第25話

 奥へと進み入った部屋は、テーブルと2脚の椅子が並べられ、簡単な料理ができるようなキッチンのある場所だった。そういえばと思いながら、紙袋を覗くとやはり食料が入っていた。傷みそうなものはないかだけ確認してそのテーブルに紙袋と鍵を置かせてもらう。

 しかし、ここにはファルトの姿はない。


 もう1つ扉を見つけて開いてみるが、そこはシャワー室のようだった。

 さらに部屋の反対側にある扉を開くとそこが寝室兼書斎になっているようだった。机と本棚、ベットしかない部屋で、ベッドに膨らみがあるのをみてなぜかホッとする。

 ただもっと魔法道具で溢れている部屋を想像していたため、全くものがない部屋に驚いた。魔法道具に関する本や古語の本が並べられているのはパッと背表紙を見るだけでわかる。なぜなら自分も同じ本を持っているからだ。

 

 ランカはできるだけ足音を立てないようにゆっくりとベッドに近づいた。

 するとそこには、少し苦しそうな顔をしながら寝ているファルトがいた。一昨日見た時と同じような顔で思わずベッドサイドに寄る。

 

「つらそう……」

 ファルトにとってはよくないことなのに、昨日連絡がもらえなかったことに対する理由がわかりホッとする自分がいる。

 少し息が荒く苦しそうなファルトの額に手をやるとその熱さに驚く。

「熱がひどい」


 残念ながら風邪は魔法で治すことはできない。体に風邪を引き起こす原因を全て取り除くというのがなかなか難しい行為で、昔から研究をされている分野ではあるものの、風邪については薬に頼ることが多いのだ。


 ランカはポケットにしまった回復薬を取り出す。風邪専用の薬ではないが、体力が回復すれば少し楽になることはわかっている。

「飲めるかな」

 細い瓶の出来るだけ少量でも効果の高いものを選んで入れてきたのだ、ちょっと口に入ればそれなりに効果があるだろう。ランカはきゅぽんと音をさせて回復薬の瓶の蓋を取ると、ファルトの口元に瓶を差し向ける。

 じっと彼の唇を見ることになり、とてもいけないことをしている気分になる。少しカサついた唇が、彼の健康状態を表している気がしてランカは眉を寄せ、回復薬の瓶を傾ける。丁度少し口が開いていたため、案外楽に薬は彼の口の中へと流れた。

 コクンと喉元を通るのが確認できてホッとする。


「これで少し楽になるはず」

 しばらくファルトの様子を見ていると、きゅっと皺の寄っていた眉間が徐々にほぐれていき、苦しそうな顔が穏やかなものに変わる。それを見て、ランカはホッと息をつく。苦しくなくなったのを見ただけで、来てよかったなと思い、ランカは少し気分が上がった気がした。


 するとゆっくりファルトの瞼が動く。思わずびくりと肩を揺らしてしまい、心臓が再びドキドキと大きな音を鳴らす。部屋にいるランカを見てファルトがどんな反応をするのか、想像ができない。

 

 驚くだろうか、怒るだろうか、やっぱり嫌われるだろうか?

 うう、勝手に入ったしなぁ。

 

 そんなことを考えているうちに、ファルトと目が合った。しかし、まだぼんやりとしているのかすぐに大きな反応はない。慌てて先に喋ろうとランカは口を開く。

「あ、あのね、門前でヴィザさんに会って、お見舞いの品を運んで欲しいって頼まれて……!」

 色々言い訳がましいことを並べていたのだが、ファルトが聞いているのかよく分からないぐらい反応がない。

「ファルト?」

 思わず目の前で手を振ってみると、突然ガシッと手首を掴まれた。

「へ?」

 びっくりしすぎて変な声が出たが、ファルトはそのままランカを自分の方へ引っ張った。当然そんなことをされると思ってもいなかったランカは抵抗するまもなくベッドに倒れ込んだ。思い切りファルトの体の上に落ちるような形になり慌てる。

 そのままファルトはランカの背中に手を回し、ぎゅっとランカを抱きしめた。


「ファ、ファルト!?」

「部屋にランカがいるなんて、どれだけ都合がいい夢なんだ」

 耳元でそう囁かれて、ランカはカッと全身が熱くなる。


 ゆ、夢だと思ってるの!?


「ファルト、私……!」

 ランカはファルトの腕の中でびくりと硬直する。突然ファルトがランカの長い銀色の髪を優しく撫でてきたのだ。

「綺麗な髪だな。いつか触ってみたいと思っていたが、本物もこんな風にさらさらしてるのか?」

 目はまだぼんやりとしているのに、幸せそうな笑顔でそんなことを言われて、ますますランカは赤くなる。


 ほ、本物ですけど〜!!


「あ、あのね」

「通信機で毎日話せるようになったのは嬉しいんだ。でも、やっぱり会いたい気持ちが増えてくる。……好きだ、ランカ」

 さらに強く抱きしめられた上、言われたことにも動揺してしまい、もうランカは何も言えなくなった。

「ランカはそんな風には思ってないのは、わかってるけど……」

 少し悲しそうな言葉がでて、そのままファルトは目を閉じた。



 しばらくすると再び規則正しい寝息が聞こえてきて、ラルカはホッとする。ホッとしたのも束の間、ラルカはファルトの腕から抜け出せないことに気づく。寝ているはずなのに、力強く抱きしめられた腕から逃れることができない。


「離してー!」

 小声で声に出し、腕から抜け出そうとファルトの身体を押してみるが、びくともしない。

「ど、どうしよう……」

 何か魔法をと考えてみたが、ここは王宮だ。中での魔法の使用は制限されていると聞いている。10日ほどしかいなかったランカにはまだ制限の内容は完全に把握できていない。変なことをして衛兵や士官がやってくるなどと言うのは避けたい。


 何も思いつかない。


 どうしたらここから抜け出せるのか、頭で考えようと思っても全く頭が働かない。理由はわかっている。

 当然先ほどのファルトの言葉のせいだ。

 

 ファルトが森に再び現れた時は、直接的な言葉は発せず、「気持ちはある」そんな言い方をしていた。それでもなんとなく想像していたが、はっきりと言葉にされると、どうしていいか分からなくなった。そして、そんなに想われていたのかと、ようやく自覚した気がした。


 私は、どうなんだろう。

 ファルトの人となりはもうなんとなくわかっている。この数週間でも随分親しくなった気がするし、抱きしめられている腕は嫌じゃない。嫌じゃないし、むしろ……。


 思わず少し上にあるはずのファルトの顔を盗み見る。穏やかな表情に戻ったファルトがいた。眠る様子をじっと観察してしまう。

 このファルトの口から「好きだ」とはっきりと言われ、何をまともに考えられようか。いや、考えられない。


 そして、もう一度だけ抜け出すための悪あがきをしてみたものの、何の効果も得られなかった。次第にファルトの腕の温かさに、ランカは自分の瞼が閉じかけているのに気づく。


 昨日寝れなかったしなぁ……。


 そんなことを思いながら、ランカは今寝るのは良くないとわかっていながら、次第に抗えない眠りへと落ちて言った。

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