ボクの彼女は悪魔です

暗黒星雲

青年は悪魔と出会う

第1話 眠れぬ夜の怪奇

 眠れなかった。

 昼間、変な時間に眠ってしまったせいか、頭が冴えてしょうがない。


 今は金曜の深夜……いや、土曜の深夜だろう。

 時計を見ると午前二時だった。


 どうしよう。

 このままベッドの中で悶々とするか。


 それですんなり眠れるのならいい。しかしそんな気配な全くない。

 僕はベッドから起き上がって床に降りた。そして部屋の隅に置いてある小型冷蔵庫の扉を開いた。


 水かお茶か、何かないかと思ったのだが何もなかった。

 やはり喉が渇いていた。


 外に出て自動販売機で何か買おう。

 どうせ眠れないのだから、夜風に当たって少し散歩しよう。


 僕は五百円玉を掴み、寝巻にしているジャージの上からジャンバーを羽織り、素足にスニーカーを履いて表に出た。部屋は一階なので、階段の音を気にしなくていいのは助かる。


 川沿いに数百メートル歩いたところに市営住宅が何棟か建っているのだが、そこに設置してある飲料の自動販売機が目的地だ。


 そこにはメーカー数社の自販機があり、今人気のエナジードリンクも数種の品ぞろえがある。しかも、マイナーブランドだがポテトチップスやカップ麺も買える。この自販機群のお陰でコンビニまで行かなくてもいい。そんな理由で僕は密かに気に入ってる。


 さて何を買おうか。

 喉の渇きを感じているのでスポーツドリンクを選ぶ。そして緑色のエナジードリンクだ。合計で370円。釣銭と缶飲料とペットボトルをポケットに詰め込み、もう少し散歩しようかと思ったところで猛スピードの黒いワゴン車が走り去っていくのが見えた。こんな夜中に迷惑な奴だと思っていたら、そいつは橋の下にある河川敷の広場へと降りて行った。危なっかしい運転である。


 何かおかしい。

 違和感を覚えた僕は、ダム放流時の注意事項が書かれている看板の影からそのワゴン車を伺った。女性の悲鳴が聞こえた。「いや」とか「やめて」とか。これは通報案件かもしれないと思ったところで携帯を部屋に置いて来た事を思い出した。


 電話……電話……公衆電話。

 あ。例の自動販売機群の横にあるじゃないか。公衆電話のボックスが。その中には緑色の電話があったはずだ。ポケットの中には130円ある。十円玉は三枚だ。110番か119番に通報するには十分。


 僕が自販機群へ戻ろうと後ろを向いた瞬間、今度は男の悲鳴が聞こえた。


 男の悲鳴?

 女がレイプされてたんじゃないのか?


 僕はすぐさま姿勢を低くしてワゴン車の方を見た。

 スライドドアが開き、一人の男が数メートルも飛んだ。


 飛んだ?

 投げられたの?

 数メートルも?


 女が降りて来た。

 二人の男を引きずって。


 黒髪でショートヘアの女は長身でスリムだった。衣類はかろうじてノースリーブのシャツが残っているだけで、下の方は何も履いていなかった。


 女は引きずっていた男をハイヒールの踵を使って痛めつけていた。もう一人の男も顔を蹴られ、血を吐き出していた。そして三人目の男を軽々と持ち上げた。その姿は、とても女とは思えないほど力強かった。


 そして女の姿が一変した。

 長身の女、恐らく170センチくらいの女は体が二回りほど膨れ上がり、2メートルの筋肉質な体となった。全身に黒い毛がわさわさと生え揃っていき、頭からは二本の角がねじれながら生えてきた。そして背には四枚の羽根、まるで蝙蝠のような羽根が、まるで傘を開いた時のように一気に広がった。


 まるで悪魔だ。


 その異形にショックを受けた俺は、公衆電話まで走った。何か叫んでいたかもしれない。震える手でコインを掴んだがそれは100円玉だった。受話器を上げてもう一度10円玉を取り出し、110をプッシュした。


「唐樋大橋の下の広場で凄い悲鳴が聞こえた。複数の男女の」


 受話器の向こうで何か言ってるが上手く聞き取れない。


「凄い悲鳴です。誰か死にそうになってる。唐樋大橋の下」


 向こうは俺の名前を聞こうとしてるようだが、とても応えられない。

「ごめんなさい」とだけ言い残して受話器を置いた。そして俺は自室まで走って帰った。


※緑色の公衆電話には非常通報ボタンの設定があり、テレフォンカードやコインを使わなくても通報できます。主人公の清史郎君は公衆電話など使ったことがなく、そんな便利なボタンがあるって知らなかったのですね。

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