第3話(4)天翔ける英雄

「幻術の類か⁉ どおっ⁉」


 巨大天狗の振り下ろした刀が地面を砕く。法慶たちはなんとかそれをかわす。


「……」


「どうやら幻ではないみたいだな!」


「………!」


「ぬおおっ!」


 巨大天狗が再度刀を振り下ろし、地面が砕かれる。その際に浮かび上がった塊を足場代わりに利用して、法慶が天狗の顔近くに迫る。十市が声を上げる。


「おお、身軽!」


「もらった!」


 法慶が薙刀を振りかざす。


「!」


「うわっ!」


 天狗が素早く刀を振る。法慶はなんとか直撃を避けたものの、空中でくるりと体勢をひっくり返されてしまう。十市が叫ぶ。


「法慶さん!」


「なんの!」


「⁉」


 法慶が尻から強力な火炎を放射する。予期せぬ攻撃に天狗がたじろぐ。法慶が笑う。


「ふははっ! どうだ!」


「火炎放射は良いんだが……」


「微妙~」


 尻に火が付いたようにしか見えない法慶の姿に十市と賑が揃って渋い表情になる。


「……‼」


「どわっ⁉」


 火を振り払う天狗の手が当たり、法慶は吹っ飛ばされ、地面に落下する。賑が声を上げる。


「お坊さん!」


「……ぐっ……」


「あっ、平気みたい」


「切り替えが早いな!」


 十市が困惑する。賑が指を差す。


「今度はこっちを狙っているよ!」


「む⁉」


 十市が振り返ると、巨大天狗が刀を振りかざすのが見える。


「………」


「あんなの喰らったらひとたまりもねえ!」


 十市が高速で移動を始める。


「…………!」


「へっ、この速さにはついてこれねえだろう!」


「おっきい天狗さん、戸惑っているみたいだよ!」


「だろうな、今の内に!」


「‼」


 十市が素早く矢を放ち、巨大天狗の片目を射抜く。巨大天狗が苦しげに体をのけ反らせる。


「どんどん行くぜ!」


「……………!」


「うわっ!」


 巨大天狗が刀から扇子に持ち替え、その扇子を思い切り扇ぐと、突風が巻き起こり、十市が足場の岩ごと吹っ飛ばされ、近くの岸壁に激突する。賑が声を上げる。


「といっちゃん!」


「……ぐうっ……」


「あ、大丈夫みたいだね」


 切り替えた賑は視線を巨大天狗に戻す。


「……………」


 巨大天狗が賑の方に一歩踏み出す。


「近づかないで!」


「………………」


「無視⁉ 感じ悪い~」


 巨大天狗がゆっくりと賑に近づいてくる。


「…………………」


「しょうがないなあ! え~い!」


「……⁉」


 賑が両手を真似に突き出すと、巨大天狗の動きが止まる。


「ふふん♪」


「………………!」


「戸惑っているね~ ついでにこれをどうぞ!」


 賑が首を振ると、近くにあった大岩が浮かび上がり、巨大天狗にぶつかる。


「‼」


 巨大天狗がよろめく。


「どうかな? って、ええっ⁉」


 巨大天狗が体勢を立て直し、賑に向かって足を上げ、踏みつぶそうとする。法慶が叫ぶ。


「賑!」


「! ……⁉」


 思わず目をつむった賑が目を開けると、喉元を下から上に切り裂かれた巨大天狗の姿があった。天狗の真上には翼の生えた馬に跨った総髪の美男子が剣を振りかざしていた。


「間に合ったか?」


「義成さま!」


 総髪の美男子に対し、賑が嬉しそうな声を上げる。十市が苦笑気味に呟く。


「ギリギリなんだよ、いつも……」


 義成と呼ばれた美男子が地面に着地すると同時に、巨大天狗たちが霧消する。賑が驚く。


「こ、これは……!」


「痕跡を残さないようにって、そういう術だろう?」


 義成が剣を鞘に納めながら分析する。近づいてきた法慶が問う。


「痕跡を残さないようにとはつまり……」


「刺客の類だろうな」


「! や、やはり、我々だけでは危険です! 一度平泉に戻りましょう!」


「どうせ鎮西将軍の位に就けと枷をはめられるだけだろう、そいつはごめんだ」


 義成は首をすくめる。


「で、では、どうされる⁉」


「……この狭い天下に留まらず、天の上に昇る!」


「お、御曹司!」


 義成は馬の翼を羽ばたかせ、空高く舞い上がる。


――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――


 日本は十の道州と二つの特別区に別れた。


 十の道州の内の一つ、東北道は他の勢力からの侵攻にさらされ、窮地に陥る。


 しかし、『天からの授かりもの』、天馬の大量生産によって、機動力を中心に軍事力が、『大地の恵み』、金の大量産出によって、経済力がそれぞれ大いに向上し、他の勢力とも対等、あるいはそれ以上に戦えるようになった。中枢にいる者たちは由緒ある血統と英雄の素質を併せ持った『御曹司』を上に戴こうとした。しかし、若者はその思惑を良しとしなかった。


 その美男子は卓越した剣技と身のこなしを誇る。


 天馬を自らの手足のように自由に扱える。


 その奔放な振る舞いが玉に瑕だとも魅力的だとも人々は言う。


 才気を迸らせて英雄への道を一足飛びで駆け抜ける。


天翔あまかける英雄えいゆう


 源義成みなもとよしなり


 奥州から天馬に跨り大きく羽ばたく。


 最後に笑うのは誰だ。

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