第7話 別にドラゴン肉が食べたいわけではない
私とデイジーが出かけるのは、いつものことだった。
だから、その日も堂々と正面から屋敷を出た。ただ、出かける前に執事と一悶着あった。どちらへお出かけですか、と聞かれたので、老竜と戦う、と私は答えた。
彼は一瞬固まったあと、難しい顔をして「少々お待ちください」と言って立ち去った。
私たちは玄関ホールにいた。私は大きな扉に手をかけ、外に出ようとしていた。仕方なく私は開きかけた扉を閉じ、静かに待った。
「やっぱり老竜と戦うのはインパクトが強すぎたんじゃないですか」
とデイジーが言った。
「私は絶対に行くわよ?」
「止められるとは思ってないんじゃないですかね……」
デイジーは半ば呆れた様子だ。しばらくすると執事が戻ってきて、悲しげに言った。
「プリムローズお嬢様……大変残念ですが、料理長はドラゴン肉の調理経験はないそうで、持って帰られても困ると申しております」
「なんの話よ!? 私は別にドラゴン肉が食べたいわけじゃないわ!」
「では、なんのために?」
「修行よ! いつものことじゃない!」
執事はほっと息をついた。
「なるほど。つまり、我々はドラゴン肉の調理法について、頭を悩ませなくてもよいわけですね?」
「だからなんで食べるの前提になってるの? 別にお肉不足じゃないんでしょ?」
「お言葉ですが、プリムローズお嬢様……かつて、魔獣討伐や魔物討伐のお帰りに、『おみやげ』と称して、生きたままの熊や鹿や猪を丸々持って帰ってきたことがございましたが」
「あれは、その……たまたま見かけたから」
「だからって、さすがに生け捕りにして……ってのもどうなんですかね?」
デイジーが茶化すように口をはさんだ。
「う、うるさいわね! 喜ぶかと思ったのよ! とにかく、別にドラゴンの肉を持って帰ってくるつもりはないから!」
私はそう言って、足早に屋敷を出て行った。
階段を降り、噴水を迂回し、レンガで舗装された道を歩く。庭師が忙しそうに木々の手入れをしていた。私たちに気づく様子もなく、集中して剪定を行ない、枝葉の形をととのえていた。
途中、お姉さま方を見つけた。軽い鍛錬をしている真っ最中だった。
木剣を片手に、友人の令嬢たちと仲良く談笑しながら打ち合っている。私たちが通りがかった途端、彼女たちは会話をやめ、動きを止めた。
彫像のようだった。慌てた様子で、一番上のお姉さまが話しかけてきた。
「プリム、また魔獣討伐に行くの?」
「いえ、老竜と喧嘩してきます」
答えに窮したらしい。一番上のお姉さまは固まってしまった。代わりに、困惑した顔つきで二番目のお姉さまが話しかけてきた。
「今夜は、ドラゴン肉のステーキかしら?」
「いえ、別に狩りに行くわけじゃないので……そもそもドラゴン肉って食べられるんですか?」
「ええと、どうだったかしら――? 今度、調べておくわね」
二番目のお姉さまは引きつった笑みを浮かべた。
三番目のお姉さまは、友人たち相手に「怖がらなくても大丈夫だから! 意外と気さくないい子だから! 本当なの! 信じて!」と必死に何かを訴えかけていた。
私が目を向けると、お姉さまの友人たちは一様にさっと顔をそらして、小刻みに震えはじめた。私は内心で首をかしげつつ、挨拶もそこそこに立ち去った。
門から敷地の外に出て、私たちは石畳の道を歩き、北門に向かう。
フリティラリア家の屋敷は、王都の中央にある。北側は繁華街になっていて、レストランやカフェのほか、劇場がたくさんあった。コンサートや演劇、オペラなどが上演されている。
カフェやレストランでは音楽が流れているが、それらはすべて生演奏だ。何組かのバンドが雇われて、店内の一角で定期的に演奏している。たまに飛び入りで参加する者もいた。
街を歩いていると、まれに緊張した面持ちの青年と少女たちを見かける。
今日も、開店したばかりのカフェの前で立ち止まり、楽器を片手に深呼吸をして、入ろうか入るまいか迷っている青年がいた。まわりの、同じく楽器を持った同い年くらいの少女たちに促されて、彼らはカフェに入っていった。
私たちはその横を通り過ぎ、手入れの行き届いた自然公園を縦断した。
八時を回った頃だったが、すでに子供たちがボール遊びをしていた。散歩する老人や新聞を読む若者もいて、彼ら目当ての屋台もやってきていた。
高い木々に囲まれた公園を過ぎると、いよいよ北門が見えてくる。王都は城塞都市だ。壁と水堀に囲まれている。
壁は六〇メートルほどの高さだから、私たちなら余裕で飛び越えることができる……が、それはやめろと家族に止められているので、門を使わねばならなかった。
北門に到着したとき、私たちは門衛の女たちに止められ、何者かと誰何された。
だが、私の顔を見ると相手は慌てて、「失礼いたしました! どうぞお通りください!」と門の外を示した。
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