3. 八月の冷や汁そうめん
「……またお前か」
樹はそれだけ言って、部屋のなかへ戻っていた。
「お邪魔しまーす」
慶は鍵を閉めて部屋に上がる。
「今日はすごく暑いから、そうめんにしよ」
「うわ……これ、すごい……美味しい……」
樹が声を上げる。二人の前には、鯵の干物と味噌で作った冷や汁にそうめんをいれた器が置かれていた。キュウリ、ミョウガ、青紫蘇も山盛りである。
「ほんと、これ美味しいね。オレも初めて作ったんだけど、冷や汁って有名じゃない?あれにそうめんを入れることを思いついた人、すごいよね」
慶が答えると、樹は変な顔をした。
「なに?」
「いや……お前、レパートリーのなかから適当に料理してるんじゃないの?もしかして、新しく調べてるの?」
「そうだよ、美味しいの、食べてもらいたいじゃん」
慶が邪気なく答えると、樹は「そ、そうか」と言って、お椀に視線を戻した。
「そ、そう言えば、お前、来週どうするの?」
樹が、突然話題を変えて、カレンダーに視線を移した。予定を聞かれるのは初めてで、慶はちょっと驚いた。
「ああ、お盆?実家帰るよ、そういえばそんな季節だね」
慶が樹の方を振り返って返事すると、樹はハッと顔を強張らせた。直後に、目を反らして、「ああ、うん」と曖昧な返事をする。
「先生はどうするの?」
慶は樹の変化に、何気なさを装って訊いてみた。
「あー……オレは、まあ、テキトーにするよ」
妙な間があってから、樹が鼻に皺を寄せて笑う。
嘘だ、と慶は思う。樹の作り笑いは鼻に皺が寄ることを知ってる。本人が気づいているかは知らないけれど。
「オレは、お盆前後の一週間くらい実家に帰るけど、先生も一緒に帰る?」
樹も明星学園の卒業生だってことを慶は知っている。
「いや……オレはいいよ。お前は楽しんで来いよ」
樹の妙な態度に、慶はわだかまりも残しつつ、それでも突っ込めなかった。
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