第4話 すまんな、人間で。気持ちはわかる。

 暗き森。

 町を追われた魔族たちが、難民キャンプのように身を寄せ合って暮らしている地だ。人間の勢力圏では、魔族は蛆虫以下の扱いを受けているという。まったくもって嘆かわしいことだ。


「あの、ここからは……」

「そうだな。俺が居ると迷惑がかかるかもしれん。その……すまなかった、と言ってもおさまることではないのはわかっている。だが種族を代表して謝罪する。申し訳ない」


 九十度に頭を下げ、許しを乞う。

 こんなお為ごかしで人間の罪がそそげるとは思っていない。いわばこれは自己満足だ。だが何かアクションを取らずにはいられなかった。


「あなたは他の人間とは違うのですね。いいんです、謝っていただいでも娘は……帰りませんから……。責めているわけではないのです、でも、どうして……」

「この世界の……いや、この辺りの人間はみな残虐なのか? 変なことを聞いてすまん。俺はもっと平和な場所から流れてきてな。感覚の違いに驚いているんだ」


 助けた魔族、ローザさんは驚いた顔で俺を見ていた。


「あの……まさかあなたは、神界の住人でしょうか。人間族は時折他所から力を持つ神を招聘し、軍の力にすると聞いています……」

「ああ、なるほど。ご存知でしたか。ええ、神界というわけではありませんが、異なる世界の住人であることは間違いありません。私を呼び寄せた王があまりにも傲慢でしてね、嫌気がさして逃げてきたのです」


 召喚による影響は、一般の貧民層にまで知られている……か。

 よほどのクズが集まっているようだ。この国の、いや人間勢力は俺たちの力を使って、抵抗しない民を弾圧しているらしい。


 考えに耽っていると、森から弓を構えた一団が現れた。


「そこを動くな! ご婦人を解放しろ!」

「いや……俺は……仕方ないか」


 俺は手を挙げ、抵抗の意思がないことを示す。

 もともと非武装の身だ。まあ、ある意味武器は隠してあるが、この場ではバレることはないだろう。


「地面に伏せろ。頭の上で手を組め!」

「わかった、言うとおりにする」


 中々に訓練されているようだ。確かアメリカのSWATも同じような手段をとって、相手を無力化していたような。


「子供を……殺したのか、貴様……! この野郎、よくこの森に顔を出せたな!」

「待ってください、違うんです! この人が助けてくれたんです!」


 俺が何を言っても、火に油を注ぐことになるだろう。黙ってローザさんの除名嘆願を聞き届けるしかない。


 ちらりと魔族たちの顔を眺める。

 子供……小学校高学年くらいか。あとは老人だな。

 やる気はないが、制圧するのは可能だろう。しかし、戦いに適した青年がいないということは、相応に戦闘があったのかもしれない。


「……俄かには信じられない。けど、あんたがこの人の恩人ってことは理解した。立っていいぞ」

「すまんな、立つぞ。撃ってくれるなよ」


 まだ両手は挙げたままにしておく。ん、ボディチェックはしないのか?

 徹底しているわけではないか。恐らくは民兵程度の戦力だろうと俺は推察した。


「お前は何者だ。ローザさんは神界の住人と言っていたが。もしそうであれば、俺たちの敵だ、ここで死んでもらう」

「死ぬのは勘弁願いたいが、彼女の言は正しい。俺は異世界から来た。ついでに言えば、王から逃げてきた」


 ひそひそと話し合う声が聞こえる。

 ふむ、そういえば俺はこの世界の言語がなぜかわかるな。口の動きからして、日本語とは異なる言語体系なのは明白なのだが。


「ついてこい。妙な動きを見せたら撃つ」

「言うとおりにしよう。縛ってくれてもいい」

「あんた変なやつだな。その勇気に免じて、このまま連行する。来い」


 なるほど、木で作った手製の弓と矢か。射程は短く、貫通力も乏しいだろう。

 50メートルも離れれば、ろくに命中もしない。

 腰には粗末な短剣が、抜き身でぶら下がっている。数打ちの安物だろうか、刃がところどころ欠けてしまっているようだ。


「おお、ウェン、戻ったか!」

「ただいま、兄貴。ちょっと説明しづらいんだが、こいつ……」

「人間だと……ウェン、お前自分が何したかわかっているのか! すぐに敵がやってくるぞ! おい、早くそいつを殺すんだ」


 魔族サイドも割と物騒だ。

 命の取り合いをしているのだから、仕方のない判断なのかもしれん。だが殺される身としては遠慮願いたいのだが。


「いや、待ってくれよ兄貴。こいつは魔族を助けた恩人なんだ。ほら、ローザさん」


 殺気だった目はやがて懐疑的になり、徐々に落ち着いてきているのがわかった。

 俺はともかくとして、ローザさんの娘を早く弔ってやってほしい。おくるみのままでは不憫で仕方がない。


「いいか、人間は魔族をダシにアジトを探る。人質を取ってな。そいつが違うとどうして言い切れる!」

「本当に人質取ってるなら、娘は殺さんだろう。わしらの敵意にも逆らわなかったしな」


 侃侃諤諤かんかんがくがくの話し合いの末、俺は木製の牢にぶち込まれることになった。

 人間が攻めてくるのであれば、真っ先に殺すと宣言される。まあそれもしょうがない。殺伐とした間柄で、気を許すなど自殺行為だ。


「お前……神界から来たんだってな」

 俺を連行してきた、魔族の少年—―ウェンが代表して質問をするようだ。

「神界だなんて大層な場所じゃない。ちょっとばかり人々の心が穏やかな場所から来ただけだ」


「なああんた。本当に王から逃げてきたんだったら、頼みがある。俺たち魔族を助けてくれないか」

「……そんな簡単に信用していいのか? 演技かもしれんぞ」

「どの道もう食料がない。ここで餓死するくらいなら、少しでも魔族の国に近づいて死にたいんだ。苦しい旅になるけど、一人でも戦える奴が欲しい」


 真っすぐな目だ。

 射抜くような、射干玉ぬばたまの瞳は、俺の心をとらえて離さない。

「俺は……魔法使いだ。それでもいいのか」

「職業は問わないさ。一緒に死んでくれるか」

「断る」


 ざわり、と人々が揺れる。

 やはり人間など、という声があがるが、俺は手で制する。


「誰も死なせない。だから一緒には死なないさ」

 守ってみせる。

 そうすれば、俺はきっと誇りをもって前に進めるだろう。

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