ヤンデレBLゲームの世界で主人公の護衛を任されている件について
さっくん柵
Case1 孤独症
第一話 既にクライマックス
灼熱。
踏みしめるアスファルトはフライパンのように熱されており、汗の雫がぽつりと色をつけた。
夏の真っただ中である。スーツと防弾チョッキを身につける護衛という職務は、一種の懲罰にも等しい。車の横に立ち、じっと遠くを眺める俺を訝しみ、通行人が時たま視線を寄越している。こころもいたい。
何人もの人間が通り過ぎる中――“第六感“が温度操作系なのか、冷気を纏いながら涼しげな顔で誰かが近くを横切る。”超能力”由来の冷たい空気が背中に掠めるのを感じながらも、目的の男が現れたのを目視する。耳元の無線に手を伸ばした。
「――こちら
『こちら
ぼそぼそと幾つか報告を熟した後、無線を切る。熱中症のせいなのか、気持ち由来なのかも分からない眩暈を覚えて、頭を抑えて大きく息を吐いた。
(ッだから、ヤンデレBLゲームの世界で主人公の護衛なんて、誰の考えた罰ゲームなんだよ――!)
そりゃ、攫われるし監禁されるし強姦されるだろう。薬も盛られるし、足の腱も切られるし、バッドエンドルートなら死ぬ。おあつらえ向きに、超能力の一種である“第六感”とやらが存在する世界だ。より「愛を囁く手段」は多彩になるだろう。
妹が話していた内容にドン引きしていただけなので――今どきのゲームって女の子そんな扱いなのかよ……。からの――っえ? 男? 男が男を取り合っ……? となったので、印象に残っていた――ゲームストーリーの詳細は知らないが、その拷問染みた愛情表現については覚えがある。
植物操作の第六感で、違法薬物レベルの依存症を植え付けたり。
温度操作の第六感で、監禁部屋以外を極寒にして逃げられなくしたり。
国防の要である結界を張る第六感を笠に着て、主人公を脅したり。
転移系の第六感で、主人公にマーキングして、何処に逃げても追いかけてきたり……。
あまりにも、主人公兼、俺の雇用主である
なんなら現在進行形で攫われているのだから始末に負えない。彼の家系は財閥の系譜を汲むため、身代金目当ての誘拐と考えられているようだが、俺はもう悟っている。緑坊ちゃんの処女は花と散ったことだろう、と……。
――そして、そんな坊ちゃんを連れ戻すのが、俺の仕事だった。
前世で一体どんな罪を犯せば、こんな波乱が前提の職に就くことになるのだろうか? 前世――このBLゲームが販売されていた世界線では罪を犯さずに生きていたつもりだが、ピタゴラスイッチ的に大罪判定を食らっている可能性が高い。
生まれた時代も世界も国も、何もかもが正にゲームの舞台の真っ只中。その中でも特に、転生後の家系が決め手だったように思う。俺の属する針葉家は、国家重鎮に血の最後の一滴までもを差し出すドマゾ一族なのだ。こんなもんヤンデレBLゲームの世界でなくても転生ガチャ大失敗である。
「はあ……」
真夏の太陽光を耐えながら、双眼鏡を覗く。坊ちゃんと推定ヤンデレ男は駅のトイレへ入ってから出てこない。俺はため息しか出ない。
まさかな。いやまさかね。
一時間近くして、推定ヤンデレ男のみが出てくる。これは好機だった。無線で突入を報告し、必要な荷物を持って俺もトイレへ侵入する。
トイレは幾つか使用中となっていた。片っ端からノックをすると、人は扉を開けるなり、筋肉だるまのでけぇ俺がでけぇ荷物(身代金と、俺の独断で坊ちゃんの着替え)を持っていることにビビり倒し、速やかに出て行ってくれた。
「坊ちゃん。……緑坊ちゃんでしょう。柊四です」
「……! ……しゅうじ……?」
最後に残った扉に囁きかけると、扉が開いた。枯れた声と共に、むうっとした臭い。嫌な予感が的中していたことにため息が出そうになった。流石に我慢した。
「坊ちゃん、お迎えに上がりました。お家に帰りましょう?」
隠しきれない安堵の表情に手を差し伸べるが、しかしその言葉を聞いた途端、坊ちゃんの様子は一変した。
「っ、い、嫌だ!」
精液やら何やらで汚れた服と、籠り切った青臭い臭い。持って来たタオルでひとまず涙の痕の残る顔を優しく拭ってやるが、それが決定打だったように、俺の手を強く握りながら、坊ちゃんはぽろぽろと新しい雫を零した。
「お、俺も……俺もあいつのこと愛してるんだ。だから逃げちゃダメなんだ。俺が逃げたらあいつが怒られる。お、俺だって、あいつのこと、っ好きなのに」
ストックホルム症候群か、それとも薬による洗脳か……と考え始めている俺を裏腹に、坊ちゃんは必死にヤンデレ男(確定)への愛を語った。
どうやら大学が同じ人物らしく、行動する内淡い恋心を抱くようになった、相手が自分を好いていてくれたのは監禁されて強姦された時に知った、とか。時間軸もぐちゃぐちゃに一心不乱に話してくれているが、何をどう聞いても両者正気ではない。
ヤンデレ男も自傷を始めたり、坊ちゃんから離れられなくなったり、と挙動がおかしくなっていたようだし、現状のハイリスクな性交渉の痕を見るに(特殊な性癖を持っていなければ)セックス依存症まで絡んでいそうだ。
「俺、あいつのことが、本当に好きなんだ……! だから、だから一緒に居たい。そうじゃないと変だ。今逃げたら、あいつのこと嫌いだと思われちゃう、柊四お願い、俺たちのこと見逃して……!」
懸命に話す坊ちゃんを観察した結果。首にある輪のような痣は首輪によるものだろうし、坊ちゃんはアブノーマルな性癖は持って居ないので、パートナーの同意なくトイレでセックスしていることになるし、なんなら強姦している段階でダメだ。ヤンデレっていうかDVでは? ボブは訝しんだ。
しかし頭ごなしに「そこに愛はあるんか?」などと否定するわけにもいくまい。彼は精神的に限界だ。例え好きな相手だとしても、監禁なんて行為は、加害者が交通事故に遭った瞬間被害者も死ぬという不安定で異常な状況なのである。その上暴力まで振るわれているのだ。そんなストレスをたっぷり味わった彼が、まともな精神状態のはずがない。
むやみに彼の意志を否定しては、傷ついた坊ちゃんの心が「親しいものに否定された」という事実に、更に痛めつけられる可能性が高い。その言葉がいかに真っ当でも、だ。
宥めるように頭を撫でてやり、一言告げてから、個室の外に出てタオルを水道で濡らす。坊ちゃんの元に戻り、それを手渡した。
「坊ちゃんのお話はお聞きしました。しかし、まずはお体を。着替えも持ってきていますから」
「う、ん……」
気温のせいでぬるいタオルで体を拭く様子を見ながら、抱えていたボストンバックを開く。
「それ……」
「ええ、鞄もお着替えも、坊ちゃんのいつものお召し物です。……ご尊父も心配しておられて、彼が選んでくださったのですよ」
坊ちゃんが好んでいた服を手渡し、タオルを受け取る。彼はそれをぎゅっと抱きしめて、しくしくと泣き始めた。
「っ……。っ、な、んで……涙、止ま、んない、の……!」
「坊ちゃん、これまでよく頑張りました。……あなたがご無事で、この柊四も漸く安心できます」
笑いかけ、もう一度頭を撫でる。坊ちゃんは俺に頭を押し付けて、泣きながら縋りついた。
「ほん、とに、ほんとに、ちゃんと、好きなのに! ――こわかった……! 怖かったよぉ……!!」
「ええ、ええ。もう大丈夫ですから」
しかし、それでもまだ愛が尽きていないところが、主人公たる所以なのだろうか……。懐が広すぎる……。
背中を何度も撫でてやり、彼が落ち着くまで待った。坊ちゃんが上半身を着替えるところを見守りながら、体についた傷跡が意外と少ないことに驚く。但し、噛み跡とキスマークを除く。
(暴力痕なし、注射痕なし。薬を使用されていたとして、経口摂取タイプか粘膜か? ……とはいえ、単純な暴力はなかったみたいだな……)
過剰に痩せている様子もない。くぉれは……うーん……。ラブ……なのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます