最悪な王子と間者


 

 

 アインが俺の部下になり、情報を流してくれたおかげですぐにケミサリー公爵家の悪事が露見した。

 

「…………はぁぁぁ……こいつ、どんだけやらかしてんの……?」

 

 俺の執務室で、今見ていた書類の束をみて深い深い、それは深〜いため息が出た。

 

「そりゃあもう、いっぱいですよ〜。あはは〜。」

 

 そんな俺の態度を見て、この書類束を持ってきたアインがへらへら笑った。

 

「笑い事じゃないですよ、アイン。」

 

「でもさー、笑っちゃうぐらいには色々やってるじゃん? セスタは笑えてこないの?」

 

「笑いを通り越してもはや無ですよ。あなたと違って。」

 

「あはは。それもそうね!」

 

 アインに忠告するのはセスだ。最初は、セスもゴルドールほどじゃないにしても反対すると思っていた。普通の感性を持っていれば、暗殺者を部下にしない……

 だから、水と油かと思われた2人だけど、今では軽口を言い合う仲になった。意外である。そんなことを思いながら現実逃避していると、扉を3回ノックする音が聞こえた。

 

「どうぞ。」

 

 失礼致しますと言って部屋に入ってきたのは、執事長のセバスだった。白い髪を後ろになでつけた白い髭の、60歳ぐらいの好々爺だ。本名は知らない。実はこの男、普段の好々爺然とした雰囲気に騙されそうになるが、国王直属の隠密部隊、影の最高司令官様なのである。堂々と王宮を昼間っから出歩いてるのは年を理由に危険な仕事|(暗殺者や間者)などの実戦からは引退したためである。だけど、実績はすごいから執事長として表を仕切り、裏では影の指揮官をしている。意外と怖いのである。ちなみに俺とセスの短剣や短い武器全般(暗器系)の師範でもある。

 

「殿下、準備ができましたのでお迎えに参りました。」

 

「分かった。」

 

 そんなセバスがここにこのタイミングで来たのは、俺がケミサリー公爵家へと乗り込むための準備が終わったからである。と言っても、そこまで仰々しいものじゃない。多少の騎士を連れていくだけだ。ケミサリー公爵家の所有している私兵はそこまで多くはない。多少の練度はあるものの、王国騎士団には敵わない。それに、俺がいるから、いざとなれば俺自身が戦えばいい。

 

 セバスに案内されながらアインとセスと一緒にケミサリー公爵家へと向かう馬車に乗った。父上はケミサリーについては俺に一任すると言っていたから、何も気にすることなくしばけ……、、ごほん、お縄につかせられるのである。

 

 馬車に三人で乗り、揺られること数十分。

 

 ケミサリー公爵家へと到着した。先触れは出してないから、いきなり王家の紋章入り馬車が屋敷の前に泊まり、今頃大慌てだろう。慌てた公爵の顔は見てみたいけど、流石にここからは見えない。索敵魔法でどこにいるのかはわかるけど、やっぱり、大慌てらしい。

 

「キースさまー。どうですー? 慌ててます?」

 

「慌ててるねぇ。あーあー、顔面から転んじゃった。鼻痛そー……」

 

「ぶは、くっくっ、、」

 

 どうやら俺の索敵魔法での実況はお気に召したようで、アインは手のひらで口を押さえているけど、震えてる肩と漏れ出た笑い声は誤魔化せてないよ。

 それから少しして屋敷の玄関からケミサリー公爵が飛び出してきて、馬車の前まで来た。顔が真っ青になっていて、お気の毒様。

 御者が馬車の扉を開けたので、アイン、セス、俺の順番に降りると、公爵がアインを見て目を見開いた。

 

「お、おま、」

 

「ああ、アインは最近雇った私の新しい部下なんだ。公爵はアインを知ってるのか?」

 

「い、いえ、初対面です。」

 

 俺の白々しい言葉に、二重の意味で顔をひくつかせている公爵。暗殺者を堂々と自分の部下だって言ったことと、自分が雇ったはずのアインを堂々と自分のもの、寝返らせたという発言に、だ。

 

「あ、あの、殿下はなぜこちらに?」

 

「失礼を承知で申し上げる。ケミサリー公爵家には王家反乱の容疑がかかった。」

 

「なっ! そんなことはありえません!」

 

「ふふ。だよね。歴史的にみてもケミサリー公爵家は王家に忠誠を誓ってくれてるし、何よりも実績がある。俺としては? そんなケミサリー公爵を疑いたくはない。だが、他の貴族がどう思うか。あなたなら分かってくれるな?」

 

 セスとアインが、どの口がって思ってそうだけど、こういうのは相手を丸め込んでこそだ。俺が王族になって知った。

 

「違うと言うなら、それを証明したい私の気持ちを汲んで、家に入れてくれないか?」

 

 公爵が冷や汗だらったらだ。そりゃそうだよね。ここで俺を追い返したらその容疑を認めたようなものだと周辺貴族に陰口を叩かれる。もし反乱じゃなくても、殿下に教えられない後ろ暗い何かがあると判断されるから断れない。

 じゃあ、このまま受け入れるとどうなるか。よほど巧妙に隠された魔法金庫(魔道具の一種)に取引書類を隠してないなら見つけられる。

 まぁ、どちらにせよ、俺には関係ない。前者だったら俺が何もせずとも勝手に自滅してくれる。後者なら、不思議な空洞も、魔力が込められてる魔道具でも、俺の索敵魔法で見つけ出せるしね。ああ、でも。前者だとアインが手を出せないからヤキモキするかな。

 公爵は俺が索敵魔法を使えるって知ってるのかな? 知ってても魔力があるものしかできないと思うだろうな。だから、選択肢はあるようで、ない。二つに一つ。それは公爵もわかっているから、小さく頷くだけ。

 

 俺は公爵にはわからない程度にルンルンで屋敷の中に入ったよね。そして、騎士たちが屋敷全体をくまなく捜索、俺は索敵魔法を使って怪しいところを全部探し出した。途中出してくれた紅茶に、毒を盛ったみたいみたいだけど、鑑定スキルで鑑定してわかった。俺が毒で倒れたとなれば、大騒ぎになり急いで対処するために屋敷捜索は中止されるだろう。

 気づかないふりをして飲んだけど。俺の毒耐性と毒吸収が働いてくれてむしろ少し魔力が上がっちゃったんだよね。どうやらステータス全快の時に毒を飲むとステータスが上昇するらしい。毒吸収を獲得してから一回しか飲んだことなかったから今知ったわ。この毒は、スイセン毒か。強烈な吐き気と痛みを伴うけど、嘔吐して毒ごと全部吐き出すからか、毒が強いにも関わらず死亡例はかなり少ない。

 

 結果は……

 

 もちろん、証拠品ぜーんぶ見つけちゃったよーん。

 

「ふふふふ。」

 

「キース……その悪どい笑みは王族として良くない。」

 

「目の上のたんこぶは始末出来たんだから、少しぐらい許してよ。」

 

 今までの悪事+俺の毒殺未遂で連行されました。

 ちなみに、関係書類は全部俺以外が見つけられなさそうな巧妙さで隠された魔法金庫の中だった。どんなに魔道具自体を隠そうとも、金庫は金庫だから何かを入れるための空間があり、空間さえあれば俺の索敵魔法で空間や入ってるものはなんとなくわかる。見つけた魔道具は魔力で無理やりこじ開ければオッケー。弁償するから許してねーって言って。静止の声も聞かずにぶち開けました。あはは。

 

「あんたのヤンチャぶりには手を焼くよ。」

 

 そんなセスのお小言をスルーして俺は王宮へと戻った。

 

 

 

 数日後。セスと一緒に父上に呼び出されて、執務室に向かうと、ケミサリー公爵家の悪事諸々の書類などを発見したことを褒められた。その書類の中に、ミズトア王国との秘密取引もあったらしい。

 

 内容は、第一王子の抹殺だ。ミズトア王国の国王は、息子である王太子に激甘で、王太子はとにかくわがまま小僧で、道楽息子で、傲慢な男だ。家族以外の人間を自分の世話をするための奴隷だと思ってる節がある。だけど、それをうまく隠していい子ちゃんぶってる。そんな中身くそ外面最高な自慢の息子が欲しがったのが、シーラだ。

 

 最初は正攻法で婚約打診してたらしい。だけど、一国とはいえアイスリア王国からしたら吹けば消し飛ぶような弱小国家が、アイスリア王国宰相の娘を嫁がせるメリットなんてない。王妃の座? 確かに手に入るだろうね。けどさ、シーラは超大国の侯爵家で、宰相の娘だよ? 弱小国家の王妃なんてなってもあんまり生活基準は変わらないし、むしろアイスリア王国の女性も才能あるならば表立って仕事するべきと言う思想がある分、ミズトアでは生きにくいはずだ。王妃の座を望んでなくて社交が苦手、学ぶのが好きで仕事に積極的なシーラには特にね。

 それに、王妃の座? そんなもん、アイスリア王国でも十分狙える。実際、ミズトアの王太子がシーラに恋した時点ではもう第一王子の婚約者だったし? 次期王妃の座についちゃってましたし?

 

 話がずれたけど、俺の婚約が決まってたことで王妃の座はもう埋まったも同然。だからミズトア王国との婚約は断られるわけがないと意気揚々。だったはずなのに断られたこと、その相手が俺だったことがわかったことで、俺を暗殺しようとしたわけだ。俺が死ねば婚約者のいなくなったシーラは、すでに婚約が決まってる第二王子の婚約者になれるわけもないから、王族に嫁げない。だから、必然的にうちに来るだろうって思ったんだろうねぇ。

 

 だから、第一王子の暗殺を目論んだ。

 俺を暗殺できなければ格下である弱小国家ミズトア王国との契約を破棄して、王妃の座を手にしたシーラの暗殺。

 

 まぁ、報告通りだねぇ……

 前と違うのは、ケミサリー公爵家から契約書が出てきたことかなー。ふふ、国際問題だー。

 

「といっても、どうせ知らぬ存ぜぬって言って言い逃げすんだろなぁ? 腹黒クソ狸だもんなぁ。」

 

「だろうな。あれミズトア王国を落とすとなると、十分な書類とはいえない。」

 

「そうだな。一国を落とすには……ん? 落とす?」

 

「落とさないのか?」

 

「まじ? やっちゃうの?」

 

「ヤってもいいだろう?」

 

「お前のヤるって、絶対殺って意味でしょ。」

 

「ふ、どうだろうな。」

 

「セス……お前、意外とシーラに手を出されたこと怒ってるでしょ……」

 

「さぁな。」

 

 あ、これは怒ってる……あぁ、でも、仕方ない気もする。断っても断っても婚約打診はくるし、王太子はこの国にお忍び(お忍びとはいえない。本人がお忍びって言い張るから無理やりそう思っただけのもの)で押しかけてくる。シーラはめんどくさいのと、視線が気持ち悪いって言っていて、俺と一緒に街でお忍びデートをしてて、その間、セスが対応していたはず。その間に何かあったのかも……





〜side:とある王国の王太子〜


その頃。ある王国の王太子は……

 

「クソったれ!! この、役立たずがっ!!!」

 

「あぁっ、いっ……、お、お許しください、王子殿下!」

 

 侍女に八つ当たりをしていた。顔を殴り、腹を蹴り……貴族の女であるにも関わらず、顔だろうが手だろうが、お構いなく傷つけていく。それを他の侍女は怯えながら見るだけ。王太子を止めたら、八つ当たりが自分に向かい、顔に傷が残りでもしたら令嬢として人生も、侍女としての人生も終わる。生意気だと思われたらすぐに侍女をクビにされるから。殴られてる侍女も、それはわかっているから、耐え忍ぶだけ……

 

「くそが!! あんの、くそ男が! さっさとしんどけよ!! なんで生きてんだよ! プリシラちゃんの婚約者だってだけでもうぜぇのによ!!」

 

 お腹を思いっきり蹴られてうずくまっている侍女の頭を思いっきり踏みつける。額を床に打ちつけられた侍女は、血を流してしまう。

 

「ちっ、汚くなったじゃねぇか。おい、そこの女!」

 

「は、はいっ……」

 

「掃除しろ。」 

 

「は、はい! ただいま!!」

 

 指をさされた若い侍女は、急いで掃除道具を持ってくるために部屋から飛び出た。

 

「本当、どいつもこいつも使えねぇな。」

 

 ベッドに腰掛け、親指の爪を噛み締めていると、扉をノックする音がした。

 

「ミストリーズ殿下。大きな音がしましたが、大丈夫でしょうか。失礼しますよ?」

 

 最近入ったばかりの執事の声だった。

 

「これは……」

 

 部屋に押し入ると、部屋にあった物の散乱具合をみて引き攣った顔になった。

 

「またですか? 侍女に当たるのもほどほどにしてくださいよ。」

 

「うるせーよ、お前には関係ない。つか、お前本当に思ってんのか?」

 

 お気に入りの言葉なので、怒鳴りはしない。むしろ本当にそう思ってるのかすらわからない。

 

「お部屋を片付けるので、殿下は庭園でお散歩してきてはいかがですか?」

 

「ん、それもそうだな。そうする。」

 

 

 

 

 

  

〜side:とある間者〜



 王太子が出て行った後の部屋では……

 

 

 はぁ、全く……派手に散らかしやがって……本当にあれが王族か? あのお方とはおおちが……っと、流石にここまでにしておこう。あーあー……女の子に手を上げて……王子に殴られていたのだろう。頬が腫れているし、髪も乱れていて、服にも足跡が複数……相当蹴られたようだ。手加減というものを知らないから、あざになるだろうな。

 

「大丈夫……ではなさそうですね……すこし失礼しますよ。」

 

 泣いている侍女に声をかけてから、抱き上げる。

 

「え?! あ、あの!!」

 

 侍女が顔を真っ赤にしてオロオロとしている。まぁ、婚約者でもない男に触れられるのは貴族の淑女としては恥ずかしいし、嫌だろう。だけど、辛そうな女性を放置するのは男が廃る。

 

「淑女に触れるのは紳士としていただけないのは承知しております。後でご存分に殴っていただいて構いません。しかし、そのお怪我では歩くのも辛いでしょう。すみませんが今だけは大人しく運ばれてください。」

 

「い、いえ! あ、ありがとう、ございます。」

 

 必殺。俺が悪いので、後で殴ってね、だ。申し訳なさそうにするのもポイント、らしい。これぞ、女を落とすテクらしいというのはあの方が言っていましたが、どうやら本当のようですね……悪い気はしませんが、さすがに女心を弄んでいる気がして少し罪悪感があるような、ないような……ま、いいか。他人から好かれるのは間者としてやりやすいし。

 

 侍女を医務室に送り届けると、医務官が、またかって顔をしていた。この国の王太子はいつも誰かに手をあげるから、毎日誰かしら怪我を負うため、医務官はいらない仕事が増えてしまう。それに、大体は殴る蹴るなどの打撲だから、あまり減らないはずの塗り薬が消費されていく。そんで、1日ぐらい怪我人がでない、ってことがないから、医務官は医務室からあまり出られなくて、困っているから、俺が塗り薬を代わりにもらいに行くんだけど……まぁ、また? って顔をされる。ついに、最近また補充しに行ったら、何でこんなに消費してるんだい? って言われて、困り顔をしながら誤魔化しておいた。察しがいいだろうから、多分何かしらやばいと思われてるけど。

 おそらく、噂が出回るだろうなぁ。まぁ、俺には関係ないけど。いや、あるんだけど、王家が潰れても間者の俺にはどうでもいいんだけどね。

 

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