ケース8 じんめんそう㊼


 

「あぁぁぁああああああああああ」

 

 もう何度目かの獣のような咆哮を、動けぬ身体でかなめは受け止める。

 

 男の責め苦は壮絶を極めていた。

 

 しきりに弁明する少女の言葉の一切を男は無視して格子の戸を開け中に入った。

 

 内側から再び錠を掛けると、鍵を懐の奥に仕舞う。

 

 男の携えた七輪の中には赫々と炭火が燃え、時折爆ぜて火の粉を散らす。

 

 その中に、男は鉄の器具を差し入れて置き去りにすると、ジリジリ……ジリジリ……と少女に歩み寄っていった。

 

 少女の顔が恐怖に歪んだ。

 

 突然弾かれたように少女が駆け出すと、男もまた瞬きの内に少女に襲いかかり、ボサボサの髪を鷲掴みにした。

 

 その時「ぎゃっ……」と少女の声が漏れた。

 

 それが男の神経を逆撫でしたのか、はじめからそのつもりだったのかは分からない。

 

 兎に角、男は少女の上に馬乗りになると、しっかりと体重をかけて逃れられないようにして、何度も、何度もの、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……少女の顔に拳を振るった。

 

 痛みに喘ぐ苦悶の声と、拳と頬骨、拳と歯が衝突するゴツゴツとした音が響く。

 

 やがてその音は、肉の潰れる湿り気を帯び始めた。

 

 その頃には、少女の苦悶は泣き叫ぶ絶叫へと変わり、かなめの骨の髄を容赦なく震えさせるのだった。

 

「オ゙……お゙ュ゙る゙しぐだざい……! お゙ュ゙るじヺを゙……」


 しかし男は何も答えない。


 まるで聞こえていないかのように、拳を振るい続ける。


 ぐったりと少女が動かなくなると、男は脇に転がっていた人形を拾い上げて少女の隣に座らせた。


 終わった……?


 半ばそうであることを祈るような気持ちでかなめは二人を見ていた。


 しかしそんな願いが通じるわけもなく、男は七輪の方へと向かい、赤熱した焼鏝やきごてを手にして少女のもとに向かった。


 目を閉じたい。


 逃げ出したい。


 しかし身体は動かず、閉じようにも目は閉じず、これから起こる惨劇を見届けんと見開かれていた。


 涙すら出ず、視界はぼやけることもない。


 どうやら超常の何かが、これから行われる悍ましい行為の目撃者にかなめを選んだらしい。

 

 少女は燃える焼鏝に恐れをなして、なんとか逃げ出そうと這いずったが、何度も殴られ傷ついた脳では司令を身体に伝えることは出来なかった。

 

「今から貴様の声を、その穢らわしいなりを、薄汚れた霊魂を、この人形に封印してやる……! 貴様が自ら人形に入るのだ……その人形以外に、貴様の逃げ場は無いと心得よ……!」

 

「お゙ュ゙るしグださぃ゙……ぞのようなごとをずれ゙ば……母上に゙……母上に゙会えぬ゙ようになってじまいまず……」

 

「黙れ……二度とその口で……母上などと吐かすな……! 貴様を身ごもったせいで、あの女は死んだのだ……!」


 男は怒鳴ると焼鏝を少女の顔に擦り付けた。


 じゅゅ……と肉が熔ける音がして、同時に耳を覆いたくなるような悲鳴が木霊した。


「ノウマクンマンダバサラダン……ノウマクンマンダバサラダン……不動明王尊の御力を我に……! 悪しき霊魂よ人形に入りたまえぇええええ……!」


「嫌ぁあああああああ……‼ 阿ァあ亜ぁあああああああ゙あ゙……!」

 

「入るのだ……! 貴様の意志で入ると誓い申せ……!」

 

「嫌だぁあああああああああああ……!」

 

 男は唾を吐くと再び七輪の方へ行き、焼鏝を火にくべた。

 

 ついで焼床鋏やっとこを取り出すと、カチカチとそれを鳴らしてみせた。

 

「貴様が自ら縄につくまで、決して殺しはせんぞ……?」

 

 そう言って男は少女の顔を地面に押さえつけると、焼床鋏を少女の眼孔へと突き立てるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る