第10話(3)陰の者たち

「い、今のは完全に『合格よ!』の流れっしょ⁉」


「勝手に判断しないでちょうだいよ……」


 レオナルドは太い首をコキコキと鳴らす。光たちが言葉を失う。


「そ、そんな……」


「不合格ね」


「……何故?」


「うん?」


「理由を聞かせて!」


「う~ん……」


 レオナルドはこれまた太い両腕を組んで首を傾げる。光たちが黙る。


「……」


「なんというか……」


「な、なんというか?」


「『これよ!』という決定打に欠けていたのよね~」


「あ、曖昧な答え⁉」


 光が愕然とする。


「不思議なもんで、案外そういう曖昧なものが明暗を分けたりすんのよ、この業界……」


 レオナルドが肩をすくめる。蜜が頷く。


「なるほど、妙に説得力がある……」


「どこがよ! 蜜、アンタ騙されているから! どうせ適当言ってんのよ!」


「今回はご縁がなかったということで……」


「ふざけんな! アンタ、そうやっていい加減な……」


「帰るぞ、余計に心象を悪くしてどうする……」


 純が騒ぐ光の口を塞ぎ、強引に部屋の外へと連れ出す。光はなおも騒ぐ。


「ちょ、ちょっと待って……!」


「失礼します。ありがとうございました」


「……ました」


 純と蜜が頭を下げて部屋を出る。男性がハンカチで汗を拭いながら呟く。


「い、いきなり不合格とは……先生の反応も良さそうに見受けられましたが……」


「……きっと違う形で会うことになるわ」


「はい?」


「なんでもないわ、こっちの話よ」


 レオナルドが右手を振る。男性が言いにくそうに問う。


「あの、この後ですが……?」


「ああ、最後の一組が遅れているんだっけ?」


「え、ええ……」


「不合格で」


「え⁉」


「こんなにも遅刻している段階で論外でしょ。ついでに控室にいる連中にも伝えてきて、あなたたち全員不合格ですよって」


「ええ⁉」


「お願いね」


「は、はあ……」


 男性がトボトボとした足取りで控室に向かう。レオナルドが伸びをする。


「わざわざ広島まで来たけど、実りは少なかったわね……」


「うわあ!」


「!」


 男性が部屋に駆け込んでくる。


「い、『陰の者』が!」


 複数の黒い影がオーディションの部屋と控室を繋ぐドアごと壁を破壊してくる。レオナルドが舌打ちする。


「ちっ、陰と陽の気が複雑に絡み合うこの土地、陰の気が大量に流れ込んで、陰の者が大量に発生したのね!」


「……ううっ、合格……」


「オーディション参加者がことごとく陰の者に⁉」


 レオナルドが驚く。


「ううっ、合格……させろ!」


 陰の者たちが影を伸ばし、レオナルドに迫る。レオナルドが懐から銃を取り出す。


「そういう積極性がオーディション時に欲しかったわね!」


「‼」


 レオナルドが銃を発砲し、迫る影を簡単に祓う。しかし、レオナルドが再び舌打ちする。


「ちっ……数が多すぎるわね、これはちょっと今のアタシでは難儀しそう……」


「うおおっ!」


「しまった⁉」


 レオナルドの死角から三体の陰の者が迫る。


「はっ!」


「⁉」


「ぐおおっ……『平和』……」


「ぶおおっ……『正義』……」


「どおおっ……『自由』……」


 それぞれ矢が刺さった陰の者たちが元の男性たちの姿に戻る。レオナルドが視線を向ける。そこにはロリータファッションの蜜が弓を構えていた。レオナルドが感心する。


「矢を三本連続で放ったの? なんという連射速度……」


「なんということはないです……」


「ぎゃああ!」


「うおっ⁉」


 再び二体の陰の者が、死角からレオナルドに襲いかかる。


「はあっ!」


「うぎゃあ! 『夢』……」


「ぐぎゃあ! 『希望』……」


 二体が倒れ、元の女性の姿に戻る。レオナルドの前にはライダースを着た長身の純が立っていた。純の両手には短い二本の鉄の棒が握られている。レオナルドが頷く。


「なるほど、ドラムスティックさながらにそれを操って、叩いて祓ったのね……」


「これくらい造作もありません……」


「ぶはあっ!」


「なっ⁉」


 さらにもう一体の陰の者がレオナルドに迫る。


「そうはさせないっての!」


「あ、貴女!」


 レオナルドと迫る陰の者の間に光が立つ。マイクスタンドのようなものを立てる。レオナルドが納得したように声を上げる。


「なるほど! ボーカルらしく、歌声で祓うのね!」


「そらあっ!」


「ええっ⁉」


 レオナルドが驚く、光がマイクスタンドのようなものから剣を引き抜き、切り裂いてみせたからである。


「ぐはあっ……あ、『愛』……」


 陰の者が元の白黒タイツの姿に戻る。光が苦笑する。


「こういう一見陽キャっぽい奴の方が、陰の気が流れ込みやすかったりするのよね~」


「い、いや……歌声は⁉」


「喉は命っすから、無駄遣いはしないっすよ……」


 レオナルドの問いに対し、光は喉をさすりながら答える。


「見上げたプロ意識ね。ややこしいけど……しかし、思ったより早く再会したわね……」


「え?」


「これはある意味合格かしらね……」


「ちょっと待って。話が見えないっす……⁉」


「ぎゃおおっ‼」


 ひと際大きな陰の者が現れ、ビルをたちまち半壊させてしまう。

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