第155話 必要な物
「旅行に必要な物?」
仕事終わり。カウンターで、エリナに淹れてもらったコーヒーを飲みながら私は乃亜ちゃんに相談を持ち掛ける。
彼女が旅行をした事があるかどうかは知らないけれど、とりあえず乃亜ちゃんにしてみた。
「そ、乃亜ちゃんならそういうの詳しいかなって」
「どういう事なのさ」
「なんとなくのイメージ?」
ギャルだし、遊びなれているかなって。
「えぇ……」
乃亜ちゃんは困惑したような表情を浮かべる。どうしてそんなイメージを持っているんだ、と言いたげだ。
遊びなれている、というのはあまりいい言葉ではないので、それを口にすることはせず、
「本当になんとなくだって」
そう誤魔化す。誤魔化すって言うか、ごり押した。
「まぁ、いいけど……旅行に行くの?」
「えぇ。日間島に」
「日間島、ね。ってことは海に?」
頷いて肯定する。乃亜ちゃんはいいなぁと呟いてから、
「そしたら日焼け止めと、ビーチサンダルとかかな。スニーカーだと砂が入った時に大変だし、海に入るんだったらそっちの方がいいよ。後はレジャーシートとかあるといいけど……それはレンタルもあると思う。持って行った方が確実なのは間違いないけどね。車?」
「電車ね。私運転できないもの」
免許を取得する時間もなかったし、仮に取得していたとしても、ペーパードライバーだから結局運転しないだろう。
後は、電車の方がエリナと真剣に向き合えるという事情もある。運転に集中するよりも、エリナとしっかりお話したいのだ。
「電車だと、荷物は少ない方が良いよね。スーツケース一つとカバンが一つぐらいかな」
「そうねぇ……荷物はそれぐらいがいいわ。多いと管理も大変だし」
「じゃあそっちの方向で……ブルーシートは持って行かない方がいいかな。海専用のカバンがあるのならいいけど、砂まみれになっちゃうし」
「なるほど……となると、やっぱり浮き輪とかもレンタルの方がいいかなって」
「そうだね、それが良いよ。ただね……」
乃亜ちゃんが言い淀み、私は少し不安になる。なにか問題でもあるのだろうか。
エリナとの旅行だ。考えうる問題は全てクリアしておきたい。
「何か問題でも?」
「いや、混んでるだろうなーって。借りられるかどうかは何とも言えないって思ってさ」
「確かに。じゃあどうすればいいのかな」
「うーん……」
乃亜ちゃんは頭をひねる。私もそれに倣って頭をひねってみた。
どうすればいいのか、どうすれば、どうすれば確実なのか。
海の家でレンタルできなかった場合、問題が生じる。例えば、砂場に荷物を直置きしなくてはいけないという最悪のシナリオとか。
しかしながら、荷物を減らせるというメリットはある。荷物は少ない方が楽だし。
いわば天秤だ。どちらに重きを置くべきか、という天秤なのだ。
「例えば大き目の袋を持って行って、それに入れるとか。砂をしっかり落とせば、ある程度は問題ないと思う」
「なるほどね……確かにそれなら」
「でも、荷物は増えるのと、やっぱり砂は多少なりともカバンの中に落ちるからね。そこはちゃんと対策をしておかないと」
「なるほど……」
そこは袋を二重にするか、他の荷物を袋に入れるかで対処できるだろう。ならばレジャーシートを買う事も視野に入れていいかもしれない。
「それから、モバイルバッテリーね。スマホは大事な連絡手段だし、万が一使えないってことになったら大変だから」
「モバイルバッテリー……買わないと」
私はスマホを開いてメモアプリを立ち上げる。
・レジャーシート
・モバイルバッテリー
と入力していった。
「てか、一人で行くの?」
「エリナちゃんと行くのよ。夏だし海に行きたいねーって話を前からしてて」
「へー……へぇ⁉」
乃亜ちゃんがいきなり大声を出す。私はとっさに耳を抑えた。
お店にお客さんが居なくて助かった。
「ちょ、びっくりするじゃない」
「びっくりしたのはこっちだよ! え、なに? えっちゃんと旅行に行くって?」
なんか、目に見えてうろたえているように見える。なんだってそんなにうろたえているのだろうか。
ただ、同居人と旅行に行くだけだ。そう、今の私達の関係性はただの同居人に過ぎないのだから。
「いや、まぁ。別にえっちゃんが誰と旅行に行こうが、あーしには関係の無い事なんだけど、ね。うん」
「の割には気にしているみたいだけど?」
「気にしているって? あー、ごめんちょっと野暮用思い出した」
「え?」
いきなり乃亜ちゃんは立ち上がって、残ったコーヒーを一気に煽る。
「そういうわけなんで、ごめんね!」
彼女はそのままカウンターの中に入っていき、扉の奥へ。階段を上がる音が聞こえないから、事務所に行ったのだろう。
「んー、なんだろう?」
私は疑問符を浮かべた。何かが乃亜ちゃんに引っかかるところを与えたのだろうけど、それが何なのかはわからない。
エリナになにか特別な感情を抱いている? うーん、なんなのだろうか。
「まさか、ね」
一つの可能性が私の脳裏に過り、それはさすがに……と否定する。どちらかと言えば、それを否定したがったのだ。
恋のライバルが増えているなんて、そんな事を想像したくはなかった。
仮にそうだとしても、無理に聞き出すことをする必要も、今はまだないだろう。
「さ、帰ろ」
私も残ったコーヒーを最後まで飲み切ってから、乃亜ちゃんを追った。乃亜ちゃんが事務所だとしたら、そこにはエリナもいるはずだから。
「エリナちゃん居る?」
「あっ、澪おねーさん」
乃亜ちゃんの奥にエリナが居た。着替え終えて、カバンを持っている。
「どうしたの?」
「いや、話し終わったから帰ろって。お取込み中?」
「うん、ちょっと待ってて」
乃亜ちゃんの野暮用とは、エリナに対する野暮用だったらしい。詮索したい気持ちがかなりあるけれど、それをするのは何というか、やらしい感じがするので止めておく。
……扉の近くで待っていて、その結果聞こえちゃうのは不可抗力よね。
そう自分に言い聞かせて、扉の横の壁に寄りかかった。
「そっか、じゃあ泊りで行ってくるんだ」
「うん、そうだよ」
「いいな、あーしも行きたい」
「そうだね、機会があったら行こうね」
「約束だよ」
「うん、約束」
二人は本当に仲がいい。こうして旅行の約束を簡単にしてしまえるほどに。
そっか。わかっていたけど、私にとってのエリナとの旅行と、エリナにとっての私との旅行では特別の度合いが違うんだ。
でも、今はそれでいい。絶対に振り向かせてみせるのだから。
「じゃ、わたし帰るね」
「うん、じゃあまた明日」
エリナが事務所から出てくる。勝手に聞いていた事、バレないといいけど。
「お待たせ。さ、帰ろ」
いつもの調子を見せるエリナ。その姿がやはり愛おしく見えたのだった。
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