第4話 二回目の買春
ホテルの部屋に連れ込まれる。昨日とは違う部屋で、内装はグレーを地調にした、シックな印象を受ける。昨日の部屋よりは明るいと思う。
昨日と違って、エリナは部屋に着くなり脱衣所に移動し、制服を脱ぎ始めた。
「ちょっと、エリナちゃん。私そういうつもりは」
「お風呂入るだけだよ。女同士なんだしさ、裸見られても別に気にするものじゃないと思うけど……おねーさん、やっぱ気にしてる? 意外と初心だったりするのかなぁ」
シュルシュルと服を脱いでいく。少しずつ、彼女のシミひとつない柔肌が露出していく。
薄暗い室内でもはっきりとわかるほどに白い肌。ある種の芸術作品じみた肌だ。
服を脱ぐために俯きがちになっている視線。必然的に影のようになって、儚さのようなものを感じさせた。
彼女は目線だけを上げて、私を見た。
「澪おねーさん、脱がないの?」
「えっと、そうね。今脱ぐわ」
促されて、スーツに手を掛ける。誰かの前で素肌を晒すには慣れていない。だから恥ずかしい。
エリナは特に恥ずかしがる様子もなく下着姿になった。黒くて、攻め込んだ下着は男を誘惑するためのものなのだろうか。
そうだとして、いったいなぜそんな行為をしているのだろう──そこまで考えて、頭を振る。そこまで私が踏み込んでいいはずがない。
「お湯、沸かしておくね」
といつのまにか下着も脱ぎ終えたエリナが浴室に入っていく。私も下着を脱ぐ。エリナが制服を置いた棚の隣に、私もスーツを畳んで置く。
「花がないなぁ」
見比べて苦笑する。私の下着は白に青い縁取りのラインが入った地味なものだった。エリナのそれは、薔薇か何かの模様が編み込まれていた。
こういうところで、私は劣っているのだろうなぁと感じた。若さもそうだけど、余裕がないんだと思う。
浴室に入る。エリナはシャワーからお湯を出して温度を確認していた。
「よーやく来た。澪おねーさん遅いよお」
「ごめんね」
謝りながら、浴室を観察する。入口から見て左側に置かれている大き目の浴槽は、一人で入るには大きすぎる。けれども二人で入るにはやや狭いか。色は白色で、部屋の照明を受けてやや灰色に見える。お湯が少しづつ溜まっている。
その右側には銀色の蛇口と、シャワー。その前に白い椅子が置かれている。ただ、その椅子の形は特殊だ。
端的に言えば、スケベ椅子というやつ。真ん中がくぼんでいて、座りにくそう。形的には漢字の凹に近いか。
「さ、おねーさん座って座って。背中流してあげる」
「あ、うん。ありがとう」
言われるままに座る。やっぱりぐらついていて、少し座りずらい。
「あはは、おねーさん揺れてる」
その姿を見て、エリナが笑った。彼女が後ろにいるせいで、その笑顔を見ることが出来ない事が残念だった。鏡があればいいのに。
「もう、笑わないでよ」
こちらもつられて笑いながら、そう反論する。
「笑いながら言われても説得力ないよ。シャワー流すね」
頭に温かな液体が流れていく。ゆっくりと髪を伝って落ちていく。それが心地よい。
「おねーさん、髪痛んでるね。ガシガシ洗ってるでしょ?」
「忙しいから、つい」
「ダメだよ。髪は女の命って言うでしょ? あれ、言わなかったっけ」
「いうわ。聞いたことがある。けど、そこまで気を遣う余裕がなくって」
「大変なんだね、おねーさんも」
言いながら、エリナは私の横からシャンプーに手を伸ばす。彼女の程よく発達した胸部が背中に当たって、それが私の顔を赤らめた。
最近の子って発育がいいのね、とか思ってしまったり。
「どうしたの、おねーさん?」
「あ、ううんなんでもない。うん、なんでもないよ」
「ほんとにー? あ、そういう事かぁ」
ニシシ、と彼女が笑ってから顔を引っ込める。なんというか、手玉に取られている感じがしてしまう。かわいくて発育も良くって、おまけに明るい性格……うん、勝っている所が一つもない。
私は自分の身体を見下ろす。栄養が不足していて痩せすぎ。胸も小さくて、どうしようもないほどに傷ついている。
頭に泡が乗っかっていく。優しく髪の毛が現れていき、同時に頭皮がマッサージされていく。優しさに包まれているようで、心地が良い。
「どうかな。一応それなりに自信はあるんだけど」
「うん、気持ちいいよ」
「良かった。おねーさんがそう言ってくれて良かった」
頭を彼女の好きにさせる。この心地よさにずっと浸っていたい。だけど、だけど
――。
「はい、頭終わり。次、体行くね」
その時間はあまりにも儚かった。
湯船に浸かる。対面にはエリナが居て、私を見つめていた。まっすぐな瞳で見つめられるものだから、恥ずかしくて目を逸らした。
「おねーさん、やっぱ初心だね。かわいい」
エリナはからかうようにそう言った。
「かわっ、可愛いって、その、こんなオバサン捕まえてそんな事言う?」
「オバサンって言うにはまだ若いと思うけどなぁ。おねーさん何歳?」
「二十七だけど……もうアラサーだよ、私」
そう、彼女とは釣り合うはずのない。一緒にホテルに居るだけでも奇跡に近いのだから。
というか、そんな年の離れた子に甘えて、あまつさえ母みたいだなんて思っていたなんて一生の恥ではないのだろうか。
「そんな事ないよ、おねーさん。確かにアラサーかもしれないけどさ、そんなの気にすることないよ」
「気にするのよ、歳を重ねるとね」
まして、今までの人生で経験が一度も無いと、ね。とは言えなかった。彼女はその経験を与える、という事を商売にしているわけだから、それを口に出すのは憚られたというわけだ。
「歳を取るとしわも増えるし、体力も落ちるし、安い金で責任だけ積み上げられてどんどん生き辛くなっていくし」
口にしてどんどん気持ちが落ち込んでいく。
「私なんて顔も良くないからさ、誰からも愛されないし」
「はいストップ」
ガシッと顔を掴まれる。
「澪おねーさんさ、何か勘違いしてるみたいだけど」
と彼女はこちらの眼を覗き込む。彼女の眼は琥珀色の宝石のような瞳だ。それを見つめていると、ある種のトランス状態に入っていくような錯覚がした。
「おねーさんは可愛いよ。うん、率直に言えば美人だと思う」
思考はぼうっとしたままで、彼女の言葉を受け入れる。
「だからさ、そんな事言うのは止めよう? 辛くなるだけだからさ」
きっと、彼女が持つ特殊なモノ。カリスマ性とか、そういうやつ。瞳を覗き込んで、まっすぐにこちらを見据えてくるから、その言葉が素直に入ってくるのだ。
「うん、うん」
「辛いのはすぐにはどうこう出来ないかもしれない。けどね、自分の事を過小評価するのは良くないよ。少なくともさ、わたしはおねーさんに抱かれても良いぐらいには美人だと思ってるし」
エリナが顔を近づけてくる。年相応の、シミのない滑らかな素肌。色素がやや薄くて白い肌と、程よく潤いのあるピンクの唇。間違いなく美少女だ。
「ね、わたしの事抱かない?」
だけど、だからこそその誘いには乗れない。
「ごめんね、それは出来ない」
この宝石を、私が穢すなんて許されない。彼女が今までどれだけ穢されてきたのかは知らないけど、それでも私までがそっちに行ったら戻れなくなってしまう。
「そっか、そう言うんなら仕方がないかな」
エリナの顔が離れていく。そこで初めて、心臓がバクバクしている事に気が付いた。
「おねーさん変わってるね。いつもわたしを買う人は、必ずセックスすることを目的にしていたから」
「……それは、その」
それは、超えてはいけない一線だ。子供を喰う外道になるのは嫌だった。
「ん? まぁいいや。そろそろ出よ。のぼせちゃった」
「そ、そうね」
湯船から出るエリナ。その姿が艶やかなで、そう思った私に罪悪感を抱くのだった。
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