嗚呼!神様、今世は推しと結婚させて下さい!!

五月七日

やっと、会えた。私の小夜啼鳥。

第1話 かぐや姫は小夜啼鳥をお求めになる

 小夜啼鳥さよなきどりという童話を知っているだろうか?

 それはかの有名な童話作家の書いたものであるが、あまり知られてない物語だ。

 そんな物語の絵本をとある女の子が待ち時間の暇つぶしに手にした。水墨画のような絵がなんとも味のある絵本だった。女の子の年齢からすれば少しばかり難しい絵本ではあった。

 けれど、女の子はその美しくも悲しい物語に心を奪われてしまった。

 「小夜啼鳥、あなたはどうして皇帝の元を去ったの……? あなたはきっと……」

 その答えは作者しか知らない。それは幼き彼女にもわかっていた。

 読んだのはたった一度であったため、女の子はいつの間にかタイトルも作者も忘れてしまった。

 けれど、美しくも悲しい物語だったことは覚え続けていた。


 日本の首都に月見里やまなしグループという金融業界では右に出る者はいない月見里銀行の本店がある。月見里グループは元財閥だ。

 その一人娘、輝夜は月のように美しく、切れ者で、求婚者が絶えないことからかぐや姫の再来と呼ばれていた。

「月見里さんだ……!」

「この前のテストも学年1位だったそうよ!」

「街を歩いたらスカウトされるからお外に出る時はお付きのものがいるんですって!」

 そう彼女の通う高校でもこの通り注目を集めるほどには。

 ここって本当に前世で功績を残した転生者の集まりなの……?

 ただの日本最古の古典の登場人物にここまで注目するなんて。

「今世も私は異邦人なのかしら」

 輝夜は前世と変わらない視線にため息をつくしか無かった。

 ここ、私立万里一空高等学園は名の知れた高校ではあるが、その全貌は謎に包まれていた。在校生、卒業生、教員、全員この学園の内情を口外しないことにも起因する。

「寮は無料、環境も私立大学より上、なのに学費は県立高校より安い……。こんな怪しい学校なのに生徒はある程度そろっている」

 周りを見ればどこでもいそうな生徒ばかりだ。中にはわざわざ北の果てから南の果てまでこの学園に来る者もいる。けれど、輝夜にはわかっていた。そのうちに秘める才能は並々ならぬものだと。

「さすが、私をスカウトした理事長さんね」

 この学校の入学条件はただ一つ、理事長にスカウトされた学生だ。

 そして、私もスカウトされ面接で「かぐや姫の生まれ変わりだろう?」と見透かされてしまった。帝でも見抜けなかった前世の身分を!

 でも、いいの。この学校に来なかったら私は、あの美しくて悲しい物語の作者を知らなかったのだから。


 世の中にはガチ恋という言葉がある。人によって意味は異なるだろうが、主にアイドルや物語の登場人物など手の届かない人物に本気で恋をしてしまう人達のことだ。

 そして、この輝夜姫の生まれ変わりもまたガチ恋なのである。

 「アンデルセン童話傑作集、いつ読んでも美しいわ……」

 図書館に用意された個室で輝夜はほぅとため息をついた。多くの風流溢れる和歌がうたわれた平安。そのどの歌を彼女に送ったとしても、これほどまでに恍惚とした表情にはならないだろう。

 この学校の図書室は大学のようになっており、生徒や教師であれば何時間でも個室まで使える。個室は予約しなくても常に空きがあるほど数は用意されている。もちろん書物もだ。この図書館の中には月見里グループでも手に入れられない貴重な本も蔵書している。

「スズの兵隊の歌の翻訳はやっぱり翻訳家によって変わるのがいい所。私はやっぱり別れを惜しむ踊り子の歌の方が好きだけれど、原作の翻訳からして第三者が兵隊の死を運命と歌っているのが正しいのよね……」

 難しいところね……と輝夜は悩む。自分の中の解釈が二つで戦っているのだ。好きな方を選ぶか、原作を尊重するかで。

 その時、彼女の思考を引っ張るものがあった。

「通り過ぎる季節の中 僕たちが語り合えるなら」

 高く透き通った声が微かに聞こえる。霧の中を確かに通り抜ける矢のように、けれど優しくも悲しい声だった。

 解釈一致を決める戦いが止まった。それほどこの声は美しかったのだ。

 輝夜は急に走り出した。理由は分からない。けれど本能が声の主の元へと行くべきだと叫んでるのだ。

「美術室……!」

 芸術コースの人達が集まる西館の三階。そこが美術室だ。タンタンタンと階段を上がる音がどこか軽い。輝夜の息は上がってるはずなのに、顔は涼しげだ。

 『美術室』と、毛筆で書かれた紙が扉に貼られている。声は確かにその向こうから聞こえてくる。引き戸に手をかけると心臓が何故かバクバクと音を立てる。

 そして、一気に引いた。

 美術室の中に一人だけいる少年が囀りをやめた。ヤグルマギクさながら青い瞳が美しくも悲しかった。

 輝夜はその少年を目にした瞬間、この世界で初めて美しいものに出会えたと心から感動していた。

 前世から数多の芸術に触れても、顔の整った異性を見ても揺らがなかった心が今、初めて。

「やっと見つけた、私の小夜啼鳥」

 少年の美しくも悲しい瞳が開かれた。けれど、それは一瞬ですぐ立ち上がった。

 少年は机に置いている切り絵を片付け始める。その動作一つ一つが洗練された動きであり、まるで役者のようだ。そしてすぐ美術室を出て行ってしまった。

 小夜啼鳥に出会った皇帝も同じだったのだろうか。その美しくも悲しい姿に、心奪われてしまったのだろうか。

 輝夜はこの日、初めての体験が二つあった。

 名も知らぬ少年の美しさに感動したこと。

 生きている人に心を奪われたことだ。


「月見里さん!」

「はい!」

 今日で輝夜が授業で名前を繰り返し呼ばれること十回目。さすがの周りも異常事態だと気づき始めている。満月のごとく完璧な輝夜が授業に集中出来ないほど虚空を見つめているのだ。

 それはすぐに学校中に知れ渡った。

 体調が悪いのか。

 いや、月見里さんは風邪で熱を出していても平然とテストで学年一位をたたき出したぞ。

 じゃあ、好きな人が出来た……? 

 それしかない! 

 でも、あの月見里さんに釣り合う美男がいるのかこの学校に!?

「みんなの視線を感じる……」

 何でだろう、私を見てはこの学校の男子生徒の名前を挙げているのが聞こえる。この学校でもそうなのね……。

 私は、もう一度あの人に会いたい。あの人は私の愛してやまないアンデルセンと同じくらいの「何か」があるの。

 あぁ~! もう早く授業終わって!


 HRが終わったあと、輝夜は美術室に真っ先に向かった。その顔は緊張と高揚に満ち溢れている。率直に言ってしまえば変ににやけているのだ。

 音を立てて戸を開いた瞬間、輝夜は言い放った。

「私と結婚してください! 小夜啼鳥!」

 え、なんでこの言葉が出てくるのかしら。

 自分に対する冷静なツッコミが徐々に目の前の現実と乖離させていく。

「え、ボク……?」

 そう、大きなキャンバスに向かっていた生徒は困惑しながら振り向く。赤い巻き毛の三つ編みがなんとも可愛らしい。

 え、なんであの人はいないの! というか、目の前にいるのって……。

「女の子じゃない!!」

 月見里輝夜十六歳。

 人生初めての告白は、誤って別の人物(女性)に向けられた。


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