とにもかくにも!①〜美女と野獣、初めてのデートのお話〜
宇部 松清
第1話
待ち合わせは、十時だ。
駅前にある、小さな本屋の前で、ということになっている。
ここを待ち合わせ場所にしたのは、外観が特徴的だからとか、目を引く銅像が置かれているとか、そういうわけではない。ここなら待っている間に中に入って立ち読みも出来るし、あとはもう単純に、目的地に近いってだけだ。
ロングストラップで首から下げたスマートフォンで、時間を確認する。まだ九時半。スマホには、はしっコずまいのシリコンカバー、さらにジャラジャラとラバストをつけている。それももちろんはしっコのやつだ。存在感と重量感がありすぎて、ポケットには入らない。それを持つ指先に視線をやる。オッケー、ネイルもきれいに塗れてる。今日の俺も抜群に可愛い。
と。
「ね、ひとり?」
そんな言葉は聞き慣れている。まぁ、無視しても良いんだけど。
「待ち合わせ中」
ぶっきらぼうにそう返す。
「高校生だよね? ドコ高? オレ、
「ラグビーが強い
「そそそ、ラクビー強いトコ。つってもオレは違うんだけどさ。ね、連絡先交換しない? 今度遊ぼ」
「年下には興味ない」
「えーっ、良いじゃん。オレ、背もあるしさ、年下に見えなくね?」
こいつは馬鹿か。
「良くない」
「良いじゃん」
「しつこい」
「良いじゃん、連絡先だけ、ね?」
その言葉と共に、ぐい、と腕を掴まれる。思い描いていた柔らかさがなかったからだろう、そいつは一瞬「うん?」と眉を顰めた。その違和感の正体をこちらに確認する間もなく――、
「
ずお、と大きな影が俺達を包む。
身長百八十二(だったかな)、身体の厚みも、ウチのムキムキ体育教師に負けてない(むしろ身長だけは勝ってる)待ち合わせ相手が、その不埒なナンパ野郎の顔を覗き込んだ。
「え」
「あれ、
「待たせたら悪いと思って早く来たんだ。まさかそれより早くにいるとは思わなかったけど。いや、それより。初めて見る顔だな」
知り合いか? 取り込み中だったか?
と、本人にしてみれば、きっと純粋な質問だったのだ。ここでばったりたまたま会って、それで立ち話に興じているのかもしれない、と。こんな見た目ではあるが、気持ちの優しい二之ちゃんのことである。もしそうなら、俺は本屋で待ってるからごゆっくり、なんて言い出しかねない。
「ううん。ナンパ。彼氏と待ち合わせだって言ってるのにしつこくって」
「かっ……!?」
おーおー、目ェまん丸くしてくれちゃって。ちょっとくらい話合わせてよ。そんな気持ちを乗せてアイコンタクトを送ってやると、了解、とでも言わんばかりに大きく瞬き一回。
前にちらっと「一人で歩くとナンパがしつこくて困るんだよね。誰か恋人のふりでもしてくれれば助かるんだけど」なんて話をしといて良かった。いや、ガチな話だけど。
「ナンパってことなら悪いけど諦めてくれるか。これから、で、デートなんだ、俺達」
棒読みも良いところではあるが、初デートで緊張している、ということであればまぁさもありなん。
それに、どんなに二之ちゃんが大根役者であろうとも関係ない。もうそのビジュアルだけで、鵜瀬の
「そうなんだよねぇ~、二ぃ~之ちゃ~んっ」
二之ちゃんの大根演技は俺がカバーしてやる! と、俺の足より太そうな腕をギュッと抱き締める。そのまま上目遣いで「こんなのほっといて、早く行こ♡」と甘えた声を出すと、俺の顔にはそこそこ免疫があるはずの二之ちゃんが、「お、おう」と声を上ずらせて赤面した。
さすがは『C組のビューティー枠』こと、顔だけ見ればほぼ女子、しゃべってもまぁぎりぎりハスキーな女子、良いか我が身が可愛かったら間違っても女装して
とにかくしっかり母親に似まくった女顔に、まぁまぁ小柄で華奢な身体、さらには地声が割と高めの俺は、男というよりは、ちょいデカめの女子と間違われることが多い。服だって、メンズよりもレディースの方がサイズ合うしさ。
自分で言うのも何だけど、その辺の女子よりは絶対に可愛い自信がある。しかも俺の場合、学校ではノーメイクだからな。マツエクもしてないし、ファンデも塗ってない。それで女子。女子じゃないけど。
だけど、メイクも嫌いじゃない。休日、丁寧に自分を作って、一段と可愛い俺になって出歩くのは大好きだ。
俺はこんな見た目だし、可愛い自分も好きだし、女装もしちゃうけど、別に恋愛対象が男ってわけでもない。中学の頃は彼女もいた。だけど、振られるんだよな、「あたしより可愛くてむかつく」って。告って来たの、そっちの癖に。俺の顔が良かったんじゃないのかよ。
だからもう、女は良いや、って。俺を取り合ってギャーギャー騒ぐのを見んのも疲れたし、俺の顔が好きな癖に、最後は俺の顔のせいにして責められんのも疲れた。それで、何か面倒になって、男子校に来たってわけ。そんな理由で入学して、三日で後悔した。
そりゃあ四方八方野郎しかいないところに、その辺の女子より可愛いやつが入って来たらどうなるか。ちょっと考えりゃわかることなんだよな。
名前も知らない三年生に空き教室に連れ込まれて、あわや処女喪失――、ということになった。
が、そこで救世主が現れたのである。それがこの、角田二之ちゃんだ。いや、本人は全くそんな気はなかったらしいのだが。
彼がたまたまその教室の前を通りがかった時、何やら物音が聞こえるということに気が付いて、誰かいるのか? と戸を開けた。するとまぁ、まだ何も始まってはいなかったけれども、どう見ても穏やかな集まりには思えない光景が広がっていた、と。
もし二之ちゃんが、空手で少々名の知られた存在じゃなかったら、たぶん、「とっとと失せろ」の一言で続行されたはずなのだ。だけれども、彼は既に有名だった。地元の新聞に何度も写真付きで載ったし、試合も地元ニュースで放送された。役所には『角田二之君全国出場おめでとう!』なんて垂れ幕も下がっている。この学校にも空手の推薦で入ったのだ。もちろん高一の時点で身体だってしっかり出来上がってたし、本人は多少コンプレックスらしいけど、目つきも悪い。
ただただ二年分年をくってるってだけの先輩達は、瞬く間に震え上がった。俺をその場にほったらかして、そそくさとその場を去ったのである。
俺はともかく、二之ちゃんは何が何やらだっただろう。
あまりにもぽかんとしていたので、順を追って説明したら、やっと理解したらしく、真っ青になっておろおろと心配されたのは良い思い出だ。いや遅い遅い。
そんなことがきっかけで、俺達は仲良くなった。二之ちゃんとしては、俺のことが心配で仕方なかったのだろう。また同じ目に合うかもしれない、って。使命感っていうのかな。ほらあれ、なんつったっけ、金持ちは施すのが当たり前、みたいなやつあるじゃんか。強いやつは、弱いやつを守ろうぜ、みたいな精神っていうのかな。俺あんまり頭良くないからわかんないけど。
そんで、一緒につるむようになってわかった。
二之ちゃんは、マジで見た目だけだ、って。
いや、空手はすげぇ強いし、試合中なんてマジで怖いけど、こいつ、中身は全然いかつくない。むしろ、可愛いものが好きで、甘いものも好きで、繊細で、優しい。空手の時だけスイッチが切り替わるっていうのかな。素の二之ちゃんは、デカい図体してる癖に、ちょっとのほほんとしてて、押しに弱いのだ。
何これ、すげぇ可愛いじゃん、『美女と野獣』の野獣じゃん! って思ったら、別に俺、マジで男が好きとかそんなのはなかったはずなのに、ほんと自然に、すとん、と落ちてしまったのである。
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