第22話 戦果をあげろ、今がチャンスだぞ

ダルシアン儀仗騎士団


 開け放たれた城門から、一気呵成に敵陣へと舞い踊る集団があった。

 散らばっている敵兵には目もくれず、リオンが広げた人間側の傷口をさらに圧迫していく襲撃になった。


「突っ込め! 魔族の意地を見せるのは今だ! ダルシアンの乙女たちよ、全軍突撃チャージ!」

「はいっ! お姉さまに続けッ!!」


 第一部隊隊長のレティシアは、麾下の騎兵部隊とともにフレリアを追う。

 既に及び腰になっている神聖ラーナ王国の兵士たちは、鎧袖一触で弾き飛ばされ、恐慌状態に陥った。


「クソ、魔族の騎馬隊だ。逃げろ、踏みつぶされるぞ!」

「逃げるってどっちにだよ! 前方にはスパイク様を撃退したあの魔王がいるんだぞ。指揮官も見当たらねぇし、このままでは……」


 リオンが施した計略は単純明快だ。

 突破力のある者が敵陣の背後に陣取り、後ろから追い立てる。そこに前面からも攻撃を加える二正面作戦だ。

 鹿の角と足、両方に綱をかける様を模し、『掎角きかくの計』と呼ぶ。


 この作戦を成功させるために、リオンはひたすらに突進力と持久力を鍛えてきた。

 そう、ダルシアン儀仗騎士団は『突進力だけは高い』。

 全てはこの一撃のための布石だったのだ。


「第二陣、クリスフィーネ隊出ます! 敗残兵を残らず討ち取れ!」


 無論戦場に残る禍根を根絶やしにするのは常道だ。

 生きて遊撃軍を組織されてはたまらない。敵は必ず磨り潰すとの強い決意で、クリスフィーネは歩兵部隊を進軍させた。


「ふわーぁ、もう勝ってる盤面で、私の出番あるのかなー」

 第三陣、魔法部隊の隊長であるレンは、城門前に展開して防御体形を取っていた。

 あえて攻撃には加わらず、負傷兵の治癒と城門前の確保、そして敵の決死の反撃に備えていた。


「今までは私が参謀的な役割してたけど、これでやっと魔法の研究に没頭できるね。重畳、重畳」

 レンは武功には興味がない。それにもともと文官肌の人物なので、戦場で斬った張ったを繰り広げるのは不得手な方だった。


「おっ、敵の牙門旗が倒れたね。これで敵本陣は制圧完了か。いやはや、なーんにもしてないけど、勝っちゃうことってあるんだねえ」


 大将旗に続いて、本陣の位置を示す大旗—―牙門旗が消失した。

 リオンの猛攻撃と、ダルシアンの推進力により人間側は成すすべなく敗北したのであった。


 目の前で小便垂らしている、白髭のの目立つ中年男がいる。煌びやかな鎧に宝石の散りばめられた兜。どこぞの王族だろうか。


「恨みはないが、これも戦場に立つ者の定めだ。その首級、もらい受ける」

「や、やめろっ、儂を誰だと思っているのか! 神聖ラーナ王国国王陛下の親類ぞ! 貴様ごときが触れていいはずもなかろうがっ!」


 まだ状況がわかってないらしい。この死地において、自らの血筋を示すことに何の意義があるというのか。

 政治的な判断からすれば、捕虜に取るのがいいのかもしれんが、こんな前線に送られてくるくらいだ。どうせ大した位階の者でもなかろう。


「言い残すのはそれだけか」

「ま、待て、儂を見逃せ。そうすればお前には大きな利益を与えよう」

「例えばなんだ?」

 俺の答えが嬉しかったのか、揉み手をしながら近寄ってくる。

 見た目は壮年の貴族然としているが、腹に溜まるドス黒さを俺は感じてはいた。


「魔族を裏切って儂のもとへ来い。そうすれば士分に取り立ててやろう。ラーナの士分であれば十分な俸禄と、奴隷を与えることになっている。悪くない話だろう」

「たったそれだけか。あまり得な選択肢とは思えんのだがな」


「それだけではない、中央に紹介して王族直属の部隊に配属させよう。さすればゆくゆくは騎士になり、将軍への道も夢ではないぞ」

「俺は貴様のところの王と喧嘩別れをしてるんだがな、のこのこ出て行っては殺される可能性が高い。その辺はどうなんだ?」


 召喚時に王の下種さは骨身に沁みるほど理解しているつもりだ。

 あのような愚か者の下で働くなんぞ、天地がひっくり返ってもありえない。


「そ、それは……じゃな。儂がどうにかとりなそう。な、だからここは剣を納めてだな――」


 首を薙ぐ。


「交渉の価値無し。疾く死すべし」


 周囲にいた側近たちは震えあがっている。

 心配しなくてもいいぞ。数秒後には同じ結末になるだろうしな。


――

 やがて俺の視界に軍馬が巻き上げる砂塵が映った。

「来たか。中々の速度で何よりだ」


 残兵を蹴散らしつつ、俺のいる敵本陣までフレリアが到達した。

 計略の一環とはいえ、ほぼほぼ初陣の彼女らがどこまで戦えるか未知数なところがあった。だが差別や迫害、虐殺により怒りというものは俺が想像するよりも遥かに大きな力を発揮したようだ。


「無事でなによりだ、フレリア」

「あなたもね、リオン。せっかちな女だと思われると恥ずかしいのだけど、お土産はないのかしら」

「ああ、敵将の首でよければその辺に置いてある。王家の一族云々ほざいていたが、まるで威厳もなかったな」


 俺が指さす方をを見て、フレリア麾下の女性兵士が確認に向かった。

 周囲には敵将の側近を切り刻んだ後の惨禍が広がっており、割と散らかしてしまっていた。だが女性兵士は物おじせずに臓物畑に踏み入り、首を持って帰ってきた。

 戦争はこうして、乙女の心を変化させてしまうのかと、少しすまなく思ってしまう。


「フレリア様、こちらです。ご検分ください」

「なっ! この顔は……まさか……!」

「なんだ、知ってる顔なのか。前線送りにされるぐらいだから、末端だと思ってたんだがな」


 フレリアはおこりのように体を震わせたあと、懐から短剣を取り出して、首の頭部に突き刺した。

「恨み骨髄、なのか」


「この男はワードラー・アル・ラーナ。現国王の伯父に当たります。この男の悪名はウェスティリア帝国で知らぬものはいません」

「意外に大物だったな。何をしでかしてたんだ、こいつは」


 気がつけば他の兵士たちも短剣を抜いていた。そこには一瞬の激情や儀礼的な面は一切ない。まるで先祖代々の深い恨みを晴らそうとする、呪いのような気配で包まれていた。


「気持ちは――俺ごときには分からん。分かるとは口が裂けても言えん。だが現実の戦果として考えると、首を損壊するのは良策ではない。あっちの胴体が転がっているから、好きにやれ」

 弾かれたようにダルシアンの乙女たちはワードラーの首下へと殺到する。

 そして短剣を刺す。ひたすらに刺す。


「聞かせてくれ。こいつは何をやらかしたんだ。兵士の殺気で頭痛がしそうなほどだ」


「この男は……魔族狩りの第一人者です。生命、財産、尊厳、権利、貞操……様々なものを奪うことに特化した行いを、延々と繰り返してきました。ウェスティリア帝国では暗殺標的の上位に入っています」


 なるほど。種族全体の敵というわけか。合点がいった。

 だが、何故そのような人物が出撃してきたのだろうか。しかも王族だ。

 常識的に考えれば、後背地で私腹を肥やすタイプだと思うのだがな……。


「ここで討てて幸運でした。これで多くの者が浮かばれることでしょう」


 あえて水は差すまい。

 敵影はすでに遠く、追撃をかけるほどのまとまった戦力ではない。

 今日はこのご令嬢たちの勝利を祝うことにしようか。

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