ケース8 じんめんそう②

 

 逆さになったカップの2にホーリーの視線が移った。


 ホーリーはカードをわざわざ元の向きに戻して山札に加えると、それを差し出し口を開く。


「じゃあ、この山を切ってくださる?」

 

 ホーリーの言葉に頷き女は山札を手に取ると一度だけカードを切って机に置いた。

 

「そういえば……自己紹介がまだでしたね……」

 

 女が口を開くとホーリーは人差し指を自身の唇に当てて言った。

 

「ごめんなさい。あまり知りたくないわ。占うのに必要ないから自己紹介は遠慮させていただけるかしら?」

 

 普段は気さくなホーリーの見せたどこか冷たい対応にかなめは驚きを隠せなかった。

 

 しかし女は「そう……」と一言呟いただけで、その表情に感情の起伏は見当たらない。

 

 ホーリーは気にする様子も見せずに山札を受け取るとふぅ……とため息を吐いて言った。

 

「さて! 何を占うのかしら?」

 

 女はホーリーの顔を真っ直ぐに見つめてボソリと呟いた。

 

「……彼岸……」

 

「え?」


 その冷たい響きにゾクリとして、かなめは思わず聞き返してしまった。


 一瞬ホーリーが眉を潜めて自分を見たので、かなめは慌てて口を押さえる。

 

「悲願です。悲願を果たせるかどうかを占っていただきたいの」

 

「いいわ。じゃあその悲願をはっきりと頭の中でイメージして……上からカードを五枚、裏向きのまま机に並べて頂戴」

 

 女がカードに手をかけたその途端、太陽が雲に隠れて辺りが薄暗くなった。

 

 燦々としたカフェの空気が、まるで凍りついたように動かなくなる。

 

 五枚のカードが並ぶ机を見つめるホーリーの目には普段とは異質な力が宿っていた。

 

「真ん中のカードを開いて」

 

 ホーリーの言葉で女はカードをめくった。

 

 見るとそこには燃えさかる塔から人々が投げ出された図柄が描かれている。

 

「正位置の塔……」

 

 そう呟くとホーリーは女から見て左端のカードをめくった。

 

 そこには反転した死神が佇んでいる。

 

「逆位置の死神……あたし、思ってもないことは言わない主義なの。だから怒らず聞いて頂戴ね? その悲願とやら、諦めた方がいいわ……あなたはそれに酷く固執してるみたい。そしてその結末は破滅的なものになる暗示が出てるの。悪いことは言わないから……」

 

「もう結構です」

 

 女はそう言って立ち上がると机に三万円を置き、先程までの物静かな佇まいが嘘のように険しい顔つきでホーリーを睨みつけた。


 陶器のよな白目には赤いひび割れが生じ、浮かぶ漆黒の瞳には禍々しい気配が宿っている。

 

 その気に当てられ、ホーリーも思わずごくりと息を呑んだ。

 

 スタスタと去っていく女の背から、かなめが目が離せないでいると頬に冷たい感触がして思わず飛び上がる。

 

「きゃあ……!?」

 

「こら! あんなのに魅入られちゃ駄目よ!? あー怖かった! でも三万円ゲットね! ここはご馳走するわ」

 

 そう言ってウインクするホーリーの手が、微かに震えていることにかなめは気づいた。

 

 しかしそんな二人を、先程の女が窓の外から静かに見つめていることに、かなめは気づいてかなかった。

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