居酒屋にあるとテンションがあがるモノの話

冲田

居酒屋にあるとテンションがあがるモノの話

 少し暗めの照明。テーブル席やいくつかの掘りごたつの個室。比較的若い客層で騒がしい店内。ここは、全国で良く見る居酒屋チェーンだ。


「席に座ってすぐに出てくるおしぼりが、夏はキンと冷えてて冬は熱々なの、テンションあがるよなぁ!」

「そうなんすか? まあ、逆よりはいいっすね。 俺はそれより、注文取りに来てくれる女の子が超可愛いとテンション上がるっす」


 上司と部下っぽいサラリーマンのこんな会話が、注文を取りに行く直前に聞こえてしまった。

 ごめんね! このあと超可愛くもない僕が行って、あなたのテンション下げちゃうぞ!



 そう、僕はこの居酒屋のしがないバイト。部下っぽい人の明らかにがっかりした顔にもニコニコと対応しなければならない。


「はい! よろこんでー!」

 と大声で叫びながらね。


 とはいえ、こんな些末さまつなことをいちいち気にしてもいられない。今日は金曜日の夜。目の回る忙しさだ。ひと仕事終わって楽しく飲んでいる人たちを尻目に、僕はあくせくと働く。

 愚痴は言えど、この居酒屋バイトは嫌ではない。やりがいはあるし、店長も先輩たちも優しいし、客層もまあ悪くはないし、何より給料が驚くほど良い。



 また新しい客が来店してきた。


「いらっしゃいませぇ〜! 何名様で……」

「店長はいるか?」


 元気に明るく出迎えた僕の出鼻をくじくように、怖いお兄さんがドスのきいた声で言った。

 僕は内心めちゃくちゃビビりながら


「えっと……少々、お待ち、ください……!」


 と、途切れ途切れに言うのが精一杯。

 慌てて、バックヤードにいる店長を呼びに行った。



 店長は、いつものほがらかな顔をキッと引き締めて、怖いお兄さんの前に立った。二人の間に緊張が走る。


「金曜の夜はやめていただきたいんですがね」

 店長が、大きなため息でもつきそうな調子で言った。


「やめていただきたいもなにも、曜日や時間を指定できるものじゃないからな」

 怖いお兄さんが答える。


 その答えは想定内だとばかりに、店長は僕とお兄さんに向かって、手振りでついてくるように指示した。なんというか、客に対する態度じゃない。


「このバイトくんは? いいのか?」

「いいよ。次の担当にしようと思ってたんだ」


 担当ってなんの? このお兄さんの相手とかそういうこと? 居酒屋チェーンで担当とかイメージわかないけど……。


 店長は僕らを、店内奥にある個室に案内した。どんなに店が混んでいても使ったことがない、カラオケセットもある防音の個室だ。

 他の個室よりも豪華な作りで、床の間や掛け軸なんかがある。密かにそうかもしれないとは思っていたけれど、VIPビップルームってやつなんだろうか。こんな居酒屋チェーンで。



 店長は個室のドアをしっかりと閉めると、


「そこのIHアイエイチのスイッチ入れて」と、僕に言った。


 その訳のわからない指示に、思わず「え?」と返事をする。

 だって、堀りごたつのテーブルには、鍋を温めるためのIHが確かにしつらえられていたけれど、鍋も料理もなにも、温めるモノがそのテーブルには乗っていないのだ。

 店長に促されたので、訳はわからないまま、僕は言われた通りにスイッチを押してみた。



 掘りごたつのテーブルから、何かの駆動音がして、僕は思わずそこから離れる。

 テーブルはガチャンガチャンと派手にトランスフォームして、パソコンのキーボードのようなものや、小さなモニターや、いくつもの謎のボタンで構成される物体になった。その正面の壁には、カラオケ用だと思っていたプロジェクターから、いくつかの画面が映し出されている。

 店長とお兄さんは、掛け軸の後ろにあった隠し扉から続く、隠し部屋に入っていった。ん? この店の間取りどうなってんだ?

 暗い個室とは対照的に、隠し部屋は眩しいくらいの真っ白な照明で照らされている。その壁面にはズラリと、ライフルのようなものが一面に並んでいた。


 目を丸くする僕に向かって、店長はニヤリと笑った。


「実はココ、政府お抱えの秘密部隊の基地になっててね。このお兄さんはこれから出動。私は後方支援ってわけさ」

 彼はインカムを耳に取り付けながら言う。


「え……秘密って……そんなの、僕が見ちゃってよかったんですか?」

「秘密を知ったからには、これからはココの担当になってもらうよ? はじめはわからないことだらけだろうけど、何をやるかはちゃんと教えるし。私が見込んだキミなら、きっとやれるよ」


「じゃあ、店長にバイトくん。支援、頼りにしてるぜ」


 お兄さんはそう言うと、武器を抱えて隠し部屋の奥に消えていく。きっと、他にも秘密の出入り口があったんだろう。

 店長はというと、さっきまで掘りごたつだったコンピュータらしき物体の前に座ると、気合を入れるように指を鳴らし、キーボードを叩きはじめた。



 まるでハリウッド映画でも見ているようだ。

「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」が詰め込まれたようなこの展開。

 はい、もちろん大好きです! 居酒屋にこんなものが隠されていて、テンションがあがらない男などいるだろうか!



終わり

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