第27話
ランカは息を切らして家の中に入るも玄関を勢いよく閉めると、大きく息を吐いて扉にもたれながらずるずるとその場に座り込んだ。
熱いままの頬を両手で挟み込む。なかなか熱が冷めない上に、ファルトに抱きしめられたことや、彼の言葉を思い出すとさらに顔から火が出そうなほど赤くなるのがわかった。
はっきりと言葉にされて、ランカは自分が嬉しかったことに気づいたのだ。ただ、自分が本当にファルトと同じように彼を好きなのかがよく分からない。経験がゼロな自分の気持ちを理解するのは難しい。
でも、それはそれとしても!人のベッドで爆睡するなんて……!!
なによりそれが恥ずかしすぎて頭を抱えた。しかも相手は病人だ。病人を追い出して寝ているなんて。
……ないわ。
「レモレに相談しようかな……」
そんな風に思いながら、ようやくランカは立ち上がり、寝室にいくと何も考えたくなくて倒れるように寝てしまった。
それからの数日間はファルトとの通信機での会話はまるで最初の頃のようにぎこちないものになった。それでもファルトからいつもの時間に連絡があるとホッとしたし、安心した。心が温かくなる気がして、ランカは次第に自分の気持ちがなんとなくわかってきた気がした。
あっという間に週末になり、約束した古代復元都市のイベントの開催日だ。
家にある唯一の姿見で、自分の格好を確認する。今日はドミエの魔女として行くわけではないため、当然魔女の服装は着ていないし、帽子も壁に掛けられたままだ。
今日は落ち着いた水色のストライプのワンピースだ。長い銀色の髪を束ねてポニーテールにしており、同じ色のリボンで縛っている。
待って待って、気合い入れすぎ?
いつもより化粧は控えめで、普段ランカより可愛らしい姿なのだが、いつもとの自分の差に本人が落ち着かない。
ランカにとっては、化粧も魔女になるための一つの道具だ。今日はそれを何一つ身につけていないのだから不安にもなる。
昨日レモレに見てもらったのだが、レモレは大絶賛してくれたが、どこまで信じていいかわからない。
やっぱりもうちょっと違う格好の方が……?
しばらく鏡の前にいたのだが、出発の時間であることに気づきランカは慌ててショルダーケースだけ掴み家を出た。
ランカは大きな音を立てる心臓をなんとか落ち着かせ、待ち合わせの場所に向かう。お互い復元都市に向かった方が良さそう言うことになり、現地で集まることになったのだ。
王都から復元都市はそれなりに距離があるが、移動用ポータルによって繋がっている。復元都市はこの国の元の王都と言われており、その昔は主要な機能がそこに配備されていたとされている。
事前の申請で許可を得られれば、ある程度自由に移動ポータルは利用が出来る。なんせ復元都市は現在は観光都市である。自由に行き来出来なければ観光にもならない。
待ち合わせ場所は復元都市の北側の入り口で、最もポータルに近い場所だ。ランカがついたときにはファルトはもうそこにいた。
近くにいる女性たちがみんなチラチラとファルトの姿を見ているのを見つけて、なんとも言えない気分になる。
まぁ、かっこいいよね。
今日は士官のコートを着ていないが、そこに立っているだけで当然のように目立つ。金髪碧眼の容姿端麗な男性が一人で立ってたら、みたくもなる。なんなら声を掛けてみようと言う人だっているだろう。
歩きながら近づくと、ファルトの方がこちらに気づき顔を上げた。目が合うと嬉しそうに微笑まれて、周りの女性たちがちょっとがっかりした表情をしたのが、なんともいえない優越感を生み出す。
って、私も友人の一人にすぎないんだけど……。
若干遠い目になりそうになって、なんとか自分を引き戻す。
さっきまで気になっていた周りの視線は、ファルトを見てしまうとどこかに吹っ飛んだ。また心臓が激しく鳴りだすため、なんとか落ち着けようと大きく深呼吸する。
「お、はよう」
歯切れの悪いランカの挨拶もファルトは特に気にならなかったようだ。
「おはよう。もう開いてるみたいだ」
復元都市のイベント不定期で開催されており、今回もそんなイベントのひとつで、今日のイベントのメインは発掘である。
「今まで解放されてなかったエリアだからか、人が多いね」
「あぁ。特に神殿に近いエリアだから人気なんじゃないか?」
周りを見ると結構な人がいる。イベント内容によっては閑散とすることもあるのだが、今日は盛況のようだ。
古代復元都市の作りとしては、大きく三つに分かれている。中央の神殿エリア、町エリア、そして遺跡エリアだ。その内、神殿エリアと町エリアの建物は復元した建物があるのだが、遺跡エリアはその名の通り、当時のものが残っている場所である。
しかし、発掘場所はどのエリアにも残っており、特に神殿エリアはあまりこれまで開放されていなかったエリアのため、今回イベントに参加しようと言う人が多いようだ。
普通に話しできてる?
少し緊張するところはあったが、ファルトがいつもと同じ感じで話してくれるため気にせずに話ができる。
もしかして気にしてるのは私だけ……?
この間の件、よく考えれば私は聞いたけど、ファルトは自分が言った記憶がかもしれない。夢だと思ってたぐらいだ、あり得る。
それに今日は楽しめばいいってレモレも言ってたし。
ランカはファルトの隣を歩き始めた時点で、あれこれの一切を気にすることをやめることにした。
復元都市に入る時には服を着替える必要がある。どう言うわけかそれが入場の条件で、最初にこの規則を決めた人の意図を聞いてみたい。しかし、これも人気の理由の一つだ。
基本的に衣装は貸し出しではあるが、マニアは自作の衣装を持ってくる場合もある。しかし、運営会社の徹底的な審査の上許可が降りなければならず、なかなか厳しいものもある。
入り口に用意されている貸衣装屋へ行くと、色とりどりの衣装が室内一面に飾られている。古代王国での衣装を再現されており、一番の特徴はその刺繍だ。金を始めとした様々色の糸で刺繍が施されており、鮮やかなものが多い。ランカはこの衣装を見るのも好きだった。これ自体は古くなくても、この刺繍などは昔のものを真似ており、古語が混ぜられていたりもする。
「どれにしよう」
ランカが迷っている隣でファルトはさっさと衣装を選択していた。白い長いシャツに黒地に刺繍がされたベストと幅の広い青いサッシュベルトというこの衣装の中では非常にシンプルなものだが、想像しただけで似合うとランカは思った。
ランカも慌てて白いワンピースに赤紫の長衣を羽織るタイプのものを選ぶ。着慣れた形のものの方が発掘を考えると楽だからだ。
お互い衣装を選んだのを確認すると「じゃあまた後で」と着替えのために一時離れる。
服を着替えながらランカはふとこの場所に誰かと一緒に来ること自体が初めてであることに気づく。いつものんびり衣装を選んで、自分のペースで発掘を楽しみ、自分の好きなエリアを回る。ちなみにレモレを誘ったことはあるが「あんな退屈なとこにはいかない」と断られた。実にレモレららしい。
衣装を着替えて出ると、すでにファルトが着替え終わっていた。金色の髪に黒いベストがよく映え、想像通り似合っており、店員や他の客すら見惚れている。その彼の前に立つのが気恥ずかしく、歩み寄るかどうか迷っているとファルトの方が近づいて来た。
「よく似合ってる」
そう言われただけなのに、ランカは自分の顔が赤くなるのがわかって俯いてしまう。
「リボンの色、変えても?」
ファルトの言葉に、「あ」とランカが呟く頃にはファルトの詠唱でリボンの色が水色から赤紫に変わる。思わず見上げると、満足げな表情のファルトがいた。
「自分でやるのに……」
「それはすまない。じゃあ、早く出よう」
ランカの言葉を気にした様子もないファルトに促されて、二人は店を出た。
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