昔ばなしにしよう
谷口みのり
短編
世間ではいよいよ梅雨本番といったところで、折り畳み傘が手放せない毎日。今朝のニュースでも今日の降水確率は九十パーセントだって言っていたのに、私はうっかり傘を家の玄関に置いて来てしまった。昼から雨は降り続いているが、小雨といったところだ。これ以上激しくならないことだけを願いながら、私は学校から駅に向かう。しかし、こういう場合、大抵神様は言うことを聞いてはくれない。私が学校の敷地を出た途端、しとしとと美しかった雨は一気に形相を変えた。私は急いで駅に走った。
駅に着くと、雨の影響で電車が遅れているというアナウンス。部活がない水曜日、せっかくたくさん時間があるから、私は早く家に帰って録りためたアニメでも一気見しようと思っていたのに…と少し残念な気持ちになった。でも仕方がないなと思い直し、駅の中のカフェで時間を潰すことにした。
「カフェモカのホットを一つ」
雨に濡れて体が冷え切っていたので、私は暖かい飲み物を注文し、ドリンクができるまで列に並んで待っていた。
「甘いのが好きなのは、変わってないんだ。まだまだお子ちゃまだね」
突然後ろから私に浴びせられた声。私はすぐにそれが誰の声か分かった。だって、それは今一番会いたくて、一番会いたくない君だったから。私は適当に
「一言多いのは変わってないみたいだね」
なんて返しながら、ドリンクを受け取り、席に移動した。せっかく一人掛けの席に座ったというのに、君はわざわざ椅子を動かして、同じ席に座ってきた。
「私何か悪いことしましたっけ」
そっけない私の機嫌をうかがうように君がこう聞いた。うん、もちろん君は何一つ私を怒らせるようなことなんてしていないさ。私はまた、自分の幼さに呆れてしまった。
昔から私にとって君は良きライバルであり、一番信頼できる友であった。人に対してなかなか素直になれない私に君はしつこ過ぎるくらいかまってくるし、ありのままの私を受け入れてくれる。私は、そんな君と過ごす時間が好きだった。君といると楽しくてたまらなかった。そしていつしか私は君のようになりたいと思い始めた。私は決して器用じゃないけど、君のようにかわいく笑える女の子になりたいと。誰にでも優しくふるまえるようになりたいと。でも君がいると君に甘えてしまって、自分がダメになってしまいそうだった。だから君と少し距離を置こうと、違う進学先を選んだというのに、思いがけないところでこうして再会してしまった。
「新生活はどう? 楽しい?」
「もちろん。楽しすぎてたまらないよ」
相変わらずいきいきとした君の声。私はどこか懐かしくて、どこか寂しくなった。
「あとね、また吹奏楽続けることにしたんだ」
「吹奏楽かあ。私も見学に行ってみたけど、私は吹奏楽がしたいわけじゃなくてどこかの誰かさんと一緒に何か頑張りたかったんだって気付いちゃって、適当にマネージャーでもしてるよ」
「どこかの誰かさんって誰のことかしら。でもいいじゃん。何か一つでも頑張れることがあればさ」
君は昔からこんな風に何に対しても前向きだったな、なんて思いながら、しばらくいろいろな話をした。
担任の先生が癖強めなこと。勉強が既に難しいこと。部活の先輩がイケメンなこと。売店のパンが案外おいしいこと。私たちは他愛もない話で盛り上がった。
「友達はできた?私以外に」
君がにやにやしながら聞いてくる。
「だから一言多いんだって。友達はできたよ。いつまでも誰かさんに助けてもらってばっかりじゃあねえ……」
「そっかそっか。お母さん安心したよ。もう一人でも大丈夫みたいだね」
「うん。もちろん」
君を安心させようと私はこんなことを言ったけれど、それを聞いた君は少し寂しそうだった。ねえ、そんな顔しないでよ。また過去に戻りたくなっちゃうじゃない。私は一人でも大丈夫って必死に自分に言い聞かせてきたのに、今日ここで君に会ってしまったから、また自分の気持ちに負けてしまいそうになった。落ち着くためにカフェモカを一口飲んだ。
「ねえ、話があるんだけど」
気が付いたら私はこう言っていた。
「ん?どうかし…。」
――大雨のため三十分ほど遅れていました○○線○○行き普通列車は五時四十分頃、四番乗り場に参ります――
「あ、私が乗る電車だ。急がないと。あ、でもなんか話の途中だったよね」
「いや。大丈夫だよ。なんて言おうとしてたか忘れちゃった」
ああ、嘘だ。本当は言いたかったこともはっきりと覚えている。私は変わってないな。
「本当に大丈夫?あなたは溜め込みすぎる癖があるからなんかあったらすぐ言ってよ。電話でもいいからさ」
また君に心の中を見透かされたような気がしてドキッとした。でも、私がしたい話は悩みとかそういう類じゃない。
「うん。ありがとう」
僕は元気よく返事をした後、君の連絡先を完全に削除した。
昔ばなしにしよう 谷口みのり @necoz
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