バーチャル万屋コウちゃんにきいてみて!~Vtuberが住む世界でなんでも屋することになったら、推しがリアル凸してきました!~

龍威ユウ

第一章:バーチャル万事屋開業しました!

第1話

 本日の天候は雲一つない快晴。


 清々しいほどの青一色の中にさんさんと輝く太陽は眩しくもとても暖かい。


 その下を小鳥達が優雅に泳ぐ光景は、ほんの少しだけ彼らに羨望の念を抱いてしまう。


 時折頬をそっと優しく撫でていく微風は春の陽気さを乗せて、大変心地良い。


 町は色鮮やかな桜色に彩られ、そんな陽気さにつられて人々は思い思いの時間をすごす。


 今日みたいな気候は正しく、絶好のお花見日和と言っても過言ではあるまい。


 だと言うのに、彼――秋月幸之助あきつこうのすけの顔色はお世辞にも明るいとは言い難かった。



「はぁ~……」



 もう、かれこで何度目の溜息を吐いただろうか? 幸之助はふと、そんなことを思った。


 正確な数など5回目ぐらいで数えるのを放棄して今や、もう何度目になるかさえもよく憶えていない。


 とにもかくにもたくさん吐いたのは違いなく、ひょっとすると二桁はいったかもしれない。


 もっとも、そうせざるを得ないだけの理由が幸之助にはあった。



「引退って……マジかぁ。嘘だって言ってくれよ」



 力なく握ったスマホの画面には――“大人気Vtuberである真白みこと、引退?”の文字が表示されている。


 幸之助にとって“真白みこと”という存在は、最高の偶像アイドルだった。


 きっかけは偶然で、なんとなく応援してみようというそんな曖昧すぎる理由からずっとデビュー時から応援したVtuberが今や、登録者数200万人超えという偉業を成した。


 最古参メンバーの一人としてこれは嬉しく思う、反面今や数多くの人達のアイドルになってしまったことがほんの少しだけ惜しくも思う。


 とにもかくにも、最推しのVtuberがここ最近めっきり配信をしなくなったことに不信感を抱いた矢先のこと。


 SNSでもなんの音沙汰もないまま、第三者によって掲載された記事を見てすっかり意気消沈していた次第である。


 引退は、本当なのだろうか? 幸之助は沈思した。



「そもそも、これはどこ情報なんだ……? 本人がそう名言したのならともかく、信憑性が薄すぎる。けど……」



 実は本当に引退してしまうんじゃ……。そんな一抹の不安が幸之助の胸中で渦巻く。


 本人から直接なんらかの声明文がないだけ、あれこれと憶測を立てるのは悪いことだ。


 そうと頭では理解していても心が、どうしても最悪の結末を想像してしまう。


 どうかすべて杞憂であってほしい。どれだけかかってもいいから再び元気な声を聞かせてほしい。


 一介のリスナーでしかない自分には、ただ祈り続けることしかできないのだから。


 幸之助はその事実に、ひどくもどかしく感じた。



「……とりあえず、今日もSNSについて更新はなし、か。運営も運営でなんらかの声明文出せばいいのに」



 スマホをぽいっとベッドへと放り投げる。


 これ以上は自身の精神面にもあまりよろしくない。人間どんよりとした時には気分転換が必須だ。



「とりあえず、今日も始めますか」



 曰く、【ドリームライブファンタジア】は今年一番のゲームである。


 誰でも手軽に、簡単に遊べる操作性と爽快さはもちろんだが、なんと言っても一番の目玉はやはり登場するキャラクターが全員現在いまもっとも熱いVtuberである点といっても過言ではない。


 【ドリームライブファンタジア】は正しく、推しのVtuberとまるで一緒に遊べるような感覚になれるゲームなのだ。



「ここでなら、“真白みこと”と会えるからな」



 ある日、Vtuberの住人として転移してしまった主人公。


 現実世界への脱出を目指す傍らで、現役Vtuberと共に探索やゲームと、一緒に時間をすごしていく――という、夢のような設定が今作の目的だ。


 惜しむらくは、キャラクターの性別は固定という点でこれにはキャラクターエディットの実装を要望する声も多かった。


 とは言え、実際はずっと少なく現状を受け入れているユーザーの方が圧倒的に多かったりする。


 かわいい女性キャラクターがいるのに野郎が混ざるのはご法度だ、と誰が呟いたかはさておき。


 投稿者でさえも驚愕するぐらいバズッたように、同じ想いの人間がずっと多かった。


 それはさておき。



「――、ん?」



 不意に、聞き慣れた電子音が室内に響いた。


 次の瞬間、幸之助はあからさまに嫌悪感を表情かおに示す。



「おいおい、嘘だろう……? 今日の俺、非番なんですけど……」



 そう愚痴をもそりと呟いたものの、現状が変わる気配がやってくる様子もなし。


 かと言って放置し続ければ後日が末恐ろしい。


 出る以外の選択肢は用意されていないらしい。幸之助は深い溜息をもらした。



「――、もしもし?」


《やっと出やがったか。まぁ非番なのに電話したのはこっちだ、今回だけは目ぇ瞑っておいてやる》



 受話器越しから鼓膜に伝わる――やっぱり、デフォルトでもこの人は怖い。幸之助はすこぶる本気で思った。



「――、それで土方さん。突然電話なんかしてきてどうしたんですか? 電話するぐらいだから急用だっていうのはわかりますけど」


《話が早くて助かる。簡単に言えば今日の夜廻りお前に出てほしい》


「えー!? 勘弁してくださいよ土方さん!」



 電話なので互いの表情がわからないにも関わらず、しかし幸之助はこれでもかと嫌悪感を示した。


 いくら上司からの命令といえど、今回ばかりはさすがに素直に首肯はできない。


 特に今日のように気分が沈んでいるなら尚更だった。



《お前が嫌がるのもこっちは重々承知している。けどな、本来今日の夜廻りする奴が倒れたんだ》


「……また、ですか?」


《あぁ、やっこさん。それだけの手練れってことだ。だからこそお前に頼みたいんだよ》


「そうは言ってもですねぇ……」


《あぁ、それと近藤さんとも話してたがこの一件が終わったらお前の昇格の話もだな――》


「あ、それについては遠慮しておきます。今のポジションが一番落ち着きますから」



 幸之助はきっぱりと拒否した。


 というのも、この男にのし上がりたいと言う野心は微塵もない。


 富や名声も、自由があってこそはじめて意味もあれば価値もある。


 平社員という立場だからこそ、上司と比較すればまだまだ自由は多い。


 それ故に幸之助はあろうことか、上司からの誘いを真っ向から拒否した。



《……お前なぁ。まぁいい。とりあえず特別手当だけは出してやる。だから、いいな?》


「……わかりました。それじゃあいつもどおりに」



 電話を切って早々に「マジかよぉ……最悪だ」と、幸之助はベッドの上にどかりと寝転んだ。


 社会人であるからには、こういう時もある。


 突然のシフト変更も致し方ないと言えばむろんそうだが……。やっぱり、憂鬱なのにはなんら変わらない。



「……仕方ない、か。とりあえず夜廻りの準備でもするか――ゲーム起動したばっかりなのになぁ、はぁ……」



 ゲームを終了して、幸之助は簡単に身支度を整えると部屋を出た。


 夜廻りは拘束時間が通常よりもずっと長い。そのためまず仮眠するのは必須であり、後は準備も必要不可欠である。



「――、あ。どうもこんにちは」

「…………」



 隣室の女性――斎藤さいとうはるかは、現役大学生だ。という話しかよく知らない。


 同じマンションに住んでいると知って早二年が経過した。


 しょせんは赤の他人であり、かく言う幸之助も彼女に対してはなんの感慨もない。


 強いて言うなれば、おっぱいはなかなか大きいと思う。


 顔だって悪くないし、後は照れ屋で寡黙な性格さえ改善されれば間違いなくモテているだろう。


 根暗と言うイメージがどうしても拭えないだけあって、惜しく思わなくもない。


 今もぺこっ、と小さく会釈だけして逃げるように足早に去っていく。


 やはり、もっと明るかったらかわいいのにもったいない。


 すでに視界より消えた背中を見送ったところで、幸之助も遅れてマンションを後にした。

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