本編が始まる前に死ぬモブに転生しました。

結里

プロローグ

俺、モブに転生してる… 

 俺は柊満。元ブラック企業のサラリーマンで、社畜だった。あと、重度のゲーヲタ、アニヲタで冴えない実家暮らし男である。今日は久しぶりにまとまった休みが取れたから、従妹が勧めてきた乙女ゲームをやっている。

 その乙女ゲームというのは、『恋する学園ラブストーリー〜身分違いの恋〜』略して『恋ラブ』というタイトルで、あらすじとしては、男爵家に引き取られた元平民のヒロインは、学園で攻略対象たちに出会い、身分違いの恋に苦悩しながら様々な試練を乗り越えて、相手と結ばれるまでの話になっている。最終的なエンドはいくつかあり、ハッピーエンドとして結婚ルートと友情ルート、バッドエンドとして(ヒロインか攻略対象のどっちかまたは両方の)死亡ルートと嫌われるルートがあるわけだ。

 キャラによってバッドエンドがメリーバッドエンドになったりと、内容は少しずつ変わるが大まかにはこの四つ。

 

 一つ言っておくが、俺は乙女ゲームが元から好きなわけではない。元からと言ったら誤解を生みそうだが、正直苦手意識を持ってはいる。だって、絶対に現実世界では起きないことや、イケメンが吐く甘いセリフを聞いて悪寒が走らないわけがない。かと言って、ストーリーや世界観が面白くないといえば嘘になるので、それがあること自体は恋愛小説があるって感覚と同じで良いものであるとは思っている。

 

 ではなぜ、ゲームを始めたのかというと、攻略対象の一人である第二王子の婚約者、つまり悪役令嬢(俺が見た時はヒロインと仲良くなりその後にヒロインを庇って死ぬという悪役令嬢にとってはバッドエンドルートだった)に惹かれたからだ。

 悪役令嬢として出てくるルートでは、悪質ないじめや犯罪に手を染めてしまい、それを婚約者である第二王子が糾弾し、処刑エンド、もしくは国外追放エンド。つまり、全部がバッドエンドになるというシナリオだ。

 

 

 それが俺は許せん。悪役令嬢ルートがあるのはいいとして、なぜヒロインとの仲良しからの生き残ったハッピーエンドがないのだ。

 いや、そもそもの間違いとして、なんで婚約者がいるにもかかわらず、第二王子はヒロインを愛してしまったのかということだ。どうにも、最後の糾弾シーンでの、悪役令嬢の主張-殿下に相応しい身分ではない女、幼い頃から王妃教育をしてない男爵令嬢に耐えられるわけがない、婚約者を奪った女狐などなど-ヒロインを排除するのはやりすぎだとは思うが理にかなっているとは思っている。

 浮気や不倫はダメだと法律で定められている現代日本人としては、二人も三人も嫁や旦那がいるのは嫌だし。

 

 まぁ、とりあえず、さまざまなルートを制覇していったわけだが、まさか全てコンプリートした瞬間にトラックに轢かれて死ぬとは思わなかったよな。

 

 そして、まさかまさかの、コンプした乙女ゲームのなかに転生するとは思わなかったよな?

 

 普通、こんなの予測できるわけねぇよな??

 

 

 

 

 と、いうわけでして。俺はアイスリア王国の第一王子として生を受けてしまいました。

 

 って、なにがというわけでして〜だよ!!! 俺が王太子?! ふっざけんな!! スローライフさせろオラァァ!!!

 

 このアイスリア王国は、最低限の才覚や問題がなければ、基本的に王太子には第一子がなる。つまり、国王陛下の一番最初の子供が王女であれば、基本的には次期女王ということになる。

 そう、前世で平々凡々だった俺が……このままだと一国の王になる。

 

 だっる〜〜……

 

 乙女ゲームの中に出てきた情報によれば、王太子は、超優秀で頭が良く魔法の才能はピカイチ。神童として有名な王太子! だがしかし、第二王子たちが学園へ入学する4年前、当時16歳だった王太子はドラゴンでさえ一瞬で殺すことができる猛毒を盛られて死ぬ設定だ。

 第二王子は、王太子の才能との差に劣等感を抱いていた上に、突然降って湧いた次期王太子としての重圧が一気にのしかかり、ストレスがかかっているところをヒロインが励まして恋に落ちる、攻略されるんだが、それはまたあとで。

 

 王太子ってさ、死亡フラグ立ってんのね? 優秀な才能に嫉妬した輩に殺されるっちゅーことですわ。

 

 はぁー、最悪……

 

 悲嘆に暮れていると、誰かが俺の部屋に入ってきた。

 

「あら、もう起きていたのね。おはよう、グラキエス。私の可愛い子。」

 

 部屋に入ってきた人物は、このアイスリア王国の王妃陛下。艶やかなストロベリーブロンドの長い髪とエメラルドのような澄んだ緑色の瞳に泣きぼくろ、やや釣り上がった目尻、すっとした鼻、小さな形の整った薄い唇。前世だと絶世の美女と言われるほどの女性。俺の今世の母親だがメイド服を着た女性と一緒に入ってきた。そして、2歳、もうすぐ3歳か? の体にはデカすぎる広いベッドに寝転がっていた俺を抱き上げて、頬にキスをする。

 あ、そうそう。俺、転生したはいいんだけど、約3歳の子供なんだよね。アイスリア王国の王族の証である父上と同じサファイアのような澄んだ青い瞳と、プラチナブロンドを持っている。顔のパーツはほとんど母上と似ている。美少年が鏡に映った時はひっくり返りそうになったっけ。

 あ、記憶が戻ったのはつい最近だから、母親、この世界だと乳母かな? のおっぱいは飲んでいた記憶はない。助かった……まじで。胎児からの記憶があったらまじで暇すぎと羞恥心で、何回死にそうになるのやら……今でも暇だけど、一人で歩くことができるから、そこまでではないかも。

 

「ははうえ、おはようございます!」

 

 子供らしい舌足らずだけど、ゆっくり発音すると、それなりに言葉に聞こえる。頑張った甲斐あったな。

 

「よく眠れたかしら?」

 

「はい。ははうえ、どうかしましたか?」

 

 最近、調子が悪いらしく部屋で寝ている時間が多い母上が珍しく顔色が良い。

 

「あなたとお散歩がしたいのだけど、いいかしら?」

 

「はい! 行きたいです!」

 

「ふふ、ありがとう。」

 

 中身28のおっさんが母親と手を繋ぐのは恥ずかしいが、今は3歳児だから、なんとか自分を誤魔化して、部屋を出た。母上の体調を気遣いながらゆっくりと庭園に出た。この世界ではそこそこ珍しいものらしい青い薔薇が咲いているここは俺と母上が一番好きな西の庭園だ。空気中に漂っている魔力が土に染み込み、それを水と共に吸収して青い花を咲かせる品種らしい。まぁ条件として大量の魔力を吸い上げなきゃいけないから、まぁまぁ珍しいんだけど。

 この西の庭園は、母上を溺愛している国王陛下父上が、母上が青い薔薇をいつでも見れるように贈ったものだそうで、魔力水という魔力が大量に溶け込んだ水を引いている場所だ。とても金をかけている……らしい……

 まぁ、金の話は置いといて、この庭園は魔力水を使っても枯れない植物や、魔力がないと綺麗な花を咲かせない、あるいは育たない植物を植えてある。とても貴重な植物もあるらしく、俺はここが一番綺麗で、落ち着ける一番大好きな場所だった。

 

 今日は、西の庭園で母上と二人で些細なお茶会をするようだ。母上の侍女が俺と母上二人の分の紅茶やお菓子を用意してテーブルに並べていく。

 

「キースはここにくるといつも目を輝かせてくれるわね。」

 

 キースは俺の愛称だ。そうそう、俺は雪が降っていた日に生まれたらしく、氷を意味するグラキエスと名付けられた。結構かっこいいから気に入ってたりする。

 

「ここは一番大好きな場所ですから。」

 

「あなたがそう言ってくれると、私も嬉しいわ。私も、ここが一番大好きな場所ですもの。」

 

「はい。ははうえは、今日はお元気そうですね。」

 

「えぇ。今日はとても調子がいいの。キースにはそのことについて伝えたいことがあるの。」

 

「なんですか? まさか、治らない病気とか……?」

 

 この世界は医療というより薬学と魔法が発展しているが、やはり治らない病気というものはある。まさか、母上がそれを患ってしまったのだろうか。いくら中身28歳のおっさんでも、毎日愛してくれる母上の事は親として愛しているし、早死になんてしてほしくない。王族ともなれば遅効性の毒を盛られるとかもあるし……そんな不安な顔が出ていたのだろう。母上はキョトンとした顔をしてから、すぐにふふっと笑っていった。

 

「違うわ。病気じゃないのよ。」

 

「そうなのですね。よかった……あれ? では、なぜお体の具合が?」 

 

「私妊娠しているの。」 

 

「にん、しん???」

 

 妊娠……つまり、最近の体調不良はつわりだったってことか。なぁんだ、よかった〜……あ、でも、第一王女が生まれるのはこの時期か。双子だから第二王子も生まれるんだったっけ。忘れてた。

 

「そう。お腹の中にあなたの弟か妹になる子がいるってことよ。」

 

「妊娠、僕に兄弟ができるのですか?!」

 

「そうよ。」

 

「嬉しいです! 僕、兄弟が欲しかったんです!」

 

 これはまじで本当。前世でも子供はかなり好きだったんだけど、俺に兄弟姉妹はできなかった。前世の父が必死に不妊治療してやっとできた子供が俺だったからだ。母は俺を産んだ直後に子宮摘出しないと死ぬ可能性があったから、二度と子供は望めなかった。一度だけ欲しいと言ったことがあったんだけど、ものすごく悲しそうな顔をしていたから、それっきりいうのをやめた。その十年後くらいにその事実を知ったかな? たしか。でも、両親は俺を愛してくれたし、歳の離れた従兄弟、再従兄弟や、その子供たちはいっぱいいたからその子達を愛でまくったので、兄弟がいなくても比較的満足していた。

 だがしかし! 今世は違う! 今世の両親は政略結婚ではあったけど、二人は息子の目の前でゲロ甘にイチャイチャし出すぐらいに仲がいい。二年もこづくr……ごほん、弟妹ができなかったのは、俺でどのくらい手がかかるかの様子見がしたかっただけだ。まぁ、俺は記憶が戻る前からあんまり手がかからなかったらしいから、俺を基準にしてると痛い目を見るって乳母に釘を刺されてたってのもあるらしいけど。まぁ、つまり、そろそろいい頃合いだろうってことで、作ったんだろう。そんで、妊娠した、と。やったぜ、念願の弟妹ゲット! 散々可愛がってやろ! あ、俺、シスコンブラコン一歩手前だ。ま、いっか!

 

「キースは今もしっかりしているから心配はしていないけど、この子のこと、よろしくね。」

 

「はい! 母上と兄弟は、僕が命にかけても守って見せます!」

 

「ふふ、頼もしいわね。」

 

 お腹の双子と母上は守ってみせる!

 

 俺……家族愛が重いって今世で初めて自覚したわ……

 

 

 

 前は、何かの病気なのか、いろいろと調べていた段階で、まだ3歳弱の俺に移ったらダメだから、妊娠が確定するまではあんまり近くに行くのはダメだった。だけど、今日からは、許可が降りたから、公務で忙しい父上に変わって母上を支えることにした。つわりや、妊娠についてをいっぱい勉強したし、本も読み漁った。俺は記憶力がとてもいいらしく、一回で全て覚えて、すぐに実践できたから乳母や侍女たちに驚かれた。もちろん、父上にも。でも、父上は俺に任せられると判断したのか、公務をしている時、少し心の余裕ができたって感謝された。よほど心配だったようだ。

 俺も褒められたり頼ってもらえるのが嬉しい。父上も少し心配が減って公務に集中でき仕事が捗るし、部下の人も仕事が早く終わって助かる。母上も俺がいることでつわりの辛さが少しは楽になる、つまり癒されるらしく、前回の妊娠時よりも心にゆとりができて、全員がWin-Winだ。結構充実している毎日である。

 


 王族じゃなきゃ、なんの憂いもなかったのになぁ…


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