嘘つきな彼女
森川 朔
嘘つきな彼女
僕は嘘が嫌いだ。
大なり小なりみんな当たり前のように嘘をつく。それを別に悪いことだとは思わない。生きていくには必要な時だってあるのだろう。大人になれば尚更。それくらい高校生なのだから分かっている。ただ、理解しているからといって納得できるわけではない。僕にとって嘘は嫌悪の対象であり、同時に嘘をつく人間もまた嫌悪の対象なのだ。
なんでこんなことを考えているのか。それは、今日が世界で一番嘘をつかれる日であり、カレンダーを見て朝から辟易しているからに他ならない。
教室に入ると既に半分ぐらいの生徒がいた。それぞれ仲のいい者通し集まって他愛のない会話を楽しんでいる。
『さっきガチャしたら最高レアのキャラ引いたわ!』
『なぁ、今日の放課後カラオケでも行かない?』
『ごめん、今日は用事があって……』
『俺、昨日スクラッチで50万当たったわ!』
しょうもな。
鞄を机の横のフックに引っ掛け、中からイヤホンを取り出しスマホに繋げる。適当な音楽を選んで再生し、机の上に突っ伏し目を瞑る。こうしていれば誰かに話しかけられることはほとんど回避できるし、周りの話し声も遮断できるから一石二鳥だ。
「おはよう」
あとはこのまま朝礼まで過ごせればひとまずは安泰だろう。
「おーい、寝てるの?」
昼休みはいつもの通り部室に行けば問題ないし放課後はさっさと帰ればいい。
「ねぇ、起きてるんでしょ?」
とっとと先生がきてくれないだろうか。
「ふー」
「っ⁉」
耳に生暖かい空気があたり、思わず体をのけぞらせた。机に膝を強打しじんじんとしびれがやってくる。殊の外大きな音が出たせいか教室中の視線が僕に集まったが、すぐにそれぞれのグループに戻っていく。戻らなかったのは目の前にいる彼女一人だけだ。
「やっぱり起きてた」
彼女は口元に手を当てながらくすくすと笑う。笑うたび茶色に染められた髪がゆらゆらと揺れる。
「何か用か?」
彼女からイヤホンを奪い返しながら尋ねる。
「挨拶はきちんと返さないとダメだよ」
「耳に息を吹きかける挨拶なんて聞いたことないけど」
「それは君が挨拶を返さずに狸寝入りしていたからですー、ちゃんとおはようって言ってますー」
「はいはい、それは悪うござんした」
再びイヤホンを付けようとすると彼女が腕をつかんで止めてくる。白く細い腕だ。
「それで、返事は?」
「え?」
「あ・い・さ・つ」
彼女は口元を尖らせる。ころころと変わる表情も彼女がクラスの人気者になっている理由の一つなんだろう。
「……おはよう」
「声が小さいなー、それじゃあ社会人になったとき苦労するよー」
「お前は俺の母親か」
「えー、こんな目つきの悪い子供を産んだ記憶なんてないけど」
そう言って彼女はまたケタケタと笑顔を見せた。
彼女が僕に絡むようになったのは単純に席替えで隣の席になったからだろう。でなければクラスの中心人物である彼女が僕に絡むわけがない。と言うか、彼女に話しかけて欲しい男子なんてそれこそ山ほどいるのだから、僕以外の相手に標的を変えて貰いたい。毎回毎回男子の恨みがましい視線を浴びる身にもなって欲しい。
「じゃじゃん、クイズです!」
唐突に彼女が告げる。
「いきなりだな」
「今日は何の日でしょうか?」
「……」
「制限時間は20秒」
「……」
「ちなみに答えないと罰ゲームがあります」
「……拒否権は?」
「あると思う?」
彼女はにっこりと微笑むだけ。
「じゃあ、よーいスタート」
そう言うと彼女は「チッ、チッ、チッ」と時間を数え始める。
「わたぬきさんの苗字が生まれた日」
「えっ? わたぬき?」
彼女はぽかんとする。
「そう、四月一日に綿を抜いていたから四月一日でわたぬきって苗字になった説がある」
「へぇーそうなんだ、知らなかった」
「一つ賢くなって良かったな。じゃあ」
机に突っ伏そうとする前に彼女が「でも」と口を開く。
「私が思っている答えと違うから不正解です。あと5秒、4、3、2……」
「……エイプリルフール」
小さく答える。
「せいかーい、わかってるなら早く答えてよ。チッ、チッ、チッって数えるの恥ずかしいんだからね」
彼女は少しだけ頬を赤く染めた。そう思ってるならしなければいいのに……
「さて、そんなわけで今日はエイプリルフールなのです」
「そうだな」
「なので嘘をつく友達がいない可哀想な君の為に私が聞いて上げましょう」
酷い言われようなうえに、なんで上から目線?
「いや、大丈夫です」
「えー、何か言いなよー。合法的に嘘をついていい日なんだよ」
「興味ないから」
むしろ嫌いなんだよ。突き放すように返すと彼女は顔をうつむかせる。前髪に隠れて表情が見れない。
「……」
「……」
きつく言い過ぎただろうか。でも、そもそも絡んできたのは彼女だし……。
とは言え、もしこれで泣かれたりしたら後々面倒だ。針のむしろのような状況になっていることを想像して身震いする。
はぁ、こっちは目立たずひっそりと過ごしたいだけなのに……。
「……その、強く言い過ぎた。すまん」
「……」
「……」
「……ふふっ」
彼女は肩を揺らす。その揺れは次第に大きくなっていく。そこでようやく僕は騙されていたことに気づいた。
「泣いてると思った?」
悪びれることなく彼女は満面の笑みを浮かべた。猫のようにアーモンド形の大きな瞳が僕を捉える。
「ごめんね、ついついからかいたくなっちゃうんだよ」
「他の奴にしてくれよ、他の男子なら喜んで相手してくれるだろ」
「えーどうしよっかな?」
彼女は小首を傾げる。いちいちしぐさが可愛いのもムカつく。それに口ではそう言っているくせにそのつもりが微塵もないのも2重にムカつく。
「じゃじゃん、ここで第2問です」
「クイズまだ続いてたのかよ……」
「どうして君にちょっかいをかけてるのでしょうか? 制限時間は3秒。スタート」
「えっ⁉」
制限時間短すぎだろ。さっきの問題との時間配分どうなってんの?
「3、2、1、ぶっぶー、時間切れー 正解はね」
彼女はそっと近づき耳元で囁いた。
「君のことが好きだからだよ」
「はっ?」
思考が止まった。誰が? 誰を?
眼前にあるままの彼女がニコニコと笑う。近くで見るとより彼女の可愛さがわかる。って顔近い。壁に寄りかかるようにして彼女と距離を取った。
「あー、顔が赤くなってる」
「……うるさい」
「では最後の問題です」
「まだやるのか?」
予鈴のチャイムが鳴り、クラスメイト達がそれぞれ自分の席に戻っていく。
「1問目の答えは何だったでしょう?」
そんなの考えるまでもない。答えは。
「エイプリルフール。……あっ」
彼女は今日一番の笑みを浮かべた。
「やーい、引っかかったー」
教室の前のドアが開き担任が教壇に立つ。
「席につけー、出席取るぞ」
担任が出席を取る中、僕の頭の中は彼女の言葉で一杯になっていた。引っかかったと言っていた。つまりさっきの言葉は僕をからかうだけの嘘のはずだ。
でも、だとしたら……、どうして見えなかったんだ。
僕が嘘が嫌いだ。だからだろうか、僕には嘘を見分ける力がある。これまで外したことは一度だってない。
だから彼女のあの言葉に嘘はないはずだ。
教室内は担任のやる気のない出席が続いている。窓の外では春風に吹かれた桜が淡いピンクの花びらをひらひらと空に舞わせていた。
嘘つきな彼女 森川 朔 @tuzuri246
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