第9話 豚がわめくな

 閂で固く締められていたであろう、大きな木製の門。俺の魔力でアシストされた蹴りの一撃で脆くも吹き飛ぶ。

 門の向こうに詰めていた多数の兵士を巻き込み、赤い線を引いて石壁に激突した。


「し、侵入者! くそ、かかれ!」

 今更すぎる。

 城下の巡回兵と連絡が取れなくなった時点で、最大級の警戒をするべきだ。

 もっとも、逃亡した方が生存の可能性があったかもしれんが。


「大人しく縛につくんだ。そこに跪け!」

「……アホか、お前」


 絶対的に優位な人間が、なぜそのポジションを明け渡すと思っているんだ?

 お前らの飼い主が俺に跪かないのと同じで、力を持つ者が風下に立つことは良しとされない行為だ。


術理展開メソッド—―」

 瞳でしっかりと把握できるほどの、圧縮した空気の渦だ。触れるすべてを粉砕し、掻き雑ぜ、分解する。

 さて、戦力差を理解できない兵士たちは、いつ逃げるだろうか。


――

「騒がしいの。またぞろ魔族が攻めてきたのか?」

 でっぷりと太ったヒキガエル、と形容するのが正しいのかもしれない。

 ベルクトを占領した神聖ラーナ王国の代官、ジャスパー・ヴォルコは脂ぎった黒い髪をなでつけ、腹を揺すって兵士に問う。


「現在確認中でございます。少々お待ちください」

「先ほどからそればかりではないか。ふん、まあいい。劣等種がいくら攻め寄せようと、我が魔法の敵ではないわ」

「左様にございますな……」


 ジャスパーは人間の中では珍しい、強力な魔法の使い手だ。元々下級貴族の出自であるが、特筆すべき火炎魔法の腕前によって、一軍の司令官にまで昇りつめた。


 彼が腰掛けているのは、裸の魔族だ。全身に焼け焦げた跡があり、息も絶え絶えである。既に『椅子役』を命じられた魔族は、数多く命を落としていた。


「遅い! ええい、報告はまだか。この劣等種どもめが、舐めおってからに!」

 ジャスパーの掌で白熱が光る。

「あづっ、くうぅあっ、おゆ、お許しを……誰か……たすけ……」

 とがった耳を丹念に焼き、黒炭になるまで念入りに、執拗に燃やす。

 周囲の兵士は立ち込める肉の焼ける臭いには、もう反応すらしない。人間が魔族をどう扱おうと自由であり、生死に気をつかうほど興味もない。


「やかましい椅子だ。戦況がわかり次第破棄してやる。覚悟しておけ」

 脂肪で緩んだ頬をにんまりと引きつらせ、ジャスパーは指揮鞭を手でもてあそぶ。


 急報が飛び込んできたのは、ジャスパーが戦中にもかかわらず、飲酒を始めたところだった。


「て、敵の正体がつかめました! 人間の魔法使い一名です。ですが……!」

 酒杯を兵士に投げつけ、ジャスパーは激高する。


「何を戯けたことぬかしている。とっとと囲んで串刺しにしてこい! 三流魔法使いの一匹や二匹、数で押せばよかろう。軍務の何たるかも知らんのか!」

「そ、それが鉄門を一撃で吹き飛ばすほどの術師でして……既に出撃した兵士の大半を失っております!」


 まったくもって気に入らない、とジャスパーは歯噛みする。

 この世で自分に刃向かっていいのは、高位の者と王だけだ。それ以外はみな等しく奴隷であり、人形であり、木偶だ。思い通りにならないことなぞあっていいはずがない。


「なぜ俺の言うとおりにせん。囲んで殺せと命令しているんだぞ!」

「その兵士がもういないのです! このままではベルクトの失陥も視野に……」


「俺の許可なく、いつ死んでいいと言った! お前らは俺の命令通りに生き、俺の命令通りに死ねばいいのだ! 俺がやれといったらやるんだよ、この無能がぁっ!!」


 肩で息を切り、ぜぃぜぃとうめく。ベルクトを落とされたとなれば、王国で二度と日の目を見ることはできない。下手をすれば処刑もありうる。


「どいつもこいつも、俺の命令を無視しやがる。俺が良いと言ったことだけ起きて、俺が許可しないことは起きてはいけないんだ! なぜその真理がわからぬ!」


「—―それは、お前がバカだからじゃないかな」

 涼しい声が聞こえた。


 報告をした兵士は既に血の池に沈み、周囲の者も戦意を失っているようだ。

「貴様、貴様か! 俺の町に、俺の城に無断で足を踏み入れた野郎は! おのれ、生かして返さんぞ」

口上ペラだけはよく回るな、この豚野郎。まあいい、ついでに屠殺しておくか」


 リオンの瞳が青く光る。


――

 城の中央部に到着した。まず目に入ったのは、醜いデブ野郎と、腰掛けられている火傷まみれの少女だ。


 顔から血の気が引いていく。ああ、俺は怒っている。そう実感させてくれる温度だ。


「貴様か! 貴様が俺の町に――」

 ブヒブヒうるせえ。問答する必要性を感じないが、適当に返しておく。


 町中に死体の山を積み、路上を血で塗装し、害虫どもの苗床を育てている。

 そんなにこの町に未練があるのか。

 恐らくは後続で住人候補が来るのだろう。それまでに疫病と腐敗の温床になることは明白だが、今まで通りの生活ができると本気で思っているのだろうか。


「我が紅蓮の業火よ、彼の者に死の烙印を――」

「術理展開—―セカンダリフォルダよりプライマリフォルダへ。魔術反射カーテンコール、Run」


 俺に向かってきた黒く濁った炎は、180度跳ね返り、術者へと向かう。


「あば、なああああっ、なぜ、なぜだ! あつい、あついいいいいい!」

「脂があるぶんよく燃えるな。昔、董卓ってクソ野郎が三日三晩燃えたと言うが、貴様は何日燃えるかな」


「なんで俺のおもいどおおりいいいいいにいいい! ああああ、もえ、ぼえるぅぅ」


 椅子にされていた少女を抱きかかえ、俺は藻掻く火だるまに蹴りを入れる。


「死の間際ぐらいは静かにしろ、この豚野郎」


 城砦の制圧は完了した。もはやこの場所に抵抗する勢力は存在しないだろう。



――


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