第2話 どうあがいても断れない状況

「このまま行けば、いずれ聖王国のあるメソン大陸も落ちるかもしれぬ……そうなれば、次はプロートス大陸、ひいてはこのアルファ王国に魔王軍の魔の手が迫るだろう」


 女王は悲しげに言った。どこか芝居がかった調子だった。


「そこでだ、プリムローズ……そなたら四人に、魔王討伐を頼みたい」


 誰も、何も答えなかった。女王は泰然として、ほほえみを浮かべている。私は言った。


「恐れながら、陛下……わたくしはただの小娘にございます。公爵令嬢という立場ではございますが、これといって取り柄のない平凡な――」


 さえぎるように、女王は楽しげに笑った。


「ほんの二年ばかり前、伝説の神竜ラオカミツハと戦って、天変地異を引き起こしたのは記憶に新しいが?」


 女王は愉快そうに手を打ち鳴らした。


「いやはや、恐ろしい限りだ! 当時十五歳の少女が、しかもデイジー・ロータスとたった二人だけで、あの伝説の神竜を打ちのめすとは!」


「誤解でございます、陛下。私たちは勝っておりません。終始、遊ばれておりました」


 これは事実だった。


「だが、あの神竜はそなたたちを気に入り、味方してくれるそうだが?」


「それは確かに、そのとおりなのですが――」


「やはり、お前たち以外に適役はおらんな!」


「お待ちください、陛下! そちらにいらっしゃる近衛隊長様も素晴らしい使い手! その名は大陸全土にとどろいております!」


 ふぅむ、と女王はちらりと近衛隊長に目を向けた。彼女は首を横に振った。


「陛下……武術大会のことをお忘れですか?」


「ああ、そうであったな。プリムローズは、大陸中から猛者が集まる武術大会の優勝者であったな! しかもそこにいるリリーは準優勝、シスルとデイジーも準決勝まで勝ち進んだ手練れではないか!」


 近衛隊長は大きくうなずいた。


「はい、間違いなく王国――いえ、大陸随一の使い手です。おそらく世界すべてを見渡しても、この四人と同格の存在はおりますまい」


 女王はうれしそうに何度もうなずいた。


「やはり、今代聖剣の使い手はお前たちの誰かに違いあるまい。仮に違ったとしても、魔王を討伐するくらい楽々とこなしてみせるだろう!」


 女王は立ち上がり、私の前まで歩いてきた。膝をついている私は本来なら見上げる形になるはずだ。しかし、女王は膝を曲げ、わざと上目遣いに私をのぞき込んだ。


「引き受けてくれるだろう?」


 おねだりでもするように彼女は言った。


「は、はい……」


 事実上の、命令だった。どうあっても、このお方は私たちに魔王討伐をさせたいらしい。いいだろう、と私は内心でつぶやいた。引き受けようじゃないか。ただし、完遂するとは口が裂けても言わない。


 そう、引き受けはするが途中で放棄させてもらう。


 どうせ、ちょっとした路銀を渡して放り出すつもりだろう。ならば、私も相応の働きをするまでだ。アルファ王国から離れたところで、適当に死んだように見せかけて……と私が頭のなかであれこれ計算していると、女王が言った。


「そうか! うれしいぞ、プリムローズ! では紹介しよう」


 と言って、彼女は商人風の男を呼んだ。男は一礼すると、自己紹介をした。


「はじめまして、プリムローズ様。私はマットソン商会のリキャルド・マットソンです。女王陛下のご依頼に応じ、これより魔王討伐の支援を担当いたします。どうぞ、お見知り置きを」


 私は震える声で問いかけた。


「あの、陛下? 支援とは、どういう……?」


「決まっているだろう。魔王討伐をせよというのだ。このような難事、国からの支援はあって当然! そこで、メソン大陸やヒュスタトン大陸にも支店を持つマットソン商会に協力を依頼した。これより、お前たちの旅路は彼らがサポートする。武器や防具はもちろん、宿の手配から情報収集までなんでもやってくれるぞ!」


「といっても、情報のほうは一商人が手に入れられるものと大差ありませんので、あまり期待されても困りますが」


「なぁに、その点は我々のほうで諜報部隊を出し、その都度情報をしっかり提供する。こういう状況だ、役割分担は大切だからな!」


「まったくもってその通りでございます、さすがは陛下」


 ふたりはにこやかに笑った。


「あの……専門の諜報部隊、お出しになるのですか?」


 私の顔は、きっと引きつっているのだろう。そんなことを思いながら、問いかけた。


「もちろんだ。偉そうに命令だけしておいて、何もせぬわけにも行くまい! 我々もできるかぎりの助力を約束しよう!」


「さ、左様でございますか……」


「頼りにしているぞ! お前たちが要だからな!」


 女王は上機嫌に笑った。


「そして見事、魔王討伐を果たした暁には、お前たちの望むものを――むろん、私に用意できる範囲で、だが――なんでも叶えてみせよう!」


 女王は子供のようにほほえんだ。


「なんだったら、この国を譲ってもよいのだぞ?」


「即位したばかりの陛下を退位させる予定はございませんので」


「む、そうかね?」


 女王はどこか残念そうだ。


「まぁいい。とにかく、がんばってくれたまえ」


「はい、必ずや魔王を討伐してみせます」


 私はあきらめた。

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