第23話 メダル探し
メダルを二つ見つけていたプレイヤーIこと四宮杏子は両手にメダルを持って密かに坂巻の動向を窺う。
四宮は推し活に必要な金を調達するために体も売っていた。
だから、男に頼るのに体を使うのに躊躇は無い。
この状況で頼りになるのは坂巻だと狙いを定めていた。
見た目も悪くないし、一番ノーマルそうでもある。
ワクチンのためにもう一つメダルを探そうにも寒さが耐えがたくなっており、手がかじかんでこれ以上探すことはできそうになくなっていた。
それに簡単に見つかりそうなものはあらかた取り終わっていると予想する。
となれば、最低ノルマはクリアしているので、三つ目のメダルを探して時間を空費するよりも、タイミングを見てエレベーターホールに走った方がいい。
どのタイミングで飛び出すのがいいのかは自分では判断できないが、それは得意な人間に任せればいいのだ。
なんなら、胸を押し付けて甘えてみせればホールまでエスコートしてくれるかもしれない。
坂巻が一方の出入口の様子を確かめて、反対側の出入口に向かうのを確認すると、四宮はさりげないふうを装ってそちらに向かう。
坂巻がするりと扉の向こうに消えたのを見ると猛然とダッシュした。
ドアクローザーによって閉まった扉を引いて四宮も廊下に出る。
もうすでに十メートル以上先を坂巻が猛全と走っていた。
波が高くなったのか見てわかるほどに床が傾いている。
少々気を付けなければ真っすぐ走っているうちに低い方へ体が流されそうだった。
四宮はバランスを取りつつ、坂巻の後ろを追いかける。
最初の角のところで横に視線を向けると、傾斜をものともせずキツネが一匹こちらに向かって走ってきているところだった。
四宮は前を向くと大きく腕を振り一心不乱に走り始める。
もうこうなったらどちらが速いかの勝負だった。
前を行く坂巻は次の角を右に曲がる。
四宮は走りながら神経を研ぎ澄ませた。
後ろから追ってくる距離がどんどん近くなってくる。
坂巻が折れた角を直進した。
まずい。このままでは追いつかれる。
そう思ったが、不意にタタッというキツネの足音が途切れた。
不審に思ったがそのまま走り、壁にぶつかりそうになりながら曲がって最後の数メートルを走る。
エレベーターホールに繋がるガラスの回転ドアを押して通り抜けた。
坂巻は廊下を走りながら、自分を追いかけてくる気配を感じて振り向く。
プレイヤーIだった。
最初に外に出れば追随しようというのがいるはず。
その計算が当たっていた。
今がチャンスと思ったのだろうが、自分とのこの距離の差は大きい。キツネから逃げきれないだろうなと思った。
さらに、キツネの足の早さを過小評価していたらしい。
このままでは、プレイヤーIはおろか、自分も追いつかれる可能性があると判断する。
すぐに計画を変更した。
次の交差点で曲がると壁にぴったりと身を押し付け姿勢を低くし床にメダルを置く。
廊下を直進して走る四宮に引き続いてキツネが角を通り過ぎようとしたところでふさふさの尻尾を両手で掴んだ。
坂巻は船の揺れを利用して立ち上がるとその手に掴んだキツネを壁に二回、三回と打ち付ける。
ぐったりとしたのを確認すると片手でぶらさげたまま、空いた手でメダルを拾い上げ、そのままエレベーターホールのところまで進んだ。
回転ドアに入る際にキツネをポイっとリリースする。
床に落ちてしばらくすると、キツネはぶるっと体を震わせて起き上がった。
もう一匹の姿は見えないままだ。
入るときに扉に昼食の残りの肉片をこすりつけていた右舷側の扉に執着しているのかもしれない。
スタッフにメダルを渡すと四宮が近くに寄ってくる。
「私を助けてくれたのね。ありがとう」
腕に手を添えようとするのを坂巻はかわした。
「逃げきれないと思って、囮になってもらっただけだ。俺は馴れあうつもりはない」
そのままエレベーターに乗る。
その後ろ姿を見送った四宮はやれやれと首を振った。
回転ドアの方を見るとキツネがびっこを引きながら廊下を去っていく姿が見える。
四宮は坂巻を追いかけようとエレベーターの呼び出しボタンを押した。
四宮が坂巻につきまとっている頃、カジノルームでははっきりと明暗が分かれている。
すでにメダルを三つ確保しているのが、プレイヤーCと篠崎、それにFだった。
プレイヤーCは三つどころか、五つもメダルを入手している。
カップに入れてジャラジャラと音をさせて、まだ三つ揃わない残りのメンバーを煽っていた。
篠崎とプレイヤーFは、狂犬病の発症を抑えるだけのワクチンを手に入れることができるメダルを持っているにも関わらず、部屋から足を踏み出す勇気がない。
いくらワクチンがあると言っても噛まれれば痛いし、肌に傷がつくかもしれないと思うと足がすくんでしまうのだった。
さらにプレイヤーFはCが何かしかけてくるのを恐れている。
暇つぶしのブラックジャックのディーラー役を務めたことで怨恨はチャラにするとは言っていた。
しかし、その言葉を完全には信用できない。
直接手を出してくるのは禁止されているが、キツネをけしかけるなどやりようはあるように思えていた。
まだメダルが二つしかそろっていない勝俣と、プレイヤーK、島田の三人は残り一つを探しつつ、女性たちにも注意を向けている。
いざとなればメダル二つでも部屋を出るつもりだった。
集団でカジノルームを出ればキツネのターゲットが分散する。
それに寒さに震える女性二人の方が足が遅いはずだった。
女性がキツネに襲われている間に自分が逃げ切る。
勝俣だけは多少はその作戦に気まずいものを感じているが、ワクチンを三回分確保しているのだからと思い直した。
Kと島田はそんな良心の呵責すら覚えていない。
この六人と比べると大鷲は圧倒的に厳しい状況に置かれている。
未だにメダルの一つも見つけられていなかった。
そんな大鷲は他のプレイヤーから遠巻きにされている。
大鷲は知る由もないが、既に十四個のメダルが発見されていた。
実は十個のメダルは比較的分かりやすい場所に置かれているが、十五個はかなり見つけるのが困難な場所にある。
一つなどはカウンターバーの流しの下にあるS字菅の中にあった。
それを知ったら大鷲は怒りを通り越して呆れたかもしれない。
探し疲れて大鷲はカジノの隅に置いてあるソファに座り込んだ。
尻の下に手を敷く。
手がかじかんで細かな動作が苦痛になっていた。
大鷲にはキツネの相手には自信がある。
しかし、たった一つのコインが手に入らない。
見本に渡されたメダルを思い出した。
裏面にはラテン語で「求めよ、さらば与えられん」とあったな。
これだけ探しているのに見つからないとは皮肉なものだ。
尻の肉も冷え切っていてちっとも手が温まらない。
少しでも冷たさを和らげようとソファのクッションの隙間に手を突っ込む。
なにか硬い感触があった。
ほとんど感触のない手でそれを引っ張り出すと金色のメダルだった。
「Date et dabitur vobisか……」
脚を振って勢いよくソファから起き上がる。
寒さに強張った脚でぎこちなくながら手近な扉に向かい、大鷲は部屋の外にでた。
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