ。今日の俺はゆるふわセミロングのウィッグまで着けてばっちり女装キメてるけど、制服姿で並んでたってそう言われる。


 そんな美女と野獣の組み合わせでどこに向かっているかというと、恐らくは、野獣単体での突撃は色々厳しいであろう、ユメカワ空間である。


「お、おおおお……!」


 打ち震えている。

 そのユメカワ空間に足を一歩踏み入れた二之にのちゃんが、感動で震えている。嘘でしょ、ちょっと涙ぐんでさえいる。マジか、そんなに来たかったのか、ここ。可愛いな。


 はしっコずまいコラボカフェである。


 前後左右、どこを見回してもパステルカラーの空間だ。これはマジで俺女装してて良かったな。いや、男性客が0ってことはないんだけど、さすがに二之ちゃん系のゴッツい野郎はいないし、明らかに無理やり連れてこられた系のうんざり顔の彼氏くらいしか……いや、いる! 案外男性客もいるぞ! 端っこに固まってるけど! あっ、キャラをリスペクトしてるってことか?! そういうことか?!


仁愛にちか、ありがとう。俺一人では絶対に無理だった」

「だろうね。こりゃあ俺一人でもちょっと恥ずかしかったかも」

「仁愛は行けるだろ、女装してなくても」

「いや、女装云々じゃなくてさ。いちお、俺、中身男だしね?」

「一応も何も、仁愛は男だろ」

「いや、なんていうかさ、可愛いのは嫌いじゃないんだけど、こう、俺の中の『おとこ』の部分がむずむずするっていうか。あっ、『おとこ』ってのはアレだよ? 漢字の『漢』の字あてるやつだから」


 胸を搔きむしるジェスチャー付きでそういうと、「女子の恰好でそういうことするもんじゃない」と窘められる。


「でもまぁ、わかる。俺も、可愛いものは好きなんだけど、葛藤はある。俺がここにいて良いのかなとか、そもそも可愛いものを愛でて良いのかなとか」

「それは良いでしょ。愛でようよ。今日は存分にさ」


 というわけで、案内された席に着いて、カップルらしく、キャッキャとフードとドリンクを注文する。本当は二之ちゃんの方が乗り気なんだけど、「彼女が無理やり色々頼んじゃった」という演技も忘れない。


「私、コースター絶対コンプしたいから、これとこれとこれ、二つずつお願いしまーす! 食べきれなかったら二之ちゃんお願いねっ♡」


 どさくさに紛れて指を絡ませ、にっこり微笑むと、二之ちゃんには刺激が強すぎたか、ごふっ、と咳込んで顔を逸らした。うわ、耳まで赤い。店員さんは、そんな二之ちゃんを見て、あらあら、と目を細めている。ウブで可愛いでしょ、俺の彼氏。いや、彼氏じゃないんだけどさ。


 さて、注文を取り終えた店員さんは去ったわけだが、この絡ませた指はどうしたものか。俺としては全然このままでも良いっていうか。いやー、こうやってまじまじと見てみると、二之ちゃんの手、マジでデカいな。指も太いし、ゴツゴツしてる。うん、これぞ『THE男の手』って感じ。俺なんて、指まで母親似なんだよなぁ。


 そんなことを思いながら、いわゆる『恋人繋ぎ』状態のまま、もう片方の手で、俺のよりも大きくてしっかりした二之ちゃんの爪をなぞる。二之ちゃんの爪はきれいに切りそろえられていて、若干深爪気味だ。それと対照的に少し長めの俺の爪には、はしっコの世界観に合わせたマニキュアが塗られている。あえて艶消し仕上げにして、砂糖菓子っぽく見えるようにした。二之ちゃんの最推しのシマウマをイメージして、アイボリーとパステルブルーのしましま模様である。


「すごいな、仁愛の爪」

「でっしょー?」

「こういうのも全部自分でやるのか?」

「もちろん。二之ちゃんにもやってあげよっか?」

「俺は良いよ。こんな爪だし――って、ご、ごめん!」

 

 そこでやっと指を絡ませたままだったことに気が付いたらしい。慌てて手を離し、真っ赤な顔で、尚も、ごめんごめんと繰り返す。


「もう、そんな謝らないでよ」

「いや、俺の手なんて、そんな良いもんじゃないし!」

「そう? 何かいかにも『男の手』って感じでカッコいいと思うけどな」

「カッコよくなんかないって。ゴツゴツだし、ザラザラだろ。仁愛の手みたいに、きちんと手入れしてるわけでもないしさ」


 赤い顔でそんなことを言う二之ちゃんは、ちょっと寂しそうだ。もしかしたら、二之ちゃんは本当はこのゴツくていかつい自分が好きじゃないのかもしれない、なんて思う。


 めっちゃ努力して練習して、そこに才能とか適性も味方して、それで全国三位までなったけど。それはすごいことなんだけど。その姿を好きになれるかどうかはまた別の話だ。


「俺は好きだよ、二之ちゃんの手」


 俺の手をすっぽり包んでしまう、大きな手。それを両手でギュッと握る。


 二之ちゃんとつるむようになって、例のあの先輩方は卒業するまで全く絡んでこなくなった。同学年からの度の過ぎたボディタッチもなくなった。空手の時以外はのほほんとして押しに弱く、優しくて繊細な二之ちゃんが、実は結構頑張って睨みを利かせてくれていたらしいと知ったのは、随分後のことだった。


「俺のことずっと守ってくれてたでしょ」

「えっ、いや、別に俺は何も」

「してたろ。知ってるんだから。何で隠すんだよ」

「だって、男が男に守られるとか、嫌かなって」

「俺はいま進行形で二之ちゃんを守ってるつもりだけど?」

「進行形で? 何から?」

「このユメカワ空間から。だっていま俺がいなくなったらどうするよ」

「うっ……それは」

「でしょー」


 俺に手を取られたまま、真っ赤な顔でうなだれる。これはここに一人取り残されたことを想像してなのか、俺が触れているからか。


 ずっとこのままでいたいと思ったけれども、何せここはカフェ。注文すれば、そりゃあ誰かがそれを運んでくる。猫型のロボットだったら良かったのに。


「お待たせしました」

 

 その言葉で、名残惜しくも手を離す。


 すぐに手を付けたりはせず、しばらくはフードとドリンクの撮影会だ。ちゃっかりツーショも撮る。ほら、思い出思い出。


「そんじゃ、崩すのもったいないけど食べますか」


 席に着き、セミロングのウィッグを耳にかけて、ナイフとフォークを持つ。俺のはパンケーキだ。何味なのか予想もつかない色のソースがかかっている。それを一口大に切っていると――、


「うん?」


 目の前に、空色のアイスを掬ったスプーンが差し出された。


「仁愛、アイス好きだろ」


 夏、二之ちゃんの部活が休みの放課後、コンビニで買い食いするのだ。二之ちゃんは夏でも唐揚げとかなんだけど、俺はやっぱりアイスだね。だって暑いし。そんなやり取りを思い出す。


「うん、好き」


 好きなのはアイスだけじゃないけど。差し出されたスプーンをぱくりと咥えて、言えない言葉と一緒にアイスを飲み込む。


「うまぁ。クリームソーダみたいな味する」

「そうなのか」

「そうなのか、ってまだ食べてなかったの?」

「……いや、俺が使ったスプーンとか嫌かなって思って」


 スプーンを皿に戻して、もじ、と俯く。さすがは繊細な乙女。そこ気にするか。いや俺も、ストローとかペットボトルならまだしもスプーンはハードル高い。がっつり口の中に入るし。ぎりぎり箸とかフォークだろ。


「そんなの拭きゃあ良いじゃん。俺、そこまで気にしないし。……ていうかぁ〜」


 声をワントーン明るくし、さっき一口大に切ったパンケーキをフォークに刺して二之ちゃんに向ける。


「はい」

「うん? 何だ?」

「はい、あーん」

「え、いや」

「二之ちゃんもさっきやったでしょ。あのね、いまは二之ちゃん、俺の彼氏なんだから、こうやって、甘々ぁな感じでやってくれないとぉ」

「そんなこと言われても」

「良いじゃん。いまだけ」

「……おう」


 いまだけ。

 この恰好で、この場にいるいまだけだから。いくら俺の見た目が女っぽくても男は男だ。


 覚悟を決めたか、二之ちゃんが恐る恐る身を乗り出して、ぱくり、とパンケーキを食べる。フォークに触れないようギリギリに噛み付いたのが彼らしくて笑える。で、そのフォークで俺も一口。フォークだし、触れてないし、これは間接キスじゃない。そう思ってたけど。


 ふと見上げた二之ちゃんの顔が、もうこのままぶっ倒れんじゃないのかなってくらいに赤い。いやいや、俺ら、男同士だよ? そんな恥ずかしがらないでよ。こっちまで恥ずかしくなるじゃんか。

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