第117話 味方

 流れる車窓を眺める。

 慎二さんの車の後部座席は、お世辞にも乗り心地が良いとはいえなかった。狭いし座席は硬いし。

 だから気を紛らわせるために外を眺めていた。

 夜になっても、人の往来は無くならない。人が起きている限り、それはずっと存在するのだ、たぶん。



「なぁ、エリナ」


 運転席に座る慎二さんが、


「東堂組を利用しようとしているのか?」


 私に問いかける。その言葉は無機質で、何を読み取ればいいのかわからない。


「そう、ですね……そうなります」

「ヤクザを利用する、か。俺が言えた義理じゃないが、それは悪手だぞ」


 そんなことはわかっている。暴力団追放三ない運動というもので呼び掛けられているように、基本的にヤクザというのは関わってはいけない存在なのだ。

 曰く、暴力団を利用しない、恐れない、金を出さないだったか。

 だけど、相手もヤクザなのだ。こちらが利用できるものはなんだって利用しなければならない。たとえそれがヤクザだとしても。


「……美咲、あの話していいか?」


 慎二さんは、助手席に座る美咲さんにそう訊いた。わたしの目線が美咲さんに移り、彼女が首肯するのを認めた。


「……以前な、美咲が拐われたことがあったんだ」


 慎二さんの言葉は重く、悔いるようだった。


「その時の相手が、個人で戦うには強すぎる相手だったんだ。だから俺は東堂組を頼った。まぁ、輝子のやつが美咲のことを気に入っていたからというのもあるけどな。そん時に俺は刺されて、意識不明の重体に。美咲の顔の傷、気がついているだろ。あれもその時のものだ」


 そんなことがあったのか、この二人には。


「ヤクザとか反社会的な連中とやり合うっていうのは、そういう危険を孕んでいる。お前は自分が傷つくのが怖くないのか」


 そういう過去を持っているからか、慎二さんは反対するような口調でそう言った。この件に首を突っ込むな、とそう言いたげだ。

 でも、


「わたしが怖いのは、大事な人が傷つくことです」


 澪おねーさんが好きだから、彼女のそばにいたいから、わたしはそう答えた。

 怖く無いわけがない。相手はヤクザだ。平気で人を殺すかもしれない、そういう連中だ。

 そしてわたしが頼った相手もまた、ヤクザだ。

 板挟みになっている現状では、恐れないというほうが無理。

 だけど、それでも。澪おねーさんと離れ離れになる恐怖よりはよっぽどマシ。


「そんなに大事な人なのか、エリナが助けたい相手っていうのは」

「はい。わたしを救ってくれた人です。だから今度は、わたしが彼女を救いたい」

「……それは、危険なことだよ」

「だとしても、わたしが動くことで救える可能性がある。だったら動くしかないでしょう。大事な人を助けたいっていう思い、間違っていますか?」

「……そうか、そうだな。あぁ、その感情には覚えがある。うん、俺には止める資格が無さそうだ。だけど、それなら俺は力を貸してやれない。美咲も同じだ。俺たちには俺たちの生活があるし、俺には守るべきものがある」


 それはそうだ。わたしが持ち込んだトラブルに、これ以上彼らを巻き込むのはわたしとしても本意じゃない。


「宿として家を使うのは構わないけど、この件についてはこれ以上一切関わらない。いいね?」

「はい」


 それっきり車内は無言になった。

 ここから先は、味方にはなれない。そう言われたも同義で、そして同時に味方など一人もいないのだという事実を認める。

 東堂龍は、味方ではない。あくまでも利用し利用されるだけの関係性だ。

 輝子さんも味方ではない。彼女はおそらく、わたしをこの件から遠ざけようとするだろう。

 だから独り。それでもわたしは、澪おねーさんを助けるために戦い抜いてみせる。そう誓ったのだった。

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