第24話 EVホールへ

 カジノルームから外に出ようとする大鷲の行動を目撃し他のプレイヤーは最初は自暴自棄になったのかと考える。

 それまでプレイヤーCはメダルを独占しようと熱中していた。

 女性陣は、メダルを持っているプレイヤーが部屋を出ていかないかということに気を取られていたし、残りは女性陣の動向を気にしている。

 つまり、誰も大鷲がメダルを見つけたところを見ていなかった。

 それでも大鷲が真ん中の扉から出たのを目撃すると、勝俣と、プレイヤーKは右舷側の扉、島田は左舷側の扉に向かう。

 動きが遅れた篠崎とプレイヤーFは判断に迷った。

 すべての扉から人が出て行ってしまったので、どこから出ても自分が最後尾になってしまう。

 それならば、どこでも変わらないと一番近かった真ん中の扉に向かった。

 とある理由から大鷲と同じ場所は避けたい思いもあったのだが、寒さが限界を迎えている。

 外に出て空気の温かさにほっとする暇もなく、篠崎とプレイヤーFは通路の左右を見た。

 右への道を、なんと大鷲が走ることなくゆっくりと歩いている。

 こうなると集団心理が働いた。

 赤信号みんなで渡ればこわくない、である。

 左に進んでキツネに出くわしたら自分たちだけで脅威に直面しなければならないが、右ならば大鷲と一緒だ。その方が怖くない。

 女性二人が大鷲を追いかけ始めると、その先のT字路を右から左にさっと誰かが走っていった。

 それと同時にわっという叫び声が後方で起こる。

 急き立てられるように女性二人は急いだ。

 大鷲に近づくと酷いニンニク臭がする。昼食のラーメンに山ほどすりおろしニンニクを入れて食べていたからだった。

 明日になっても臭いそうなほど強烈なニンニク臭を振りまきながら、大鷲はゆったりと歩いている。

 追い抜こうとして、あまりに自信満々な態度に篠崎は思わず声をかけてしまった。

「あの……走らなくていいのですか?」

「その必要は無い」

 あまりに自信満々な回答に、篠崎と反対側の大鷲の横をすり抜けようとしたFもつい足を止める。

「なんのためにこれだけニンニク臭をさせていると思う? 狂犬病にかかっていると水や刺激臭を嫌うようになる。アイツは俺には寄ってこないよ」

 眼鏡を中指で上げながら大鷲は胸を張った。


 他の二つから出たプレイヤーは無事だったが、左舷側の扉から出たところで島田はキツネに襲われる。

 キツネは何度も島田の脚に噛みつき、鋭い爪を立てた。

 さらに坂巻に痛めつけられていたキツネも参戦する。

 坂巻に叩きつけられていたが、まだ島田を翻弄する程度の動きは問題ない。

 まとわりつかれて悲鳴をあげながら、島田は廊下を走って逃げようとする。

 キツネは執拗に追いかけて攻撃を加えた。

 島田の後ろから扉を出たプレイヤーCはその様子を見てゲラゲラ笑う。

 大の大人がキツネごときに悲鳴を上げているのが可笑しくてならなかった。

 ワクチンに十分な数のメダルを持っている余裕からプレイヤーCはそのまま島田の後を追いかける。

「ははっ。おっさん。かっこいいスーツが台無しじゃねえか。それにしても女みたいな悲鳴。くくく。まったく情けねえ。そんな動物なんざ蹴飛ばせばいいだろうに」

 その声に反応したわけではないだろうが、キツネは島田にもう一度爪を立てるとプレイヤーCの方に向かってきた。

 脚に噛みつこうとするキツネをプレイヤーCのもう一方の脚が蹴り上げる。

 暴力の世界で生きてきたというだけあって、なかなかに鋭い動きだった。

 キュウン。

 そんな声をあげてキツネは宙を飛ぶと動かなくなる。

 もう一体の元気なキツネも島田を捨て置いてCに襲い掛かった。

 またもや素早い動きを見せてキツネを蹴り飛ばす。

 少し離れたところに転がった。

 ただ、空中のものを蹴っても見た目ほどにはダメージは入らない。

 キツネはすぐに起き上がると体勢を整える。

 一方、蹴った衝撃でプレイヤーCのカップの中のメダルが三つ飛び出して床に転がった。

「おっと、やべえ」

 Cは慌てて、床に落ちたメダルを拾いあげようとする。

 船がぐらりとゆれてメダルが転がった。

 プレイヤーCは体を伸ばしてメダルに手を伸ばす。

 そこへキツネが再びプレイヤーCに向かってきた。

 顔をそむけるがキツネの前脚の爪がCの頬を切り裂き傷をつける。

「このやろう!」

 着地したキツネをプレイヤーCが思い切り蹴った。

 そのまま腰を回転させてキツネの体を壁に叩きつける。

 一度脚を引くと連続で膝蹴りを叩きこんだ。

 床に落ちたキツネを全体重を乗せて踏みつける。

 ごりっと音をさせて骨を砕いた。

「どうだ。思い知ったか。このくそギツネめ」

 荒い息を吐きながら、Cは床に散らばったメダルを拾い集める。

 動かなくなったキツネにぺっと唾を吐きかけるとエレベーターホールに向かった。

 回転ドアを通り抜けると出迎えたスタッフにカップを突きつける。

「どうだ。五枚もあるぜ。こりゃ、ワクチンを五本打ってもらわないとな」

 少し離れた場所では島田が取り乱しながら訴えていた。

「は、早くワクチンを打ってください」

 スタッフによってCと島田は先にエレベータで別の階に連れて行かれる。

 そこで他のスタッフと同様にピエロのマスクを被った白衣の者に注射を打たれた。

 どうも今まで死亡確認をしていた者と同一人物で医師らしい。

 Cが不満そうな声を出す。

「なんだよ。俺は五枚メダルを取ったんだぜ。五本打ってくれよ」

 天井から会長の声が響いた。

「ワクチンは三日空けて次の摂取をしてもらう。一度に打つんじゃなくて、継続して打つのが大切なんだ」

「なんだよ。そういうことか。なら、先に言ってくれよ」

 二人はロビーに戻ると他のプレイヤーと一緒に温かい飲み物や毛布などの提供を受ける。

 大鷲は皆から距離を置かれていた。

 温かくなったせいかニンニク臭がさらにパワーアップしている。

 プレイヤーCは上機嫌で島田をからかった。

「いやあ、俺は五回も打てちゃうからなあ。あんたは何回だっけ? ああ、二回か。おう、眼鏡。ワクチンってのは決まった回数より少なくても効果はあるのか?」

 大鷲は肩をすくめ、距離が離れていることを補うために少し大きめの声を出す。

「さすがに俺も医者じゃないからな。ただ、一般論で言えば、やはり効果は低くなるだろう。それがどれくらいになるのかは分からん」

「だってよ。お気の毒にな。まあ、運が良ければ助かるんじゃねえの。もう一つメダルを見つけられていれば良かったのに、残念だったなあ、おい」

 夕食のときも、賑やかにはしゃいでいた。

 その夜、自室で寝ていたプレイヤーCの容体が急変をする。

 ベッドの上で高熱を発してぜいぜいと苦しんだ挙句、翌朝には体を硬直させると死んでしまった。

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