第6話 八つ当たりにドラゴン退治に向かう
「とんでもない子が生まれたねぇ。それについていく我が娘も大したものだよ。いやぁ、最初はどうかと思ったけど、やっぱりデイジーを従者にして正解だったねぇ」
デイジーには同腹の兄が二人、姉が九人いた。当初、私の従者はデイジーではなく姉のなかから選ぶ予定だったらしい。主人と同い年では幼すぎる、というのが理由だった。
だが、デイジー本人の希望と、年のわりに利発で冷静なことから、試験的にやらせてみることにしたのだと、あとで聞かされた。
結果的には大正解で、おそらくデイジー以外では私について行けなかっただろうと、デイジーのお母さまは笑っていた――もっとも、母は自分の従者の言葉に、何をのんきなことを言っているの! と怒っていた。
デイジーのお母さまは、幼い頃から母の従者をしていた。母にとっては姉のような存在だという。
だからか、彼女は私たちのことを擁護し、たびたび折衝してくれた。
母を説得し、父を説得し、兄や姉たちを説き伏せ、使用人や祖父母に私たちの実力を説明した。大丈夫だと太鼓判を押したのだ。
そのおかげで、私たちは無事に魔物討伐や魔獣討伐を自由に行なうことができた。が、物足りないのだ。魔物は弱い。魔獣も、そこまで強いわけではない。
どちらも、もとは魔界に住んでいた生物だ。群れからはぐれた個体が地上に迷い込み、細々と繁殖していた程度で、もともと大した数はいなかったという。
ところが、現在は頻繁に討伐依頼が出されるほど大繁殖している。
原因はむろん魔王だ。地上侵略のため、兵隊として大量に連れてきたのだ。そして敗走の際、魔王が責任を持って魔物を連れ帰る……などという行儀のよいことをするはずもなく、そのまま放置された。
結果、厖大な数に増えて人々を困らせた。
魔物は人や家畜を襲う。野生動物も襲うから、狩人にとっても厄介な存在だった。しかも魔物は年を取るほどに力を増す。年老いた魔物は知性を獲得し、魔獣になるという。
魔獣は人語を理解し、しゃべることができる。頭も回る。魔物よりも強いから、強敵だとされる。だが、私たちにとっては弱かった。
歯ごたえのない敵だ。こんなものをいくら倒しても、魔族や魔王には及ばないだろう。魔獣や魔物は、魔族の配下なのだから。
だが、ドラゴンは違う。
ドラゴンは魔族よりも長生きし、年老いた竜は魔王すら屠ると噂される。そんな老竜が、北の山に棲んでいるという。挑戦してみようではないか。今の自分たちの実力を測るには絶好の相手だ。
「さすがに老竜に喧嘩を売るとなると、みんな止めるんじゃないですかねー」
言いながら、デイジーも立ち上がった。否、浮き上がった。
妖精族は常に浮いている。歩いたり走ったりするときも、基本的には飛んで移動する。もちろん歩くこともできる。だが、油断すると浮いてしまうらしい。
デイジーは、普通の妖精族よりも背が高かった。ゲームのデイジーも大きくて、確か一二〇センチあったのだった。今のデイジーはそれより少し小さいが、あと一年もすれば届くだろう。
とはいえ、私に比べればずっと小柄で子供のようだ。身長差は四〇センチもある。しかし、私たちの目線は同じだった。デイジーが浮いているからだ。
十五歳のデイジーは、大人びた体つきに成長していた。胸とお尻は大きく、腰は細く。だが、顔つきはどこか幼気だった。
そして、童顔だからこそ大きなリボンが似合っていた。彼女のトレードマークだ。いつもつけている、寝るとき以外は。
ベッドから起き上がった彼女は、まずリボンをつけた。
「そう言いながらも行く気まんまんね」
「どうせ即日出発するつもりなんでしょう?」
彼女はベッドから降りて、クローゼットまで歩いた。手早く私に下着と服を投げて寄越した。
私はベッドの上で、デイジーはクローゼットのそばで服を着た。さらに私は鎧も身につける。といっても、いわゆる全身を覆う甲冑ではない。
胸当て背当てに前腕甲、肩当て、脛当てだけだ。兜も面頬や顎当てがなく、頭部だけを覆っている。
理由は単純で、本当に鎧が役立つのか、私はずっと疑問に思っていたからだ。鎧というのは、思いのほか簡単に壊れる。
攻撃技術が発達しすぎて、個人用の防具では防ぎきれない印象なのだ。
剣、槍、弓といった武器は当然として、徒手空拳による殴打ですら鋼鉄の塊を易々とぶち抜ける。鎧のような薄っぺらな金属で防げる攻撃など、たかが知れているだろう。
むろん、戦闘用の武器防具は魔力を込めることで強度が跳ね上がる。
しかし、それでも攻撃力のほうが圧倒的に高くて、簡単に破壊される……というのが、私の今のところの結論なのだ。
はたして防具を身につけることに意味があるのか、今回の戦いではっきりするだろう。
私はデイジーに目を向けた。彼女はフードつきのローブを身にまとっている。魔術を編み込んだ特殊な糸で織られたものだ。魔力を通すことにより、ただの鉄や鋼よりも頑丈な物質になる。
もちろん、魔術で強化した金属よりはずっともろかったが。
最後に、私たちは荷物を点検した。現金、着替え、歯ブラシ、筆記具などの必需品に加え、念のため野営道具や水袋、保存食なども旅行缶に積めておいた。
魔法で作られた特殊な缶だ。蓋を閉めると、手のひらサイズに縮むのだ。
私はベルトポーチに旅行缶をしまった。それから回復薬をチェックした。どれも透明な容器に入っていた。縦長で試験管を思わせる。
それらをベルトに設置した専用のケースに入れていく。すぐさま取り出して使えるかどうかも確認する。
回復薬は飲んでも効果があるが、かけても効果がある。
戦闘中は飲んでいる暇などない。ぶっかけるのが基本だ。容器そのものは魔力を込めることで簡単に消滅する。魔力の入れ方次第で、数秒遅れで消すこともできた。
遠く離れた味方に使う場合は、うまく投げてタイミングよく消えるようにしなくてはならない。
一通り試すと、私たちは部屋を出て屋敷の外に向かった。
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