ケース7 団地の立退き㊺
魑魅は手近な縊死体に向かって大きく振り上げた手を叩きつけた。
ぱちゅん……
間抜けな音とともに、縊死体の身体は水風船が破裂するように赤い飛沫へと姿を変える。
ぱちゅん……ぱちゅん……ぱちゅん……
その光景に慄きながらも見入っていたかなめの横を小林が猛然と駆け抜けていった。
「ミカ……!! ミカ……!! ミカ……!!」
小林は娘の名前を大声で叫びながらミカの元へと駆けていく。
かなめが目をやると、ミカはガタガタと奥歯を震わせながら苦しそうに首に結わえ付けられた縄を掻きむしっていた。
「ぎゃあああああああああ……」
気がつくと首吊り死体達は迫りくる神の御怒りから逃れようと、必死で泣き叫びながら首元を掻きむしっている。
しかし呪詛の縄目が解ける様子はない。
爪が剥がれ、首から血が滴っても、縄にはほつれ一つ出来ることはなかった。
「ミカ……!! 今降ろしてあげるから……!!」
小林は泣きながらミカが首を括る木によじ登って言った。
杉の幹にしがみつき、傷付くのも構わずに爪を食い込ませる。
指先や擦りむいた肌に酷い痛みを感じたが、小林は気にも留めずに登っていった。
「お母さん……!! おがあ゙ざん……!! 取れないの……!! 縄が食い込んで取れないの……!!」
ミカは母親の方に目をやり泣きながら訴える。
生前と変わらぬ娘の声に、眼差しに、小林の目からはとめどなく涙が溢れた。
「今取ってあげるから……!! 頑張って……!!」
「無理よぉぉぉぉ……!! 私契約しちゃった……契約しちゃったのぉぉぉおお……!! ごべんなざい……ごべんなざいぃぃぃぃ……」
「契約……!? 何の話をしてるの!?」
小林は枝に結ばれた太い麻縄を解こうと必死に足掻いたが、縄目は固く、ぶら下がったミカを引き上げることも出来そうになかった。
ふと寒気を覚えて視線を上げると、魑魅とミカの間にはもう数体の死体しか残されていなかった。
「ミカ……!! 教えて……!! 契約って何の話なの!?」
ミカは怯えた顔で腕を掲げてみせた。
見るとその手首をどす黒い痣がぐるりと取り囲んでいる。
「ママを裏切って私、契約しちゃったの……魂を捧げちゃったのよ……!! ごめんなさい……ママの言うことを無視してごべんなざいぃぃ……」
「ミカ……」
その時背後で耳をつんざくような魑魅の叫び声が響いた。
「先生……!! 先生……!! もうやめて下さい……!!」
小林の目に魑魅の後ろで必死に叫ぶかなめの姿が飛び込んできた。
どうやら卜部は魑魅の背中に貼り付いているらしい。
「も……もうもうもうもう……お赦しください……お母さん……お父さん……」
「ごめんなさいごめんあさいごへんなない……」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!! もう食べたくない……!!」
かなめの叫び声で振り返った、魑魅の背中が、小林の方を向く。
それを目にして小林は思わず悲鳴を上げた。
「ひぃぃぃぃぃ……」
そこには魑魅の背を抉り取りながら貪り喰う、腐った血に赤く染まった卜部の姿があった。
狂ったように、憑かれたように、卜部は泣き叫び、嘔吐を繰り返しながら魑魅の背中を引きちぎっては口に運んでいく。
「先生……赦して……もう僕は食べたくない……」
祈るように、懺悔するように卜部はそうこぼすと、魑魅の延髄に顔を埋めてゴリゴリと骨を蝕み始めるのだった。
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