最後の一人は、もう一人の私

烏川 ハル

第1話

   

「最後の一人は……」

 全部で20人くらいの若者たちを前にして、黒いソバージュヘアの女性が運命の名前を告げようとする瞬間。

 私の頭の中では、幻聴のドラムロールが流れていた。


 とある大きな劇団のオーディションの会場だ。

 一般的な知名度は低いかもしれないが、演劇の世界では有名な劇団であり、役者志望の私にとっては憧れの劇団だった。

 団員募集オーディションの告知を見た時も「私ごときが受験するのはおこがましい」と思ってしまったほど。

 とはいえ、私だって小さな劇団でいくつもの舞台をこなし、演技の研鑽を積んできた。仲間たちも「アヤちゃんなら大丈夫」とか「きっと合格するよ」とか背中を押してくれて……。


 いざオーディション受験を決めてからの日々は、あっというまだった。

 書類選考だけでなく、一次審査も二次審査も通過。最終審査でも課題の演技を精一杯こなす。

 受験前の自信無さが嘘みたいに「もしかして合格できるのでは?」と思い始めたところで「合格者5名のうち4名の名前まで既に発表。その中に私の名前は含まれていない」という状況になっていた。


「……エントリーNo.9、タカハシアヤコさん!」

 会場に響き渡る声が、私を回想から現実に引き戻す。

 しかし「タカハシアヤコ」と聞いて、頭が真っ白になってしまう。

 高橋たかはし綾子あやこ、私の名前だ!

 確認の意味で、視線を落として……。

 自分の胸にある丸い番号札。『9』を見るやいなや、私は挙手していた。

「はい!」

 ほぼ同じタイミングで、もう一つの声が上がる。

「はい!」


「えっ?」

 思わず呟きながらそちらを見ると、二つ隣の女性だった。

 ぱっちりした瞳に、きりっと高めの鼻。すっきりした頬や小さくて形の良い唇など、まるで作り物みたいに整った顔立ちだ。

 私と目が合うと、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。彼女は右手を挙げたまま、左手でチョンチョンと胸の丸ワッペンを指差している。

 そこに記された数字は9だった。


 私は慌てて自分の番号を確認し直し、とんでもないミスに気が付く。

 上から見下ろす格好だから逆さまに見えただけで、実は私の番号は『9』ではなく『6』だったのだ。

「すいません、間違えました……」

 そう言いながら右手を下ろす。

 恥ずかしくて恥ずかしくて、今にもこの場から逃げ出したいくらいだ。

 どうやら私以外にもう一人、タカハシアヤコが受験していたらしい。

 考えようによってはタカハシもアヤコもありふれた名前だが、見間違えやすいエントリー番号になったことも含めたら、なんだか凄い偶然ではないか。

   

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