そのミミズクは神の使い。だが

おおかど ときこ

第1話 サクラチル

 長かった冬が終わり寒さに耐え抜いた沢山のつぼみが日の光に向かって花開こうとしていた。ときおりマフラーの隙間を狙って吹き付けるからっ風などおかまいなしに、あちこちで歓声が上がる。涙声の女子高生が携帯電話で「お母さん、合格したよ!」と連絡している。

 そう、今日は大学入試の合格発表の日。長期にわたる受験期間を乗り越えた高校生たちが未来に希望を抱く日だ。


 街中が春の訪れにつつまれるなか足取りも重く見るからに不幸そうな青年がヨタヨタと石畳の階段を上っていた。

 彼は今日ふたつの桜を散らせた。彼は志望校に落ち、尚且つ失恋したのだった。


 彼は去年二つの誓いを立てた。志望校に合格すること。そして大学に合格したら郁さんに告白すること。


「郁さん」こと渡邉郁は青年の通う高校のマドンナだった。形の良い額を出したセミロングがトレードマークで、色白のすらっとした彼女は全男子生徒の憧れの的だった。告白も毎日のようにされたようだが、当の郁さんは今は夢のために勉強一筋。告白はすべて断っているという。彼はチャンス!とばかりに自分の貧弱な人脈を駆使し彼女の志望校を入手し、郁さんと同じ大学に入学し告白すべく猛勉強にはげんだのだった。


 しかしながら現実は残酷で合格発表の日、彼の名前は掲示板をいくら探しても自分の名前を見つけることはできなかった。彼が燃やし続けた恋心と努力は実を結ばなかった。合格ありきの告白は計画倒れになってしまった。

(落ちた…すべった…郁さんが遠くなっていく…)


 彼は暗くどんよりした空気をまとわりつかせ母校に向かった。担任の間仁田に合否を報告するためだ。結果を聞いた間仁田は「うーん…浪人生活、頑張りましょう!」となんの励みにもならない言葉をかけた。そして彼に浪人という現実をあらためて突きつけたのだった。


 ショック状態の彼はとりあえず母親に帰ることを伝えるため携帯電話をかけた。

「あ、母さんオレ…」

「え、誰? ああ、アンタか! そんなげっそりした声出して。そんな声じゃ駅で声かけられても息子だってわからないわよ。で、どうだったの?」

「落ちた」

「あーやっぱりそうよね。そんな声だもん」

「…これから帰るから」

「わかった。気をつけて帰んなさいよ。そんなんじゃ車に轢かれるわよ」

 それじゃあ、と彼は携帯電話を切ろうとした。

「あーそうだ! 帰る前にお参りしてきなさいよ」

「お参り? どこで?」

「学校の裏の方に神社があるのよ。ナントカ神社。どうせ浪人なんだから来年の受験がうまくいくようにしっかり祈ってきなさい」

 ぶつっと一方的に電話は切られた。母さん、と呼び掛けても応えない電話に彼はため息をつくしかなかった。


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