第120話 天城家へ

 天城家の事務所は、東堂組の事務所から車で二十分ほどかかる。木城市の外れにある雑居ビルがそうだった。


「ここが、天城家の事務所ですか」


 見てくれは本当にただの雑居ビルだ。そこがヤクザの事務所だとは、にわかには信じられなかった。


「なんか、地味ですね」

「大体の事務所はこういった雑居ビルだ。我々はあくまでも社会の裏に生きる者だからな。東堂のような大きな組の本家はともかく、その傘下にある組は基本的に地味だ。組にもよるが」


 龍さんがそう解説してくれて、なるほどと納得する。


「まぁ、天城家は看板も出していないが。普通はフロント企業の看板とかを出したりするものだが――そこには政治的意図がある」


 繁華街でも、よく注意して見ればヤクザの事務所があったりするのだろうか。ふとそんな事を思った。

 思っただけで、近寄ろうとか探そうとかはこれっぽっちも思わないけど。


「それよりも、アレを見ろ」


 と、龍さんが目線で雑居ビル入口を示す。


「監視カメラがあるだろ。我々の来訪は既に知られている。ならどうするか……エリナ、君ならどうする?」

「どうって、どうすればいいんだろ」


 わたしは呟いて考える。

 正面から乗り込む? それも一つの手だ。

 裏口を探して、こそこそと乗り込む。それもいい。

 だけど最適解なんて、わたしが知るはずもない。


「答えはな、こうするんだ」


 龍さんはそう言って、雑居ビルの中に踏み込んでいく。そっか、彼は天城家の上にある組織の人間だから、正面から入っても問題ないんだ。

 じゃあ、わたしは? わたしは堂々と入ってもいいのだろうか。


「エリナちゃん、行って」


 後ろから、東堂組の組員が肩を少し押す。わたしはその慣性に身を任せたまま建物内に足を踏み入れた。その後ろに組員が数名続き、そのさらに後ろからミカエルさんが続く。

 雑居ビルの構造はシンプルだ。一階に一部屋ずつの四階建て。部屋の外に傾斜が急な階段がある。わたしは階段の前で、次の行動を考えていた。


「お疲れ様です! 組長!」


 先行して入っていった龍さんを、天城家の組員だと思われる人が出迎える。


「今日はどういった用件でしょうか?」

「なに、ただの視察だ。入るぞ」


 龍さんが一階の部屋に入っていく。


「そっちの方は?」


 と、天城家の組員がわたしに目線を向けた。


「あぁ、東堂の――見習いってとこだ。まだ堅気だけどな」


 これは事前に決めていた事の一つ。わたしの立ち位置は、東堂組の見習いであるという事。


「なるほど」

「気にする必要はない。それよりも視察だ。この後の予定も詰まっている」


 そう言い残して部屋の奥に消えていく龍さんを見送ってから、わたしたちは動き出した。




 はじめに、天城家が反乱を企てている証拠を集める。これはミカエルさんの仕事だ。

 今日、天城家にミカエルの母――ニューヨーカーズのボスが来るらしい。天城家とニューヨーカーズの首脳会談を録音する。その役割は、ミカエルさんが適任だと思われたから。

 そして、わたしは澪おねーさんを探す。探しだして、連れ出すのだ。大体の場所はミカエルに教えてもらっているから、探す事はそこまで問題じゃない。

 問題は――とりあえず、階段の踊り場でミカエルと別れて、わたしは三階の扉を開いたのだった。

 わたしの背後には東堂組の組員が二人、護衛でついている。護衛が居るところに、わたしは無力な子供なんだという事を感じて、少し自分が嫌になった。

 コンクリートがむき出しの廊下を歩く。照明は薄暗く、どこか不気味な雰囲気を感じた。

 廊下を進んだ先にも扉があった。わたしはドアノブに手を掛け、ひねる。だけど開くことはなかった。


「鍵がかかっている――やっぱりここに澪おねーさんが居るんだ」


 わたしは呟いて、どうやって開けるかを考える。鍵、鍵を探さないと。

 とりあえず、ここに居ても何もできないので、引き返す。

 と、ミカエルさんが言っていた事を思い出した。


『鍵は壁に掛かっているはずデス』


 言われて廊下の壁を見る。果たしてそこには鍵があった。なるほど、確かに合理的だ。内側から開けられないようにすればいいのだから、ドアの内と外を入れ替えた上で外側に置いておけばいいわけだ。

 と、鍵を手に取ったところで、


「誰だ⁉」


 と、入口、階段の方向から怒鳴り声が聞こえてきた。わたしは一瞬びくっとして、動きが止まってしまう。


「――ガキと、あんたらは?」


 入口から入ってきた、Yシャツ姿の男――天城家の組員だろう――がこっちに来る。袖をめくっていて、腕には色鮮やかな入れ墨。典型的なヤクザだけど、いざ目の当たりにすると怖い。


「おっと、これはすまんね」


 と東堂組の組員の一人がそう言って、


「俺は東堂のモンだけど。名刺いる?」


 彼は気楽な風を装って、ジャケットの中に手を入れる。取り出したのは金属製の名刺ケースだった。


「東堂――」


 推定天城家の組員は、さぁっと顔色を変え表情をしまったというようなものにした。


「本家の方がどうしてここに、そっちの子は?」

「あぁ、こっちの子は東堂の新入りになるかもしれない子。要件は――」


 東堂組の組員が、わたしに目線で行けと命じる。わたしはそれを受けて、部屋の鍵を開けた。


「澪だっけ、天城の一人娘。そいつとこの子を合わせてやりたくってね。親父の視察に同行させてもらった」


 ドアノブを掴む手が汗ばんでいる。この先に、澪おねーさんが居る。

 ドアノブをひねって、奥に押していく。

 暗い部屋、殺風景な部屋の中で――。


「澪おねーさん!」


 わたしは、澪おねーさんと二度目の再会を果たしたのだった。

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