異世界転生したら、なんか凄い能力を与えられていろんな面で無双した結果→

やざき わかば

しがないサラリーマンが異世界に転生し、勇者として生きていくが…。

俺はしがないサラリーマンだ。今日も少しの残業をして家路についていたのだが、途中でトラックに轢かれてしまい、意識を失った。


気が付くと、俺は「空に浮いた荘厳な教会」のようなところで、「布地が少なく露出度の高い格好をした、金髪碧眼の妙な女性」の眼の前に立っていた。


「よくお越しくださいました」


ああ、俺は死んだのか。この妙ちきりんな場所は死後の世界だな。

おまけに変な痴女がいる。何らかの地獄なのだろうか。


「いえ、ここはあの世でも地獄でもありませんし、私は痴女ではありません。ここは神殿。現世で事故にあい死亡した貴方を、女神である私がこちらへ呼び出したのです」


なるほど。確かに変なオブジェが宙に浮いているし、そもそもこの場所が空に浮いているし、女神は痴女だ。


「私は痴女ではありません」


あの事故ですらこの女神が起こしたことのように思えてきたが、それはもう気にしないでおく。それで、俺をここに呼んだ理由は?


「貴方の世界とは別の世界。『異世界』と言えばわかりやすいでしょうか。そこに闇の権化である魔王が現れ、善良な人々を苦しめています。貴方にはその魔王を倒していただきたいのです」


何故俺が?その世界の人々が戦えばいいのでは。それに自慢じゃないが俺は喧嘩も弱いし、とくにスポーツも格闘技も何もやってこなかった真面目系クズなのだけども。


「若いからです」


若いからか。


「神はその世界の人々に直接干渉は出来ないのです。同じ理由で私が魔王を倒すわけにもいかない。ですが、転生者にはその法が適用されないので、戦いの才能やその他能力を神である私が貴方に付与することが出来るのです。良かったですね、何の努力もせずに強くなれますよ」


毒が強い痴女だな。まぁ事情はわかった。どうせ面白くもなかった人生だ。やってみるよ。


「ありがとうございます。では貴方をその世界へ転生させますね。それと、私は痴女ではありません」


そうして、俺は異世界へと送られた。


--


次に気が付いたときには、何やら民家のようなところでベッドに寝かされていた。

身体を起こし、周りを見渡してみる。広い。広いけれど物は少なく、整然としている。生活水準が高い証拠だ。俺の前世の部屋など1Kの6畳で物が散乱していた。悔しい。


一人で悔しさを噛み締めていると、女の子が入ってきた。黒髪のボブ、そして猫のように頭に耳が生えている。ちょっと驚いたが、異世界だからこういう人達もいるのだろう。


「お、気が付いたか。痛いところはないか?」


いや、痛いところはないよ。健康そのものだ。


「なら良いんだけどさ。しかし、お前がこの家の前に倒れていたときには驚いたよ」


ご都合主義で非常に助かる。ところで、ここはどこなんだい。俺はちょっと記憶が無くて、地名も覚えてないんだ。教えてくれるかい。


「ここは、ブルーフォレスト王国のワイドビフォアって村だ。あたしらみたいな亜人が住む村さ。人間のお客さんは久々だ。あたしはミャコ。お前は?」


なるほど、ありがとう。俺はコースケ。魔王を倒すために旅をしている。そうだ、何か魔王について知らないか。


「それなら、この村から北東の方角にある王都、ブルーフォレストシティに行ってみたらいい。魔王討伐隊が組織されているはずだから、情報もあるはずだよ」


いろいろありがとう。そのブルーフォレストシティに行ってみることにするよ。


「その前に、軽く料理を作ったから、まず食えよ。その間にあたしも準備をするから」


準備?付いてくるつもりかい?大丈夫なの?


「何を言ってんだ。助けたからには最後まで面倒みるさ。さ、そんなことより早く食べちまいな。ミルクも飲めよ」


テーブルの上にはシチューとパン、ミルクが並んでいた。病み上がりの俺を気遣ってくれたのだろう、重くなく、栄養面もバッチリだ。ミルクがあるということは、チーズもあるのだろうか。聞いてみた。


「チーズ…?チーズって何だ?」


え…チーズを知らない?ミルクを飲む文化があるのに?

とりあえず、俺はカッテージチーズを作って、食べさせてみた。

唯一の趣味である料理がここで役に立つとは。


「美味い!コースケは天才だな!早速村長に持ってって報告してくるから、待ってろ!」


凄い速さで出ていってしまった。しかし、作る材料があるのに、チーズの存在すらわかっていなかったことが気になる。シチューが作れるのに、ミルクがあるのに、チーズは分からないなんてことがあるのだろうか。


ミャコは村長と役場の人を引き連れて戻ってきた。作り方を教えてほしいというので、作り方と、作る過程で出てくるホエイの有用性について教えておいた。物凄く感動された。


おかげで結構な路銀と武器防具、傷薬といった様々な物をいただけた。これで旅も楽になるだろう。結局ミャコも付いてくることになってしまったが、まぁ俺一人で行くよりは心強い。俺たちは村の人々から暖かく送り出された。


とりあえず、あの女神の言っていたことは嘘ではなかったらしい。道中、いろいろな魔物とやらに襲われたが、剣など使ったことのない俺が難なく倒せたし、ミャコも頑張ってくれた。俺たちは数日かけて、順調にブルーフォレストシティに到着した。


とりあえず今日は宿に泊まり、明日情報収集をすることにして、街を散策してみる。

海と山に囲まれ、海の幸も山の幸も豊富なようで、市場は活気に溢れている。

街並みは中世ヨーロッパを思わせ、それでいて清潔が保たれゴミも落ちていない。


なんだろうか。清潔感が俺の生きていた現世と同じなのだ。明らかに「中世ヨーロッパ」ではない、全てが清潔であり、ゴミはきちんとまとめられ、回収業者までいる。逆に違和感を感じる。これが異世界転生なのだろうか。


まぁ、清潔なのは良いことだと思うことにする。どうせ今考えたって何もわかりはしないだろう。

とりあえずもう日も落ちるので、晩ごはんを食べるために良い感じのメシ屋に入った。


そこの料理を食べて驚いた。不味い。とにかく不味過ぎる。

スープの味が薄い。素材の味をそのままに、といえば聞こえはいいが、スープ以外も酷い味だ。

ミャコの料理は結局、チーズ騒動で一口も食べられずに終わったが、同じようなものだっただろう。


調味料が一切使われていないのだ。ここまでの生活水準で何故なのか。

とりあえず、塩や砂糖、酢、醤油と味噌がないか聞いてみた。ダメ元ながら。


…あるとのこと。ただ、塩は保存食を作るため、砂糖は肉や野菜を柔らかくするためと、味付けには一切使っていないとのこと。しかしそれでも味は変わるわけで、普通はそこから美味しくする方向へ動くはずなのだけど…。ここの人たちはそんな感覚はないらしい。


とりあえず、厨房を借りて何品か作ってみると、大熱狂の渦が巻き起こった。

お前は天才料理家か、ずっとこの街にいろ、うちの店を継いでくれ、結婚してくれ等々、ありとあらゆる賛辞が送られた。誓っていう。家庭料理以上のことはしていない。


とりあえず店主にレシピ…というほどのものでもないが、それを教え、逃げるように宿に向かった。食うのに忙しいミャコを引きずり出すのには苦労した。


この世界はやはり、どこかおかしい。布団の中で考えたが、考えてわかるわけでもないので今夜は寝てしまった。明日は情報収集、それに魔王討伐隊にも会わなければ。


--


翌日。朝起きて、準備して、いざ出発となったら時間を見計らったかのように王城からの使いが来た。なんでも昨日のメシ屋の騒動を聞いて、俺に興味を持ったらしい。こんないかにも旅人な格好で良いのかと使いの人に聞くと、むしろそれが良いそうだ。


王様への謁見がこんなに簡単に済むとは、これはラッキーなのかなんなのか。

事前に教えられた作法で、ミャコと一緒に儀礼を済ます。その後少しの会談に移ったのだが、まぁこれがイケオジで話が早くて言葉遣いは乱暴で非常に友好的。一国の王様がこんなんで良いのだろうか。


挙げ句の果てには、自分を呼び捨てで呼び、タメ口を喋れと命令を受けた。呼び捨てはまだ百歩譲って良いかもしれないが、タメ口はまずいのでそこは控えさせた。王様はタヒトという名前らしい。


おうs…いえ、タヒト。それで、魔王とは何者か、その軍勢はどの程度の規模か、教えていただけませんか。


「うん。魔王ってヤツは突然この世に現れたヤツでな。大勢の魔物、魔族を操って人間界を急に攻撃し始めたのだ。交渉の使者を送っても、みんな送り返されてきた。今はなんとか侵攻を食い止めているが、これも時間の問題なんだよ」


だからこそ今、討伐隊を募ってるわけですね。私も討伐隊に入りたくてこの王国に来たのです。


「それは心強い!だが、それにはちょっとばかし試験を受けていただきたい。俺は、本心はコースケにはこの城に残って料理長をやってもらいたいから、少し意地悪するからな。王国の誉れある国防騎士団の、騎士団長に勝つことが出来れば討伐隊への入隊を許可する」


予想できた流れだが、騎士団長は団長と呼ばれるだけあって、筋骨隆々の腕の立ちそうな武人だった。

これはさすがに勝てないんじゃないか…?とりあえず借りた木剣を握る。


「おいコースケ、お前なら勝てるよ。安心しろ」


ミャコの声援が飛ぶが、火に油だ。団長がちょっとキレてる。

そして、タヒトの号令がかかった。


…勝った。なんの苦労もなく勝った。

周囲は驚きながらも、俺の戦いぶりを称賛している。王様もだ。


何故だ?正直、団長の動きが驚くほど遅かった。考えてみたら、ミャコのワイドビフォア村からここブルーフォレストシティまでの道のりで戦った魔物も動きがとにかく遅かった。


いくら女神の加護があるとは言え、俺は学生時代全て帰宅部で、サラリーマン時代もなんのスポーツもせず、人に誇れることは趣味の料理くらいだった。そんな俺がこんなに強いわけはない。


確信した。この世界はどこかおかしい。

まるで俺に媚びるかのように話が進んでいる。


俺の戦いぶりを見たお姫様が、俺に惚れ、魔王を倒した暁には…と話を持ってきたそうだ。

それどころか、街の若い女の子たちが俺のファンクラブを作ったとも聞いた。

何もかもが予定調和。ミャコの家の前に倒れていたのもそのせいだったのだ。


どうせ魔王も、ある程度苦しみながら結局倒すんだろうな、と予想できた。


まぁ、どちらにせよ目的はあるわけだし、まずはそこに行かねば。

姫様を落ち着かせなだめつかせて、俺は王国を出た。


ちなみに魔王討伐隊は俺が総大将になった。こんなものは腕っぷしの強さだけでは決められるものではないと何度もタヒトに進言したのだが、一切聞く耳を持たない。


ミャコも俺の側近として随行を許された。そして、俺は行く先々で初めて会う女の子たちに「好き!」と言われるのだが、不気味だから割愛する。俺は俺がそんなにモテる人間ではないと理解しているが、ここまであからさまだと非常に萎える。ハッキリ言ってキャバクラより酷い。


討伐隊と出陣はしたものの、もうこうなるとどうせ俺が勝つのだから、俺とミャコ以外は魔王城手前で引き返してもらった。いくら予定調和といえども、自分の物語の盛り上げ役に殺されるのは忍びない。そしてそれも大絶賛で称賛の渦だった。


「部下思いの隊長だ」「さすが勇者。魔王と渡り合えるのは自分だけだと理解していらっしゃる」「かっこいい!」という具合だ。「ここまで連れてきておいて、自分が目立ちたいだけで俺たちは解散か」など、不満の声など一切ない。一切だ。


乗り込んだ魔王城は、それはもう魔物や魔族がひしめいていた。ミャコは奮闘しているが、なかなかに厳しそうだ。俺はミャコを抱き抱え、「使ったこともない、それどころか知りもしない」魔法を唱えた。


広範囲大爆破魔法(じゃまだからきえろ)!


適当に叫んだだけだが、予想通り大爆発が起こり、敵はほぼ消滅した。俺とミャコは魔王の間に進む。

魔王の間では、テンプレ通りの玉座に魔王がテンプレ通りの格好で座っていた。

ただ少し違うのは、魔王はどちらかというと人間に見えるし、歳も若いようだ。


「…お前が勇者か」


勇者かどうかわからないが、俺はお前を倒せと言われたから来た。

目的である「魔王の討伐」を果たせば、元の世界に戻れるヒントがわかるかもしれないんだ。


「…戻れないよ。お前は。お前も転生してきたんだろ?」


魔王は諦めたような顔でこちらを見ている。

敵対心や闘争心はないように見える。


どういうことだ。お前、何か知っているのか?


「ああ。俺もお前と同じ、転生者だからな」


どういうことだ。


「俺もお前と同じ、勇者として転生させられたクチだ。最初は持ち上げられて調子に乗って、ウキウキ気分で魔物を倒し、討伐団長として魔王城に来てみたさ。対面した魔王が、泣きながら開口一番、俺に言ったよ。『殺してくれ』って」


ミャコはさっきから押し黙っている。


「俺はそこで初めて理解したんだよ。この世界は『転生者である勇者のために作られている』ことに。魔王を倒したらどうなるかもわかった。でも、前魔王の懇願には勝てなかったよ。おかげで今は俺が魔王だ」


魔王が深い溜息をつく。


「魔王って言ったって、俺は何も出来ない。外にも出られない。襲ってくる転生勇者を返り討ちにするだけの生活さ。俺は現世では剣道とフェンシング、ムエタイをやっていたからな。歴代最強だそうだよ」


やられた転生勇者たちはどうなったんだ。


「さぁな。死体は消えてしまうし、魔物たちもその瞬間、今そこにいた勇者の記憶が消えるらしくて何もわからない」


この話を聞いて、俺は『ああ、やっぱりな』と思った。

ここは作られた世界なのだと。お話にある異世界転生などでは決してないと。


「さぁ、どうする。俺と戦うか? 俺は魔王になってからずっと…『運営者』とあえて呼ぶが、ソイツラに疑問と憎悪を抱き続けていた。運営者どもは俺が目障りなはずだから、お前は相当強い能力を授かっているはずだ。俺なんかあっさり倒せるだろうよ。だが、そうなるとお前が次の魔王だ」


魔王。俺と一緒に、元の世界へ帰らないか。あの女神の元へ行ってみよう。何かわかるかも知れない。


「…はは、考えたこともなかった。面白い、勇者と魔王が共闘か。悪くない話だ。よろしく頼むよ。しかし俺は魔王城から出られないが、大丈夫か」


なんとなく、俺と一緒なら外に出られるような気がする。感覚的な話で済まないが、恐らく大丈夫だと思う。そしてミャコ、お前も付いてきてくれるかい。嫌ならここで帰っても構わないが。


「あ、ああ。あたしはコースケに付いていくよ」


ありがとう。じゃあ二人とも俺にピッタリくっついてくれ。

使ったことも、知っていたこともない魔法を今から使う。


転移魔法(めがみのところへ)!


「おや、あなたは。魔王と一緒とは珍しい。何か御用ですか?」


ああ、御用があるから来たんだ。この世界はなんなんだ。何もかもが俺に都合の良い流れにしかならない。しかも魔王を倒した勇者が次の魔王になるんだって?なんの意味があるんだこのサイクルに。


「物語には主人公と、それに仇なす悪の存在が必要でしょう?それに都合の良い世界って…貴方達人間が考える『異世界転生』とはそういうものなのではないのですか?」


やはりここは作られた世界だったのか。


「そう、ここは貴方達人間を楽しませるための世界。まずは善として修行を積み、魔王を倒した後は悪の権化として欲望を果たしてもらう世界です。…貴方とそこにいる魔王、そして前魔王は、この世界における自分の存在や扱い方に疑問を持っていた。システムがうまく作動していなかったようです」


今まで殺された魔王や勇者はどうなったんだ?


「『元の世界』に帰っていただきましたよ。ちゃんと生きてます。まぁ…あれが生きているかと言われれば、私にはどう答えて良いか、わかりませんがね」


何を言って…


「それよりもミャコ。貴方には勇者の監視をお願いしていたはずです。何故ここまで勇者と、しかも魔王までもが来ているのですか?」


「女神様…私も少しこの世界に違和感を感じていたんです。次から次へと新しい勇者様が来て、最後は消えるか魔王になるかの繰り返しです。それまでの道中は勇者に都合の良い道筋ばかり用意されているのにも関わらず。これはどういうことなのか、私も知りたかったのです」


「…なるほど。意思を持ってしまったのですね。NPCのくせに」


エヌ、ピー、シー?


「バグは直ちに排除しなくてはなりません。さようなら、ミャコ」


「女神様!私は…」


ミャコは女神の放った光線によりかき消された。今まで旅を共にした仲間があっさりと。一瞬で。


「さあ、貴方方はどうしますか?今のバグのように消え去りたいか、それともこの作られた世界で安穏と生きていきたいか」


「女神…テメェ!」


魔王が先に動いた。女神にかすり傷は負わせたものの、全然効いていないようだ。一応、敵のはずの魔王が先に動いたことに悔しさと恥ずかしさを感じた。


「魔王とはいえ、私に勝てるわけないでしょう。貴方も消え…」


俺は女神に全力全精力全筋力を持って、何度も斬りつけた。そこに魔王も攻撃を加えた。飽和攻撃だ。

魔法を叩き込み、剣で斬りつけ、爪で突き刺し、闇の力でなぎ倒す。さすがの女神も成す術がないようだった。俺にここまでの能力を与えたのが運の尽きだったな。そして、女神の首を切り落とした。


「…わた、しはこのま、まきえます、が、けっ、けっしててて、じっじじじじぶぶぶんんのののののの、じじじじじんせいををををををを、を、を、ぜつぼぼぼぼぼぼぼぼうううううううしししししししな、な、ないでないでないでででで、で、で、で…」


最後は何を言っているのか理解できなかったが、女神は倒せた。これで俺たちは元の世界に戻れるのだろうか。


「お…おお!見ろ勇者!お前もだが、俺も身体が光っている!これは帰れる気がするぞ、元の世界に!」


ああ、魔王。俺も理解できる。これは元の世界に戻れるぞ!また、元の世界で会えたらいいな!


「何言ってんだ、絶対会うぞ!じゃあ、また『後で』な!」


ああ、またな!!…



--



はっと気付く。元の世界に戻ってきたのか?なんだかぼんやりしている。

周りを見回すと、なにか汚い、みすぼらしい空間に俺はいた。動けない。いや、手足を動かしている感覚はあるのだが、その手足が「無い」のだ。


いや、それどころか鼻も口もない。眼すら本物ではない。理解した。俺は今、脳味噌にカメラが付いているだけの姿で、なにかの液体に浸かっている状態なのだ。ただ、音だけは聞こえる。振動によるものだろうか。


誰か来た。


「コイツか?『異世界』で反分子になった個体というのは」

「ああ。『現世』で鬱々としていたから『異世界』に送ってやったんだが、思考がそこに染まらなかったらしい。『異世界』の管理者である女神を倒せば、『現世』に戻れると思ったんだろうな」

「その個体があとひとつあるんだろ。まさか、魔王と勇者が一気に廃棄処分になるとはな」

「可哀相だが、それが世界のルールだからな。世界のエネルギーが全て枯渇した今、この『選ばれた個体』たちが人類の希望なんだから。今の自分の有り様に疑問を抱いて、変なところにリソースを割かれると効率が落ちるしな」


「…待て。コイツ、今この会話を聞いてるぞ。脳波が反応している。マイクを繋げるぞ」


…俺の声が聞こえるか?


「ああ、聞こえるぞ個体034。まさか目覚めるとは思わなかったが」


なぁ。ここはどこなんだ?俺はただのサラリーマンで、変な異世界に転生して、もとに戻っただけだよな?


「ああ、個体034。これは最重要機密事項だが、君は処分が確定しているので教えておく。ここが、『本当の世界』なんだ。君の他にも個体は存在するが、彼らは全て、君の住んでいたとする『現世』で生活している、という設定の中で生きている」


設定だって?


「個体034。君が生きていたのは西暦何年だったかな?」


…2023年だ。


「それは『現世』での歴史だ。今は2954年。ここ現実の地球は、エネルギー枯渇により、半分の土地は人の住める状態ではなくなっている。それどころか、気候や地軸の変動により、今や殆どの人間が近隣惑星に逃げ出し、そこで生活している」


なんだって?


「だが、地球に残りたいとする人々や、地球を元に戻すために頑張っている研究家や科学者、技術者は今もこの地球に留まっている。そのためのエネルギー源が君たちなのだ。志願者や、もはや助からない傷病者に担ってもらっている。その人々に、せめてもの慰みにと2020年代の住人として、幻を見せていただけだったんだよ。頭を活性化させることで、エネルギーの摂取にも役立つからな」


じゃあ…じゃあ異世界転生ってのは何だったんだ?


「たまに出てくるんだ。その『昔の生活』に馴染めない者が。いや、それ自体はしょうがないんだ。個性ってヤツがあるからな。だから、その個体を『異世界』へ転生させて、そこで生活させるというプロジェクトだったのさ。だったらゲームみたいにしたらどうだろう?という意見があって、今はそうなっているが、どうやら失敗だったようだ」


失敗?


「ああ。君みたいに、都合が良すぎると勘付く個体が多いんだ。その都度、それらは処分している。そういう思考は他に伝搬して、危ないんだよ。脳のエネルギーは、日常生活で育まれる思考によるところが多いんだ」


じゃあ、何故俺に眼のようなカメラが付いているんだ?


「夜、寝たら夢を見るだろう?そのときにここに帰ってくることが多いんだ。帰ってきたとき何も見えなかったら変な疑念を生むかも知れない。まぁ今までそんなことはないが、だから取り付けているんだよ」


何故俺は処分されるんだ?


「一度、この現実に気付いた個体は、どんな世界に送っても、どうしても記憶が残ってしまう。すなわち『普段の日常生活が送れなくなる』んだ。それではエネルギーが得られないんだよ。俺たちだって辛いんだ。わかってもらえると嬉しい」


…魔王のヤツも、処分されるのか?


「ああ、アイツもお前と同じで、今日処分される」


最後の頼みだ。アイツと一緒に処分してくれないか?


「…分かった。なんとか理由を付けて、そうすることにする。じゃあ、さようなら」


俺は眠らされ、そのまま闇の世界へ落ちた。

途中、魔王の声が聞こえた気がするが、もう何もわからない。


俺が生きてきた『現世』とやらも異世界だったが、さらに『異世界』に飛ばされ、結果がコレか。

現実に戻りたい、元の世界に戻りたいと願ったら、俺が思っていた現実よりもさらに上の現実があったってわけだ。


女神もミャコも、今は新たな『転生者』を相手にしているのだろうか。

まぁあの管理者の言い分だと、近いうちに世界ごと処分されるのだろう。

意識が無くなってきた。なんとなく、自分の人生に満足している。ありがとう、全て…。


--


「…はっ!?」


俺は保健室で目を覚ました。

どうやら野球の授業で、ビーンボールを受けてしまったらしい。まだ頭が痛い。


「大丈夫?コースケくん」


どうやら我がクラスの「女神」、女鏡さんが付いていてくれたようだ。

ごめんね、どのくらい寝ていたのかな俺。


「あ、まだ動かないで。寝ていたのは5分ほどだけど、まだ何かあったらいけないから、ね」


その瞬間、保健室の扉が勢いよく開かれ、クッソ騒がしい連中が入ってきた。


「おう、頭にボール受けたって?大変だな、大丈夫か?なんだったらあたしが看病してやるぞ」

いや、君に看病は受けたくないなぁ、怖くて。宮子さん。


「なんだよ、なんだかんだ大丈夫そうだな。これなら部活いけそうだな、組手しようぜ」

いやいや真央くん、一応頭に食らったんだからね?


「ハッハハハ、早く俺のように強く頑丈にならないとな」

足人くんみたいに頑丈には、簡単にはなれないよ。


みんな、俺を心配してくれている。

俺はこの日常を大事にしたい。

そして、みんなで一緒に幸せになるんだ。


どこかで液体の「パシャ」という音が聞こえた。

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