第18話 強運

 プレイヤーCが沈んだその場の雰囲気を吹き払うような大きな声をあげる。

「いやあ、思っていたよりもさっさと決まって良かったぜ。それにしても、Jさんよ。俺はあんた気に入ったぜ。男ってのは、いざというときは覚悟決めてなきゃな。俺が間違っていたら次に棺桶に入るななんてなかなか言えないぜ。しかし、会長さんよお、早く決まっちまったけど、夜まで何をしてればいいんだ?」

「殺し合いを始めない限りはその場で好きに過ごしてくれたまえ。必要なものがあれば届けさせよう」

「なあ、この船にはカジノルームぐらいあるんだろ。そいつを使えねえのか?」

「悪いが別のゲームの会場にするので利用は許可できない」

「ちぇ。サービスの悪い船だぜ。まあいい。それじゃあ、賞金の一部のゲンナマとトランプを一そろい貸しちゃくんねえか。夕食までの間、ブラックジャックをやりてえ。それとディーラーとバニー姿の姉ちゃん、酒とたばこも頼む」

 スピーカー越しにも分かる苦笑を含んだ声が聞こえた。

「そうだな……その全部は無理だが、可能な限り用意させよう」

 カード台とトランプ一そろい、現金二万ドル分と酒のセットが届けられる。

「なんだよ。あの金じゃねえのか」

「仮にも賞金だ。勝者ではないものが手にすべきではない。代わりに経費として用意しておいたものを提供しよう。本物のグリーンバックドル紙幣だ。好きに使ってくれたまえ」

「へっ。まあ十ドル札でも構わねえか」

 早速、ビールを開けて飲みながら、プレイヤーCは席についた。

 その様子を見て、届けにきたスタッフの一人がピエロのマスク姿のままディーラー席に立つ。

 スタッフがトランプの準備を始めると、プレイヤーCが手を振った。

「そんな面でディーラーやろうってか? くそつまらなくなるから失せろ」

 体を捻って振り返るとプレイヤーFに向かって声を張り上げる。

「なあ、あんた、この間のカードさばきからするとディーラーできんだろ。ちょいと付き合ってくれねえか。やってくれるんなら、この二日間のことは忘れてもいいぜ」

 それから、周囲のプレイヤーを誘った。

「手の切れそうなピン札でギャンブルができるなんて滅多にできねえ経験だぜ。誰か俺と一緒に卓を囲まねえか。そうだ。Jさんよ。あんたとはぜひ勝負してえ。どうせ暇なんだろ。付き合えよ。それから、眼鏡。ブラックジャックで俺と勝負する度胸はあるかい?」

 ポケットから取り出したクロスワードパズルを解き始めていた坂巻は、ため息をつくが黙ってカード台につく。

 大鷲幸四郎も座り、プレイヤーKも参加した。

 その様子を見て、プレイヤーFはディーラー席に立つ。

 プレイヤーCは上機嫌で札束を三つずつ分け、残りの八束をディーラーのFに押し付けた。

「それじゃあ、一人三千な。最低ベット額は百でいいか。どうせ暇つぶしだし、他人の金だ。景気よくバンバンやろうぜ。スプリット、ダブルダウン、サレンダー有りな」

 帯封を切って自分の前に十枚の十ドル札を投げ出す。

 その間、プレイヤーFは十二組のトランプを箱から出すとシャッフルし、二つの山に均等にした。そのうちの一山をトランプフォルダーにセットする。

「いいねえ。これならカウンティングもあまり意味ねえぜ」

 横に座る大鷲に向かってプレイヤーCはニヤリと笑った。

 ブラックジャックは自分に配られた札の合計が二十一に近くなるようにするゲームである。

 ジャック、クイーン、キングの絵札は十としてカウントし、エースは一としてでも十一としてでも扱えた。

 理論上、今までのゲームで出てきたカードを全て覚えておけば、確率論的に次に配られるカードが何になるか予想しやすくなる。

 ただ、現実的にすべてを覚えておくのは難しく、三つのグループに分けて管理するのがオーソドックスなやり方だった。

 絵札とエースが場に出ればマイナス、二から六はプラス、残りは無視する。

 そして、そうやって数えた数字が大きくなればなるほど、トランプの引き札に十が残っている可能性が高いと判断して戦略を立てるものをカウンティングと呼んだ。

 これを頭の中でやる分にはいいが、メモを取りながらやろうものならすぐにカジノから追い出さられる。それぐらい有効な手法だった。

 しかし、カードを二つに分けられてしまうと、元々の山札に偏りができ、確率が低くなるので使いづらい。

 各人が十万円を場に出すと、Fがカードを二枚ずつ配り、自らへは一枚を伏せもう一枚を表にして出した。

 他にすることがないのか、他のプレイヤーも後ろで観戦する。

 白熱した勝負が展開された。

 ディーラーをさせられているプレイヤーFはその様子を見て呆れる。

「ねえ。一応まだDさんが殺人鬼だったと確定したわけじゃないんだけど」

「分かっちゃいねえな。間違いねえよ。まあ、今にわかるさ」

 プレイヤーCはなぜか断言した。

 数ゲームが進むうちに各人のプレイスタイルが明らかになってくる。

 やはり、大鷲は手堅いゲーム運びをした。

 ディーラーの表になっているカードを元に確率論に基づき、勝負を降りて傷を小さくし、勝てそうなときは倍賭けをする。

 ただ、運に見放されたのか、なかなか勝てず持ち金を目減りさせた。

 プレイヤーKははっきり言えば賭け事に向いていない。

 流れを読めずに無駄に追加のカードを要求して、二十一を超えて自動的に負けるケースが多かった。その負けを取り返そうと無理な勝負を仕掛けて早々に現金がなくなる。

 プレイヤーCは豪快なプレイスタイルだった。勝つときは大きく勝ち、負けるときは大きく負ける。

 そして、坂巻は強運の持ち主だった。

 最初に配られたカードが同じものだった場合、スプリットを宣言して最初の掛け金と同額を出すことで、自分の手をもう一つ持つことができる。

 坂巻が五千ドルを賭けた際にエースが二枚配られスプリットすると、そのうちの一つにはさらにエースが配られた。

 もう一度スプリットするとその段階で倍賭けする。

 続けて配られたカードで二十一が二組、二十が一つできた。

 この手で勝利したため、一気に三千ドルも手に入れる。

 プレイヤーCは感嘆した。

「Jさん。あんた、凄い強運の持ち主だな。潮目が変わるまで俺は勝てる気がしねえよ」

 そしてプレイヤーFに向き直った。

「こういうこった。Jさんは今ツキまくってる。幸運の女神ってのはこういう男に肩入れしてウインクすんのさ。だから間違いねえ。今夜は誰も死なねえよ」

 坂巻はボソリとつぶやく。

「本当にツイている人間は、こんな船には乗りはしないさ」

「まあ、それは言いっこなしだ」

 プレイヤーCは上機嫌で笑うと、次の掛け金をテーブルに出した。

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