人為の虚像

椎葉伊作

【1】

裕太ゆうた、ご飯だぞ」

 リビングから、廊下——息子の部屋の扉へと声を掛けた。食卓に着いて待っていると、しばらくして、どたどたと不機嫌そうな足音を立てながら、裕太が現れた。

「寝てたのか?」

 右耳の後ろ辺りで跳ねているくせっ毛を指摘すると、裕太は、

「ん」

 と、目も合わせずに答えた。食卓の上に並べた白米、味噌汁、焼き魚を一瞥し、顔をしかめたかと思うと、台所の方へと向かい、お湯を注いだカップ麺を手に戻ってくる。

「……」

 私は無言で味噌汁を啜り、焼き魚を突き、白米を口に運んだ。黙々と食していると、裕太も黙々とカップ麺を啜り始めた。右手の人差し指に嵌めた指輪型デバイス――スマートリングに備えられているホログラム機能をオンにして手元に出現させた空中ディスプレイを、箸を持ったまま操作しながら。プライバシーモードに設定されているので、こちら側からは何が映し出されているのか分からない。

「……なあ、裕太」

「何?」

 やはり、こちらには目もくれない。

「食事の時くらいは――」

「いいだろ、別に」

 そう言うと、裕太は勢いよく麺を口に詰め込み、あっという間にスープを飲み干した。ホログラム機能を切り、ごちそうさまも言わずに食卓を離れ、台所のゴミ箱にガサガサと空になった容器を突っ込み、リビングから出て行ってしまう。

 一人、取り残された私は、ひとつため息をついてから夕食を食べ終えると、自分の分の食器と、手が付けられなかった裕太の分の食事を静々と片付けた。

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